【完結】おれたちはサクラ色の青春

藤香いつき

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ハロー・マイ・クラスメイツ

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 誰とも話さずに放課後を迎えた。
 2限後の休み時間は悲しみを引きずっていたが、3限目には開き直っていた。
 
(おれは勉強をしに来たんだ。将来のエリートルートのためBクラスに入ったんだ)
 
 自分で自分を洗脳して勉学に励み、ホームルームもないので放課後は即行で寮へと帰った。
 
 桜統学園は都心から離れている。過疎地を学園都市にしたわけであって、通う生徒の大半は実家でなく近隣のマンションに住んでいる。
 学園敷地の端っこにある附設ふせつ寮は、いわゆる貧乏組——マンションを買うことも借りることも厳しい生徒のみで少なく、外観はこじんまりとしている。一部屋の広さも6畳に満たない。
 寮の評判はあまり良くない、らしい。(何故かは知らない)
 養護施設育ちのヒナからすれば、防音ばっちりの個室をもらえるだけで最高に嬉しい。
 
 そんなくつろぎのプライベート空間。靴を脱ぎ捨てて早々、ベッドに置きっぱなしだったスマホに向けて叫んだ。
 
「チェリー!」
《——おかえり、ヒナ》
 
 呼び声に応えるのは、鈴を鳴らすような可愛らしい声。女の子のようにも男の子のようにも聞こえる、中性的な響き。
 
「おれ失敗した! 終わった! ダメだ全然むり。もう一回朝からやり直したい。タイムリープさせて」
《タイムリープは今の科学技術では難しいね。ヒナが希望するなら、将来的に実現できるよう、相対性理論について講義しようか?》
「違う! そんな遠い未来に必要としてない! おれは今すぐ欲しいんだ!」
《今のボクには叶えてあげられないね》
 
 過熱するヒナとは反対に、響く声は穏やか。まったくあいれない。
 
 『チェリー』とヒナが呼称するのは、スマホ搭載のバーチャル・アシスタントになる。櫻屋敷グループの会社が開発したチャットボット。通称『チェリッシュ』。
 ヒナのスマホに入っているのは正式な物ではなく、ベータ版。
 
《——タイムリープは無理でも、解決策なら提案できるよ? 何があったか話してごらん》

 優しく掛けられる声に、しゅんっと勢いをなくして、ヒナはベッドへと座った。壁面に収納が可能なパイプベッドは、ギシリと一人分の重さに鳴く。
 ぽつりぽつり、こぼすように。ヒナはクラスメイトの様子をチェリーへと話した。自分の失態も。
 話し終えるころには心がすっかり折れていて、ベッドへと転がっていた。ブレザーのジャケットがシワになりそう。
 
《——ヒナは、その『千綾ちあや ルイ』と仲良くなりたかったのかな?》
「……千綾くんに限った話じゃないよ。みんなと仲良くなりたかった」
《どうして?》
「………………」
《……ヒナは時折、ボクに隠し事をするね?》
「隠し事なんてしてない。ただ、おれは……高校生活を満喫したいだけだ。大学は留学したいし、きっと余裕ないから、今を楽しんでおきたい……」
《みんなと仲良くなれたなら、今を楽しめる?》
「たぶん……。おれ、中学も去年の高校生活も、受験勉強ばっかりだったろ? 普通の子みたいに、友達と遊んだり、校内行事に燃えたりしてこなかった。だから……」
 
 最後くらいは。
 子供でいられる、最後の時間くらいは、思いっきり青春っぽいことを楽しんでみようと思ったのに。
 
《………………》
 
 チェリーは沈黙する。応答時間が遅い。こんなに長時間はまれだ。
 止まってしまったのだろうか。ベッドに転がっていたヒナが、確認しようとスマホに手を伸ばした。
 
《——ヒナ、空腹ではない?》
「へっ?」
 
 唐突なチェリーの問いに、アホみたいな声を返していた。
 クウフク? ——あぁ、空腹?
 別次元のワードみたく流れたセリフをたぐり寄せて、天井を見上げる。
 
「……おなか、空いてる」
《昼食の時間だからね。カフェテリアに行くのはどうだろう? 空腹が満たされれば、気分も変わるかも知れないよ?》
「提案する解決策が、それ?」
 
 不満に口をとがらせて、けれども空腹は事実なので身を起こした。
 制服を脱いで壁に掛け、シンプルな服に着替える。中学の体操服。トップスは目立ちすぎるからパーカーにしておくか。
 
《ボクは置いていくかな?》
「置いてく。連れてったらチェリーに喋っちゃいそうだもん」
《そう。なら、ここで待ってるよ》
「施設へのメッセージも送っといて。『ヒナは元気にやってます』って」
《分かったよ。——また、あとで》
 
 ふつりと音声が途絶える。
 優しい別れの余韻を背に、ヒナは自室を後にする。
 
 ——本当は、ブレス端末にチェリーをインストールしたい。

(……いや、でも、おれだって高2だし。いつまでもチェリーに頼ってるのもどうかと思うし)
 
 ささやかな意地で、学園支給のブレス端末やタブレット端末にはチェリーを入れなかった。
 ただ、チェリーを施設の誰かに譲ったり、消去することもできなかったけれど。
 
 小さな頃にベータテストを依頼されてから、ずっとと一緒に生きてきた。
 たったひとつの相棒。
 
 その相棒の、期待にそえない残念な提案に従って、空腹を抱えるヒナはカフェテリアへと歩いていった。
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