【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

文字の大きさ
224 / 228
Birthday Story 花火消えたるあとの

Into the Flame 3

しおりを挟む
 キャラメルなんて、この歳で食べる機会がない。
 消費してしまおうと開封したけど十粒はある。この短時間で食べきれる数だろうか。とりあえず一粒、あっちにあげた。

「甘っ」
「キャラメルってそういうものですから」
「お姉さんは? スキなの?」
「好きってほどでも……」
「はァ? なんでオレ取らされたわけ?」
「……さぁ?」

 てきとうに首をかしげておいた。キーホルダーもキャラメルと一緒に手渡してきたので、流れで受け取っていたが……これは、なんだろう? クリスタルカットの透明プラスチック? キラキラの猫……あ、ライオンか。なにか有名なキャラなのかも。知らんけど。
 私がキーホルダーを眺めているあいだに、隣で彼は、もうひとつの薄いオモチャ箱を開けていた。箱というか、紙包装というか。そちらについては知っている。ラムネ菓子がついた食玩。子供向けのチープなアクセサリーが入っていて、おもちゃ入りの菓子というよりは、むしろおまけの菓子が付いたおもちゃ。私が知っている物より箱が大きいなと思っていたら……

「何これ? 指輪ふたつも入ってンだけど。当たりってこと?」
「……表にペアって書いてありますよ」
「あ~そォゆうこと? ならオレの分もあるじゃん」

(……ん?)
 胸の疑問がはっきりとする前に「お姉さん、手ぇ貸して」すじ張った長い指が、キーホルダーをつまんでいた私の左手を取った。抵抗する気にもならないくらい自然な動作で、するりと。小指に指輪が嵌められる。
 茫然ぼうぜんとして見つめる先には、大ぶりの宝石みたいなアクリルストーン。半分に割れたハートは爽やかな水色で、彼が飲み干したラムネの色をしていた。

「げ。オレの指、入んねェ!」

 横で騒ぐ彼の声に、胸を締めつけるような感情は——すぐさま抑え込んだ。

「……それ、リングが切れてるので、サイズ調整できますよ」
「へェ~、よく出来てんなァ~?」
「こういうのは……誰にでも、つけられないと」

 誰にでも。
 持ち主が決まった指輪じゃ、ないから。

「おっけ、入った。どォ? 可愛い?」
「そうですね、似合ってるんじゃないですか」
「この宝石っぽいとこ、ラムネみてェな色じゃねェ?」
「……あぁ、たしかに」

 1分前に思ったのと同じことを言って、左手の小指を掲げる彼は、無邪気で。悪気はないと分かっているのに……抑えたはずの感情が、胸に込み上げてくる。

「……私、ごみ捨ててきます」
「どれ?」
「串と……ラムネ、飲み終えたので……」
「じゃ、オレが捨てて来るし、次の屋台、並んでおいてよ」
「え」
「あっちにあったやつ。輪投げもオレ得意だから」

 こちらの了承を聞くことなく、彼は私の手にしていた瓶を奪っていってしまった。あっけにとられてカラフルな髪を見送っていると……今なら、帰ってしまえる。そんな事実が、ふいに頭を占めた。
 頼まれた屋台と反対側、帰る方へと足が向く。
 ——しかし、踏み出した足先の黒い絆創膏が、見上げる笑顔を思い起こした。
 私がいなくなったら、彼は——怒る? あきれる? それとも……。

——オレみたいにひとりなんて全然いねェじゃん?

「………………」

 自然とこぼれ落ちたため息が、左手の小指を意識していた。半分に欠けたハートは、どこか寂しげで。このまま片割れで連れ去ってしまうのは……忍びない。
 諦めたように足先を、輪投げの屋台の方へと戻し、

「……あ」

 変に目の前で立ち止まった男女の二人組のうち、男のほうが声をあげた。——ひやり、と。ラムネの瓶を握ったときのような——それよりももっと、追い詰められるような——寒気が、背筋に走った。

「……先輩?」

 目の合った、その男の顔が、困惑に染まった。
 ——帰ってしまえばよかった。こんな、人ごみで。まさか、偶然にも——出会うなんて。
 誰かの悪意にしか思えない。

「…………こんばんは」

 機械的に返した挨拶に、男は愛想笑いのような半端な顔で小さく会釈した。

「あ、こんばんは……」
「………………」

 周囲のざわめきが、遠くなったように錯覚する。
 二の句が継げない私と男のあいだで、髪を左右で編み込んだ小柄な女性が、遅ればせにニコリとほほえみ、「こんばんは」おっとりとした声で頭を下げた。
 どなた? と言いたげな女性の目が、男に向く。男は目を泳がせつつ、

「あ、えーと、職場の先輩で……」
「……あぁ! ひとつ上の、いつも助けてくれるっていう……?」
「……そう、その先輩で……」
「彼が、いつもお世話になってます。先輩のお話、よく聞くんですよ。とても優秀で……ひとつ上なのにチームリーダーをなさってるんですよね? 同年代で、しかも女性で出世してるなんて、ほんとにすごいです。……私、お話だけ聞いてましたけど、ずっと憧れていて……お会いできてうれしいです」

 花がほころぶように笑う彼女の顔に、「……それは、どうも……」うまく笑い返せたか、わからない。

「おひとりですか? よかったら、ご一緒できませんか? このあと花火が上がるんですけど、彼が穴場を知ってるらしくて……よければ、みんなで見ませんか?」

 人柄のよいみが、屋台の灯りを受けてまぶしいほどに輝いている。白に近い、薄桃の浴衣。紫陽花あじさいの花が、可憐かれんに咲き誇っている。左手の薬指にはきらめく指輪を着け、その先の爪はつややかなパールピンク。
 穏やかで、文句のつけようがないくらい——愛らしい。半年付き合って、結婚したくなるのは、当然だと思えるほど——。

「——見っけ!」

 血の気が引くような寒気のなかで、突如、軽やかな声が意識に割り入った。
 はっとして振り返ると、色とりどりの花火みたいな髪をした彼が、こちらを見下ろして、

「こんなとこで何してンの? 輪投げあっちだけど……迷った?」
「……いえ、ちょっと……」

 ゆらいだ私の目を追って、彼の視線が——ふたりに。ちらっと私に目を戻すと、

「…………知り合い?」
「職場の、後輩と……たぶん、その……婚約者の方」
「へェ……どうも、こんばんは?」

 社交辞令な挨拶に、並んでいたふたりはきれいにシンクロして頭を下げた。
 婚約者——自分で言って、絶望的な気持ちにおちいった。
 否定してくれたらと思ったが、彼女は首を振ることなく、「彼氏さんですか? 素敵な方ですね」愛想のよい微笑を浮かべている。
 褒め言葉を素直に受け取ったのか、私の横に並んだ彼は「そう?」機嫌よく笑い返した。彼は前半を否定するべきなのだが、どうでもよいのかあっさりと受け入れている。名前も知らない、他人なのに。……でも、その対応に、私のなかで黒い影のようなものが揺らめいた。
 にこやかに、彼女に向けて、

「さっきの話だけど——お誘い、ありがとう。でも、花火は……彼と、ふたりきりで見たいから……」
「あっ……そうですよね。いえ、私のほうこそ急な申し出で……すみませんでした」
「気にしないで。またの機会に、ぜひ」
「はいっ」

 人懐こい目でうなずく彼女から、男へと目を移した。どんな顔をしているだろう。ゆがんだ期待で見たその顔は——予想に反して、安堵あんどの笑顔だった。

「おふたり、お似合いですね」

 にこりと、男の柔らかな唇が吐いたセリフが——胸を、えぐる。
 深く、絶対に消えない深さで、残酷な痛みを伴って。

 帰ってしまえばよかった。
 遅すぎる後悔が脳裏に浮かんだが……何も、意味を成さなかった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

籠の鳥〜見えない鎖に囚われて✿❦二人の愛から…逃れられない。

クラゲ散歩
恋愛
私。ユリアナ=オリーブ(17)は、自然豊かなオータム国にあるグローパー学院に在籍している。 3年生になって一ヶ月が経ったある日。学院長に呼ばれた。技術と魔術の発展しているフォール国にある。姉妹校のカイト学院に。同じクラスで3年生の男子3名と女子3名(私を含め)。計6名で、半年の交換留学をする事になった。 ユリアナは、気楽な気持ちで留学をしたのだが…まさか学院で…あの二人に会うなんて。これは…仕組まれていたの?幼い頃の記憶。 「早く。早く。逃げなきゃ。誰か〜私を…ここから…。」

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...