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ハロー・マイ・クラスメイツ
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朝の教室に入るなり、ヒナは停止した。
教室の前方ドアから、いつも先にいる壱正へと掛けたヒナの挨拶は、
「おはよー……?」
途中で疑問の響きに変わった。
壱正は立っていた。
普段なら、朝一で教室に来る壱正は勉強をしている。着席したまま、ヒナの挨拶に「おはよう」と返してくれる。
壱正が立っているのも珍しいが、ヒナが停止した理由は、教室の中央が……妙にぽっかりしているな。
違和感の正体は、自席の行方不明だった。
「あれ? おれの机は?」
壱正に尋ねる。
彼は眉を寄せて首を振り、
「私が来たときには、すでになかった。今から捜そうと思うが……」
ヒナに答える壱正の顔は、困惑に険しさがある。原因に見当がついているような。
(……なんだろ?)
首をかしげるヒナに、壱正からの説明はない。
代わりに、
「邪魔」
トンっと軽い衝撃が、肩口に。振り返ると、背の高い体がヒナの横をすり抜けた。
こんなに早く来たことはない、カラフルな頭髪の、
「あ、ごめん。おはよー、琉夏くん?」
登録名は『琉夏』。周りがルカと呼んでいるので、読みはあっていると思うが、本人から反応はなかった。
(琉夏くんは、いつも後ろから入ってくるのにな?)
反射的に挨拶はしたものの、まだ話したことはない。サクラからも「今しばらく距離を置いておきなさい」とのアドバイス。
疑問を胸にしまって、机のことを学園のチャットボットに問い合わせようとしたところ、壱正が琉夏を呼び止めた。
「琉夏、ヒナの机とイスは?」
「なんでオレに訊くワケ?」
「琉夏がどこかにやったのではないだろうか?」
「オレが? やってねェよ?」
セリフだけ聞くなら、琉夏に疑いは持たなかった。
しかし、壱正の問いに、琉夏はニヤッと笑った。自分の座席がある窓ぎわまで歩いていくと、おもむろに窓の外をのぞいた。窓は開いていた。
「あァ~? あれかなァ?」
白々しい声をあげて振り返ると、ヒナを手招きしてみせる。
ヒナは戸惑いながらも、窓に近寄って、横からのぞいた。
図書館へのルートになる、窓下の通路。ひっくり返った机が、
「——おれのっ?」
びっくりして窓枠から身を乗り出しかけた。
無惨に打ち捨てられた机とイス。ここから見ただけでは自分の座席と断言できないが、状況から判断するにヒナの物だと思われる。
「なんで落ちてんだっ?」
「さァ~? ゴミと間違って捨てられたンじゃねェ~?」
驚愕のヒナに、琉夏が横でニヤニヤと笑っている。
驚きで真っ白になっていたが、嫌みな琉夏の言いぶりに——理解した。
(こいつがやった?)
横を見上げれば、愉しげな瞳とぶつかる。こちらの反応を見ているような、上から目線。
ヒナは、琉夏との間にブレス端末を掲げた。
「警察、呼んでいい? イジメってどこの部署になんのかな? もしかして、生で刑事さん見られる?」
「いいねェ、呼んでよ。この程度でどこまで調べられるか知りてェな。あァ、刑事課じゃなくて生活安全課じゃねェ?」
「……琉夏くんがやったの?」
「やってねェよ? 録音しても無駄」
「………………」
ブレス端末から手を離す。無言で琉夏を見上げていると、窓下で誰か——壱正が、机に近寄るのが見えた。
いつのまに外に出ていたのか。はっとして、ヒナも教室を出ると外へ向かった。
壱正と出くわしたのは、昇降口。イスを重ねた机を運ぶ彼に、登校して来た麦が目を丸くしていた。
「——壱正、いいよ。おれが運ぶよ」
「……それなら、ヒナはイスを頼む」
「いや、逆だろ。おれが机やるから……」
「いい、机は私が運ぶ」
机を取ろうとしたが頑なに拒まれ、結局イスしか貰えなかった。
横から麦が、控えめな声量で尋ねる。
「……どうしたの?」
壱正が短く、「琉夏だ」
そんなんで何も分かんないよな? と思うヒナの懸念に反して、麦は察したようだった。何も言うことなく押し黙った。
階段に向かう壱正へ、ヒナもついていく。
——こういうこと、前にもあった? 2Bのクラスメイトが少ないのって、琉夏くんのせい?
訊いてみようかと開いた口が、問う前に、
「ヒナ、琉夏たちとは関わらないほうがいい」
「……え?」
「先生には報告しておく。ヒナからも報告しておくといい。確証はないが、琉夏がやったと思う——そう報告すればいい」
「うん、そうだな……?」
「学園が介入すれば、ブレス端末の警戒レベルが上がる。同じことはできない」
「へぇ……」
「本人に問い詰める必要はない。逐一やられたことを報告して、次の可能性を潰していくほうが安全だ」
「それは……イジメられてから対応しろってこと?」
「……そうなる」
「………………」
「不満はあるかも知れないが、安全だ」
「安全って……琉夏くん、そんなやばい子? キレて殴りまくるタイプ?」
「いや、問題なのは琉夏ではなく……」
壱正の言葉じりが消える。2階まで上がりきった壱正がヒナを振り返り、口を閉ざした。
半端な会話の途切れよりも、壱正の流れた視線。自分の背後の気配に気を引かれて、ヒナは振り返っていた。
くすんだ金の髪。がっしりとした体。鋭い目つき。
クラスメイトのひとりが、階段下からやって来て、ヒナを追い越していった。
「おはよー……」
ヒナの小さな声に、返事はなかった。
離れていた麦が、のろいペースで階段下から上がってくる。表情は暗い。
——『いじめ』が無いとは言えないね。
ヒナの頭には、サクラの声が響いていた。
教室の前方ドアから、いつも先にいる壱正へと掛けたヒナの挨拶は、
「おはよー……?」
途中で疑問の響きに変わった。
壱正は立っていた。
普段なら、朝一で教室に来る壱正は勉強をしている。着席したまま、ヒナの挨拶に「おはよう」と返してくれる。
壱正が立っているのも珍しいが、ヒナが停止した理由は、教室の中央が……妙にぽっかりしているな。
違和感の正体は、自席の行方不明だった。
「あれ? おれの机は?」
壱正に尋ねる。
彼は眉を寄せて首を振り、
「私が来たときには、すでになかった。今から捜そうと思うが……」
ヒナに答える壱正の顔は、困惑に険しさがある。原因に見当がついているような。
(……なんだろ?)
首をかしげるヒナに、壱正からの説明はない。
代わりに、
「邪魔」
トンっと軽い衝撃が、肩口に。振り返ると、背の高い体がヒナの横をすり抜けた。
こんなに早く来たことはない、カラフルな頭髪の、
「あ、ごめん。おはよー、琉夏くん?」
登録名は『琉夏』。周りがルカと呼んでいるので、読みはあっていると思うが、本人から反応はなかった。
(琉夏くんは、いつも後ろから入ってくるのにな?)
反射的に挨拶はしたものの、まだ話したことはない。サクラからも「今しばらく距離を置いておきなさい」とのアドバイス。
疑問を胸にしまって、机のことを学園のチャットボットに問い合わせようとしたところ、壱正が琉夏を呼び止めた。
「琉夏、ヒナの机とイスは?」
「なんでオレに訊くワケ?」
「琉夏がどこかにやったのではないだろうか?」
「オレが? やってねェよ?」
セリフだけ聞くなら、琉夏に疑いは持たなかった。
しかし、壱正の問いに、琉夏はニヤッと笑った。自分の座席がある窓ぎわまで歩いていくと、おもむろに窓の外をのぞいた。窓は開いていた。
「あァ~? あれかなァ?」
白々しい声をあげて振り返ると、ヒナを手招きしてみせる。
ヒナは戸惑いながらも、窓に近寄って、横からのぞいた。
図書館へのルートになる、窓下の通路。ひっくり返った机が、
「——おれのっ?」
びっくりして窓枠から身を乗り出しかけた。
無惨に打ち捨てられた机とイス。ここから見ただけでは自分の座席と断言できないが、状況から判断するにヒナの物だと思われる。
「なんで落ちてんだっ?」
「さァ~? ゴミと間違って捨てられたンじゃねェ~?」
驚愕のヒナに、琉夏が横でニヤニヤと笑っている。
驚きで真っ白になっていたが、嫌みな琉夏の言いぶりに——理解した。
(こいつがやった?)
横を見上げれば、愉しげな瞳とぶつかる。こちらの反応を見ているような、上から目線。
ヒナは、琉夏との間にブレス端末を掲げた。
「警察、呼んでいい? イジメってどこの部署になんのかな? もしかして、生で刑事さん見られる?」
「いいねェ、呼んでよ。この程度でどこまで調べられるか知りてェな。あァ、刑事課じゃなくて生活安全課じゃねェ?」
「……琉夏くんがやったの?」
「やってねェよ? 録音しても無駄」
「………………」
ブレス端末から手を離す。無言で琉夏を見上げていると、窓下で誰か——壱正が、机に近寄るのが見えた。
いつのまに外に出ていたのか。はっとして、ヒナも教室を出ると外へ向かった。
壱正と出くわしたのは、昇降口。イスを重ねた机を運ぶ彼に、登校して来た麦が目を丸くしていた。
「——壱正、いいよ。おれが運ぶよ」
「……それなら、ヒナはイスを頼む」
「いや、逆だろ。おれが机やるから……」
「いい、机は私が運ぶ」
机を取ろうとしたが頑なに拒まれ、結局イスしか貰えなかった。
横から麦が、控えめな声量で尋ねる。
「……どうしたの?」
壱正が短く、「琉夏だ」
そんなんで何も分かんないよな? と思うヒナの懸念に反して、麦は察したようだった。何も言うことなく押し黙った。
階段に向かう壱正へ、ヒナもついていく。
——こういうこと、前にもあった? 2Bのクラスメイトが少ないのって、琉夏くんのせい?
訊いてみようかと開いた口が、問う前に、
「ヒナ、琉夏たちとは関わらないほうがいい」
「……え?」
「先生には報告しておく。ヒナからも報告しておくといい。確証はないが、琉夏がやったと思う——そう報告すればいい」
「うん、そうだな……?」
「学園が介入すれば、ブレス端末の警戒レベルが上がる。同じことはできない」
「へぇ……」
「本人に問い詰める必要はない。逐一やられたことを報告して、次の可能性を潰していくほうが安全だ」
「それは……イジメられてから対応しろってこと?」
「……そうなる」
「………………」
「不満はあるかも知れないが、安全だ」
「安全って……琉夏くん、そんなやばい子? キレて殴りまくるタイプ?」
「いや、問題なのは琉夏ではなく……」
壱正の言葉じりが消える。2階まで上がりきった壱正がヒナを振り返り、口を閉ざした。
半端な会話の途切れよりも、壱正の流れた視線。自分の背後の気配に気を引かれて、ヒナは振り返っていた。
くすんだ金の髪。がっしりとした体。鋭い目つき。
クラスメイトのひとりが、階段下からやって来て、ヒナを追い越していった。
「おはよー……」
ヒナの小さな声に、返事はなかった。
離れていた麦が、のろいペースで階段下から上がってくる。表情は暗い。
——『いじめ』が無いとは言えないね。
ヒナの頭には、サクラの声が響いていた。
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