致死量の愛と泡沫に

藤香いつき

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Chap.4 剣戟の宴

Chap.4 Sec.8

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 組んだバンドはひとつじゃない。
 常にドラムをやっていてロキがボーカルだったことに変わりはないが、他のメンバーは変わっている。最後に組んだバンドのベースがモルガン。あともうひとり、ボーカル兼ギタリストのロキとは別にいた、本来のギタリスト、
 
「——ギャングじゃないっすね?」
「何言ってんだ、ユーグ」
 
 開口一番。数年ぶりの再会だというのに意味の分からないことを言われた。
 黒髪黒眼のアジア系。折れそうなくらい細い脚、全体的に線の細い身体。今思えばウサギやミヅキとよく似ている。ただし身長は低くない。目線はわずかに下がる程度。インナーカラーなのかなんなのか、髪の内側だけ灰色だった。
 日焼けに縁のない白い肌は昔から黒マスクをしている。長い前髪の隙間に見える目は細くこちらを捉えていた。
 
「てか、なんすかその髪」
「なんもしてねぇから地毛が目立ってきてんだよ」
「金髪な理由を訊いたんすけど」
「それはべつになんでもいいだろ……つか早くウサギを出せ。ここに来てんのは分かってんだぞ」
「セトはいつから金髪になってウサギを飼い始めたんすか?」
「(会話になんねぇ)……なあ、頼むからモルガンに代わってくれよ。あいつここのリーダーなんだろ? 多少の協力ならするから、ウサギはとりあえず返してくれ」
「……協力してくれるんすか?」
「人手、足りてねぇんだろ? 俺に手伝えることあんならやってやる。昔のよしみで……多少は」
「へぇ……意外と義理堅い感じすか」
「意外とってなんだよ」
「意外っすよね? ヴァシリエフハウスは今や対外封鎖コミュニティかと」
「……こっちも色々あったんだよ。今はハウスを出てるから無関係だ」
「ヴァシリエフの人間ってのは否定しないんすね?」
「否定しねぇよ。なんでバレたのか知んねぇけどな」
「ジゼルが訴えたやつじゃないんすか? 僕はそれで知りましたよ」
「訴えたってなんの話だよ?」
「……あ、なんでもないっす。セトが知らない話っぽいんで」
「は?」
「てか座りません? ダルいんで」

 互いに立ったまま話していた。
 ハウスの車を手放し、ラグーンの海上を飛べる車と(ハウスのは飛べるが陸上専用で、いざというときに船型にならないため)交換してここまでやって来ている。迎え入れてもらったはいいが、案内された部屋に現れたのはユーグのみ。てっきりモルガンが来るものだと構えていただけに、懐かしのゆるゆる感には気をがれている。
 
 床が波打つようにしてイスとテーブルが生まれる。形状変化の可能な材質。残っていた資料を見て知ってはいたが、20年以上前に作られたヴァシリエフハウスよりも設備が新しい。たしかにここなら脳の移植手術くらいやってるかも知れない。ただ、ウサギが海上都市の出身であるという主張はあちらから出ていない。
 
みます?」
まねぇ」
「アルコールダメなんすか?」
「そういうわけじゃねぇよ」
「僕もアルコール嫌いなんすよ。水でいいすか?」
「おい、会話み合ってねぇからな? ……つぅかウサギ出せよ! なんだよこの時間っ? なんでお前とダラダラしなきゃなんねぇんだ!」
「……それ僕も思うっす」
「思うならウサギ連れて来いよっ? モルガンでもいいっつってるだろ」
「………………」
 
 出されたドリンクボトルをいら立ちから開栓する。水と言ったくせに炭酸ジュース。喉に張り付くような甘さ。
 ユーグは水のボトルを傾けながら退屈そうにこちらを見ていたが、かすかに動きを止めた。意識がずれる。——耳のとこ、ピアス端末か。
 
「——おい、モルガンだろ。なんつった?」
「なんの話すか?」
「連絡が来ただろ」
「……カマ掛けても無駄すよ?」
「掛けてねぇ。声が聞こえてんだよ」
「……は。マジすか?」
「俺は耳がいいんだよ」
「それは知ってんすけど……そこまでいくと人外っすね」
「うるせぇ。モルガンはなんつってんだよ」
「……セトを縛って来い、とか。僕に無理すよね」
「は?」
「素直に縛られてくれません?」
「誰がっ——」

 唐突に、喉に強い痛みが走った。
 誰が縛られてやるか。切り返しの言葉は、途中で重い咳に代わる。
 
 咳き込むセトを、テーブルで向かい合うユーグは無感動に眺めている。
 
「……大丈夫すか」
「おまえっ……なんか入れたろっ……?」

 かすれる声で訴え、その胸ぐらを掴もうと手を伸ばしたが、ひらりと立ち上がった細い身体には届かなかった。
 戦闘に持ち込む気はない。なかったからこそ“協力”の提案を先に出した。
 それなのに——。
 
「……手足のしびれ、どんなもんすか?」
「……っ……」
「あ。声、出ないんすよね? 喉に強くクるって聞きました、モルガンさんから」
「……なん、で……」

 なんでこんなことすんだよ。協力するっつっただろうが。
 声を出そうとしたが、ガサガサとしてうまく音にならない。喉を押さえてにらみつけると、マスクの下から鼻で笑うような音が聞こえた。
 
「——協力、て。上から目線でムカつきますね。僕ら対等じゃないんすか。モルガンさんが別格なのは認めますけど」
「(協力は対等なワードだろが)」
「……いや何言ってるか分かんないんで。てか協力は求めてないっす。役立つになってもらえれば」

 なに言ってんだこいつ。
 そう思ったのと、ラグーンで交わした言葉が浮かんだのは同時で。
 
——モルガンは協力が欲しいんじゃない。あの性格は昔から知ってるでしょ? あんたたちを支配下に引き込みたいのよ。
 
 忠告は、もらっていた。

 モルガンのことは深くは知らない。
 ミュージックバーをうたっていたあのハコ、その経営者。わざと古びたネオンで飾って、そこにつどう人間を——VRだらけの世界で、本当の自分が分からないと思い込んでるようなを——取り込んで、手駒に。
 そんな支配的な意思があったかも知れない。数年経って、そう思うことがあった。
 
 忠告も性格も踏まえたうえで、けれども、否定したい気持ちのほうが強かった。
 短い期間だったとしても——俺らは、仲間だっただろ、と。
 
 
「……裏切られた、なんて思ってます?」
 
 部屋に、警備用の頑丈なロボが滑り込んでくる。拘束しようとしてくるロボに、(捕まってばっかじゃねぇか)頭のすみで場違いな突っこみが出る。抵抗はしない。ウサギが押さえられているのに、暴れる意味はない。
 はなから攻撃する気がなかったのに——なんで。
 
「……でも、裏切られたのはこっちなんで。ヴァシリエフの天才様たちが、なんであんなとこ来てたんすか? 金持ちの道楽? ……あ、見下しに来てました? 一般人ざまぁ?」
「………………」
「無能なやつらを見下すの、気持ちよかったすよね? 天才方のストレス発散になりました?」
 
 見下ろす目は、相変わらず淡々としている。昔から感情の薄いやつ。マスクと前髪のせいで表情もよく分からない。
 
「……天才として作られたんだから、ノブレス・オブリージュ、でしたっけ? そんな感じで貢献してくださいよ」
 
 ロボのアームが首に触れた。琥珀こはくの石が垂れたチョーカーに重ねて、ふざけたベルトを着けられる。ペットの首に巻くような——首輪。
 
「——モルガンさんの飼い犬として」
 
 細い目は、笑っている気がした。
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