致死量の愛と泡沫に

藤香いつき

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Chap.4 剣戟の宴

Chap.4 Sec.3

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 ヴァシリエフハウスから30キロメートル離れた位置に、その倉庫はあった。
 天井は高く、内部に並んだ棚も高い。窓は紫外線を遮光している。床材は抗菌性を高めたリノリウム。その上にダークブロンドの髪をした長躯ちょうくと、ストロベリーブロンドの長髪を三つ編みに垂らした小柄な身体が寝ていた。
 
「あーあ、オレもハウスがよかったなー」

 後ろ手に拘束されて床に転がる人質を横目に、簡易テーブルセットに座っていた男が嘆息たんそくした。長らく手にしていたハンドガンはテーブルの上に置かれ、今はビールびんを掴んでいる。瓶を傾け、マシン合成のペールエールを喉に流し込んだ。
 立っていたもうひとりの男が、
 
「仕方ないだろ。俺ら、武力では警備組に敵わないんだから……」
「ゆーて戦ってないじゃん。クスリ効いてんのを捕まえただけっしょ? オレらでもやれたよ?」
「……まあな、警備組はすこし調子のってんなぁ」
「なー……でもヴァシリエフ落とせたのは激アツ。テオドーにつく価値あった」
「……それさ、テオドーの裏に別の人間いる説あるよ」 
「え、どゆこと?」
「テオドーってたまに消えるだろ? 気になって通信記録をさぐったら、消去してる跡があった」
「まさかのモルガン黒幕説?」
「いや、アトランティスは無関係だと思うけど……ん? もうクスリ切れる時間だよな? コイツらいつまで気ぃ失って——」
 
 三つ編みを床に落とした小柄な身体。奥を向くハオロンに近づいた男が、寝そべる身体をころりと自分の方に転がして、
 
 ——ぱちっと、オレンジブラウンの眼とかち合った。
 
「えっ——」
 
 男がもらした間抜けな声は、悲鳴に変わった。伸ばされていた手に向かって勢いよくみ付いたハオロンの歯は、皮膚の表面を食いちぎった。
 
「てめえっ」
  
 テーブルの男が無駄な声をあげてハンドガンに手を伸ばしたが、遅すぎる。弾け起きたハオロンは床をって一瞬で距離を詰め、ハンドガンを握りきれていない手首めがけてトゥキックをかました。
 しびれた手がハンドガンを落とし、男が拾うまもなく、ハオロンは下から男の顔面に頭突きをらわせる。歯の折れる音に、ふらつく男の身体。ハオロンの一連の攻撃は後ろ手に拘束されたまま。
 口腔こうくうにあふれる血は呼吸をはばみ、その苦しみと痛みからガホッと血を吐き出した男が、ハオロンを見返す。
 
 ——笑う顔。
 をえがく唇に細まる目。ためらいがないどころかたのしげで——まるでゲームのように余裕を見せる彼は、小柄な身体をぐるりと回したかと思うと——男の手が防御にいくより早く——回転りで顔面にとどめを刺した。
 硬く攻撃に特化した靴底が、男の鼻面はなづらを叩き砕いていた。
 
 ハオロンは倒れた男から目を離し、最初に近寄った男を振り返る。
 ハオロンによって咬まれた利き手を震わせながら、腰のホルスターに収まっていたハンドガンを取り出して構えようとしていたが、を忘れている。
 
「——すみません」
 
 申し訳なさそうに響いた、低く穏やかな声。
 男が気を回す前に、背後で転がっていたアリアが寝転んだ状態で長い脚を持ち上げ、両の足裏で男の背中を蹴飛ばしていた。
 衝撃からハンドガンを手放し、前のめりに倒れた男の脳天に——近寄ったハオロンがかかとを落とした。男のあごはリノリウムの床に当たって鈍い音を響かせ、そのまま動かなくなった。
 
「クリアぁ~!」

 高らかな宣言。
 倉庫に響きわたる明るい声に、寝転んでいたアリアが「よいしょ」と身を起こした。
 
「あ、アリア大丈夫かぁ?」
「ええ、おかげさまで無事です。傷ひとつありませんよ」
「ならよかったわぁ~」
「ハオロンさんは大丈夫ですか?」
「うん、うちも無傷やよ」
「それは何よりです」
 
 話しながら、ハオロンは落ちていたハンドガンを回収していく。敵のひとりは完全に伸びているが、顔面を打ちのめされたほうは床に転がって痛みと呼吸困難にうめいていた。
 
「先に拘束これ解こかぁ~」
「どうやって外しましょうか?」
「うちナイフあるよ」
「おや? 回収されませんでした?」
「靴底のは気づかれんかったみたいやの」

 片足だけ靴を脱いだハオロンは、屈んで後ろ手にインソールを外すと折りたたみの薄いナイフを取り出した。
 背を向け合い、アリアの手を縛るバンドを切っていく。
 
「マガリーが裏切ったのはしゃあないけどぉ……薬を盛られたのは予想外やったの。油断しすぎたわ……」
「そうですね……ですが、所持品は最初に確認していませんでしたか?」
「した。でもぉ……素っ裸にはせんかったから……まぁ、甘かったがの」
「いえ、甘かったとは思いませんよ。今回は、皆さんそれぞれ思うところがありましたから……」
「……ありす、大丈夫やろか」
「あちらはサクラさんがいます。イシャンさんも、メルウィンさんも……」
「…………ティアが不安やの」
「…………そうですね」
 
 硬い素材は完全に切り落とすまで時間を取られたが、アリアのほうは両手が解放されたため、器用に留め具のツメをナイフの先で潰し、すみやかにハオロンを解放した。
 自由を得たハオロンが、自分の血におぼれかけている男に足を寄せた。
 
「携帯端末、借りるでの~?」
 
 男の胸ポケットをあさって取り出したのは、連絡に使っていたコンパクトなデバイス。記録を確認すれば、決まった時間につながっている定時連絡らしき通信先が。迷うことなく通話アクション。
 
「次はあにさんらの番やの」
 
 その声に心配の色はない。
 あるのは、長兄における絶大な信頼のみ。
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