【完結】致死量の愛と泡沫に

藤香いつき

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Chap.3 My Little Mermaid

Chap.3 Sec.6

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 まぶしい白の部屋。身に覚えがあると感じたのは、ハウスで閉じめられた牢獄ろうごくの部屋が重なったせいだ。
 
 解放された目にみる、白々とした壁や天井になるべく目を向けず、同じ部屋にとらわれたセトに目を向けた。ロボにより遅れてアイマスクを外された彼も、眩しげに目を細めた。細い目がこちらに向き、
 
「大丈夫か?」
「はい」
「消毒はされたみてぇだけど……検査された感じあったか?」
「……〈けんさ〉は、わからなかった」
「感染者なんていれるわけねぇから、安全を確認したはずだけど……分かんねぇな」
は……どこ?」
潟湖ラグーンの上に作られたコミュニティらしい。元の都市名からそのままラグーンシティって呼ばれてる」
「らぐーんしてぃ……」
 
 ふと気づく。セトは後ろ手に白いリングで拘束されたままだった。私はすでに解放されているのに……。
 目を向けていると、セトが静かな声で、
 
「この部屋は監視されてる。それを念頭に、何があったか説明してくれるか? なんであんなとこにいたんだ?」
「……かんし?」
「見張られてる。ワードに気をつけて、何があったか教えてくれ」

 ヴァシリエフハウスの名を出すなということだろうか。思考をめぐらして、頭のなか状況をたどった。
 
「……よびだしが、あった。……〈えーあい〉の〈おとうと〉と、おなじこえで……たすけてほしい、もどってきて……と」
「ドアロックは? どうやって解除した?」
「それも……〈おとうと〉が、はずしてくれた。そとにでたら、〈くるま〉があって……のったら、ここに……ついてすぐ、おとされた」

 セトが眉を寄せる。あまり説明の意味を成していない。私もよく分かっていなかった。

「その、手の怪我けがは。どうした?」

 視線で示され、自分のてのひらに目を落とす。りむけた皮膚に赤く血がにじんでいた。
 
「〈くるま〉から、おちたときに……」
「……痛くねぇのか?」
「わすれてたから……。でも、いまは……おもいだしたので、すこしいたい……」
 
 まぬけな反応に、セトが小さく苦笑する。
 ただ、見下ろす目から心配の色が消えることはなかった。

「状況は分かった」
 
 うなずいたセトは、目を壁に向けて、
 
「話がしたい。上の人間を呼んでくれ」
 
 張りあげられた声に、さりっと空気の変わる音が聞こえた。音声が入るときの薄いノイズ。重なった声は、
 
《——ここに上の人間なんていないわ。所属する者たちは対等な立場よ》
 
 強く安定感のある声。りんと響いた明瞭めいりょうな音は、突きつけられる短剣のような冷たさがあった。
 一瞬、セトの顔が不可解な反応を見せた。何か思いつくものがあるような、違和感を覚えたような様子で、
 
「なら、あんたが話を聞いてくれ。誤解がある。俺らは意図的に侵入したわけでも攻撃したわけでも——」
《質問は、こっちから》
 
 ピシャリと遮る声。
 音声だけなのに、にらまれたような錯覚がした。
 
《所属を言ってくれる? どこのコミュニティ?》
「……無所属だ」
《馬鹿にしてる? 嘘をつくたび一発ずつ撃ち込んでほしい?》
「嘘じゃねぇよ。どこにも所属してねぇ」
《……お隣のコは、どう?》

 声が、私にかけられた。
 顔色に気持ちが出ないよう気をつけるが、
 
《嘘ついたら男の足を撃つ。撃ってもいいなら好きに答えてくれていいわ。その男、ヴァシリエフハウスの人間よね?》
 
 ひやりと、危機感に背筋が凍った。
 答えられず閉ざした唇を、はクスッと笑った。
 
《沈黙なんて選択肢はあげてないよ。……まあ、肯定ってことでいいね。貴女あなたは誰? ヴァシリエフハウスの人間じゃないでしょ? なんで一緒にいるの?》
「……はなしが……うまく、ききとれない。ゆっくり、はなして……ください」
《……貴女の名前は?》
「……ウサギ、です」
《ウサギちゃん、貴女どこのコミュニティ?》
「……わからない。きおくがない……から」
《記憶喪失ってこと? なんでその男といるの? ひょっとして捕まってる?》
「……?」
《あぁ、ゆっくり話すんだったね。……その男といるのはどうして?》
「……たすけてもらった……ので」
《その男に助けてもらったの? それはさっきの話?》
「いえ……すこし、まえに」
《ふぅん……じゃあ、確認ね。その男に暴力は振るわれてない?》
「はい」
《強制的な性交も暴力だけど、それもない?》
「はい」
《……なんか横のほうが反応したけど? ほんとに何もされてない?》

 指摘されて、セトから外していた目を戻す。
 強く寄せられた眉の下、ゆれる金の眼をしっかりと見つめて、
 
「はい。わたしは、たすけてもらいました。……いつも、たすけてくれます。彼がここにきたのは……わたしを、たすけるため、です」
《……貴女は、何しに来たの? 正当な手順を踏まずに侵入したのはなぜ?》
「……わからない……わたしは、たぶん、だまされて……ここに、はこばれました」
《その言い分を信じろっていうのは難しいね。……でも、信じてみるよ。貴女に悪意が無いのは分かったから。……とりあえず、顔を合わせて話そっか》
 
 ふつりと音声が切れる。セトが最初に目を投げた壁が透過し——立ち並ぶ数人の姿が見えた。
 中央に立っていたひとりが、前に出る。ドアのように一部が開き、そこからこちらへ入ってくると、
 
「——あ?」
 
 隣のセトが、変な声をあげた。
 けれども、その声よりも現れた女性に目が惹かれて、
 
 ベリーショートの黒髪。セトとよく似た薄い褐色かっしょくの肌。すらっと長い脚に、シャープな顔だち。街中ですれ違ったら、思わず目を奪われるような——ハッとする印象の女性。
 
 私の目を受け、その高身長の女性はクスリと魅力的に微笑ほほえんでから、セトへと目を流した。
 
「どこの馬鹿が正面突破してきたのかと思えば……あんたなわけ? ヴァシリエフの御令息さん」

 鼻で笑う声が、見下げるようにセトを冷たく見据える。
 親しみはない。でも知り合いめいた皮肉げな響き。横目でセトの顔を見上げると、
 
「……お前がここのリーダーか」

 鋭い目は警戒を解くことなく、不穏な空気と——わずかに困惑を見せて、相手を見返していた。
 そんなセトから目を外して、私に視線を戻した彼女はニコリと笑い、
 
「ようこそ、ラグーンシティへ。あたしはジゼル。心から歓迎するわ——貴女だけ、ね」
 
 貴女だけ。
 付け加えられた言葉に、『え?』うっかり驚きの声を返してしまってから、奥に並ぶ者たちの共通点に気づいた。
 
(——全員、女のひと!)
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