【完結】おれたちはサクラ色の青春

藤香いつき

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ハロー・マイ・クラスメイツ

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(——うざったい!)
 
 右手をぎゅっと握って、胸中で叫んだ。
 ヒナが歩くのはカフェテリアまでの道のり。一日のあいだで積もり積もった琉夏への不満が、イライラと頭いっぱいを占めている。
 
(なんだあいつ、べったり絡んできて。あいつのせいでルイくんも機嫌わるいし、壱正もピリピリしてるから放課後の研究相談ができなかった)
 
 朝からずっと、ヒナが何か言うたびに、琉夏が干渉してくる。
 
——そんなことも分かんねェの? 転入試験ってレベル低い? 替え玉した?
 
——ルイと並んでると女子が二人いるみてェだなァ~?
 
——ぶつかった? 悪いねェ~? 小さくて見えなかったァ。
 
(おれは小さくない! 男子平均からしたら少し低めなだけ!)
 
 握った拳に力を込めて、言い返さなかったぶんの不満を今、心で叫んでいる。
 カフェテリアに向かっているのも意味がある。
 特待生のヒナは、カフェテリアの食費が免除されている。何を食べてもタダ。
 こんな幸福があっていいのだろうかと思うが、引き換えに、全てのテストで学年順位5番以内でなければならない。下がった場合、幸福権——特待権が剝奪される。
 
 美味しいものを食べよう。このイライラを吹き飛ばす美味しいご飯を食べるんだ。
 寮横の閑散としたカフェテリアで、人目を気にせず爆食してやろうと企むヒナだったが、ドアの手前で呼び止められた。寮からの通路ではなく、外からの出入り口だった。
 すれ違いで出てきた、3年生らしき男子生徒。一度ヒナの横を過ぎたのだが、慌てたように足を止めて、
 
「——ちょっと、きみ! 今はダメだよっ?」
「……おれ? ですか?」

 焦った声に、振り返る。
 先輩らしき彼は、青い顔をしている。
 
「今、狼谷かみや 颯人はやとがいるから。他のカフェテリアに行くか、あとにしたほうがいいよ」
「……カミヤハヤト?」
「えっ、分からない? きみ、寮の新入生じゃないの? 先輩から説明なかった?」

 新入生といえば、新入生。ただし1年生ではない。
 2年からの転入生です。ヒナの答えを待たず、
 
「寮生で、去年クラスメイトを何人も殴って殺しかけたヤツがいるんだよ」
「ええっ? なんでそんなひとが桜統にいるんすかっ?」

(それこそ警察! 刑事さんの出番なんじゃっ?)
 
「……事件にはなってない。殴られた生徒がみんな、『殴られてない』って言い張って、保護者も警察を呼ぶのを嫌がったんだよ。集団で遊んでて、階段から落ちたってことになってる。……でも、殴られたのは間違いない。きっと狼谷に脅されたんだよ。その生徒みんな、Aクラに逃げたから」
「こわっ……」

 震えていて、最後に付け足されたセリフの理解が遅れた。
 
「…………えーくら?」

 ワードを繰り返す。なんとなく意味を推測できてはいたのだが、逃避の気持ちから呟いていた。
 
「Aクラスのことだよ」
「……1組から9組のことを指す、Aクラスですか?」
「そうそう、成績上位を集めた10組がBクラス。昔は逆だったんだけどね? 成績上位が1組でAクラスって呼ばれてた。『Bは優劣をはっきりさせるようでイメージが悪い』なんてクレームが来たから、逆転したんだよ」
 
 後半の説明は流れていた。
 話を整理する。ガチやべーやつがいる。被害者はAクラスに逃げた。したがって、そいつがいるのはBクラスで、生徒が少ないと推測される。
 ……2Bでは?

(ハヤトっているよな? 治安わる組の、金髪がっしり。……でも、あれ? 2Bには寮生いないって聞いたよな?)
 
 現実逃避を試みる頭が、ほころびを見つける。
 
「2Bに寮生はいないって聞いたんすけど、そのカミヤハヤトって……?」
「2Bだよ。2Bのボス。今年度から寮に入ってきたんだ」
「………………」
「——とにかく、狼谷 颯人に近づかない。寮のカフェテリアもなるべく避ける。寮も2階には行かない。いいかな?」
「……2階」
「そう、狼谷は2階だから。2階は2Bの二人しかいないし、1年生は関わりないだろ? 行っちゃだめだからな? 現2Bは元から問題が多いから、距離を置いたほうがいいよ」
 
(ぼく、2階なんすよ。なんなら2Bなんすよ)

 遠い目をして心の声で訴えるヒナの思いは、こちらを案じてくれる心優しき先輩に届いていない。ひたすら1年生だと思われている。
 
「……あの、言いづらいんですけど、」
 
 意を決したヒナの声は、

「お、おいっ!」
 
 新たに現れた男子生徒が割り込んできて、消された。
 心優しき先輩が引っ張られる。
 
「わっ、なんだよ?」
「なんで転入生に声かけてるんだっ? 関わらないって決めただろっ?」
「えっ、転入生? 新入生じゃなくて?」
「ちがう、そいつ2年! 2Bの穴埋め転入生!」
「えー!」
 
 何か言うまでもなかった。
 言いかけたヒナを残して、先輩方は去っていった。
 
「………………」
 
 桜の混じる風が、さらさらと流れていく。
 今日この日まで、他の寮生とまったく交流がなかった理由を悟った。
 
——いや、問題なのは琉夏ではなく……。
 
 壱正が言いかけた言葉の先も、今、ようやく理解していた。
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