【完結】おれたちはサクラ色の青春

藤香いつき

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ALL FOR ONE

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 ヒナと琉夏が戻ったのは10分後。
 走り疲れた二人は息を切らしていて、授業が終わるまでサクラの言ったとおりに静かだった。
 
 更衣室で着替えるころには、ようやく回復した琉夏が愚痴を吐いていた。
 
「疲れた。オレもう帰る。『一色 琉夏は筋肉痛で早退しました』って言っといて」
「自分で申請しとき」
 
 竜星によって軽くあしらわれる。
 制服に着替え終えた竜星は、中央のチープなベンチへと腰掛けた。竜星は顔を上げ、更衣室にいるクラスメイト全体へと尋ねる。
 
「球技大会、どっちにするぅ?」
 
 体育の授業終わりに、サクラから球技大会の話が出ていた。例年どおり種目はサッカー・バレーボール・バスケットボールの3種。自由選択だが、クラス人数が少なすぎる2Bにサッカー(11人)の選択肢はない。人数からして、参加種目もクラスでひとつとなる。
 バレーか、バスケ。竜星は2択を求めたつもりだった。
 しかし、だらだらと着替えていた琉夏が、
 
「オレ、出ない。球技大会は休む」
 
 きっぱりと返したため、一瞬、更衣室に沈黙が落ちた。
 竜星が眉をひそめる。
 
「……なに言ってるんやって。琉夏がサボったら、うちら困るやろ」

 琉夏とベンチを挟んで反対にいた壱正が、目線だけ琉夏を振り返っていた。
 壱正と並ぶ麦とウタも、互いに目を合わせて困惑している。
 
 球技大会で、ルイが戦力外なのは中学から。麦とウタもなるべく補欠でいたい派。去年の1Bの時点で、彼らは内部生組でバスケに参加している。
 ハヤト、琉夏、竜星、壱正の4人が主力で、麦とウタが様子をみて互いに交代し合っていた。ルイは応援しかしていない。
 琉夏が欠けると、体力的にも戦力的にも厳しい。
 
「今年はアヒルちゃんがいるじゃん、オレの代わり」
「ヒナはバスケできるんかぁ?」
「バスケ無理ならバレーで出れば? どっちにしろ、どうせガチ部員のクラスが優勝だし、やる気ねェよ」
「………………」
 
 竜星が黙ってハヤトへと目を投げた。(なんか言ってや)訴えたつもりだが、琉夏の隣で着替えていたハヤトから反応はなかった。
 更衣室は静かになるかと思ったが、
 
「おれのこと呼んだ?」
 
 更衣室の奥、個別に仕切られた場所で着替えていたヒナとルイが出てきた。
 話の断片だけ聞こえていたヒナが、
 
「球技大会の話? おれ、バスケのシュート入らない。バレーもアタックできない。覚えといて!」
 
 背後にいたルイも、「僕も」にこりと笑って戦力外をアピールした。
 琉夏はヒナを振り返って笑った。
 
「い~じゃん? アヒルちゃん走る体力はあるし、それで十分。オレの代わり、よろしく~」
 
 ふざけたようにヒナの頭をわしゃっとでて、琉夏は更衣室を出ていった。
 ヒナは首をかしげる。
 
「……琉夏、どうかしたのか?」
 
 しんとした更衣室。
 ルイだけが軽い響きでヒナに応えた。
 
「球技大会はクラス対抗だから、元Bの子らと会う羽目になるでしょ? 琉夏くん、会いたくないんだよ。ああ見えて怖がりだもんね?」

 長い髪をポニーテールに束ねながら、くすくすと笑う。
 ハヤトが「笑う話じゃねぇ」低く注意すると、ルイは笑い声を収めた。
 ウタと麦を誘い、ルイは更衣室を出ていく。反省しているようすはない。
 残ったメンバーはヒナ、ハヤト、竜星。
 それから、壱正。着替えを終えていたが、出ていく気配なく止まっていた壱正に、ヒナが気づいた。
 
「……壱正?」

 基本的に壱正はハヤトたちと距離を置いている。ヒナとも距離を置きがちだが、珍しくヒナの声に反応して目を返した。
 
「……琉夏は、球技大会が好きだ」

 低い壱正の声が、静かに響いた。
 唐突な主張を意外に思いながらも、ヒナは「そう……なのか?」ハヤトと竜星に視線を回した。
 竜星が溜息ためいきをこぼす。
 
「走るのは嫌いやけど、ボール系は好きやなぁ? 中学のときから、球技大会に一番やる気あるのは琉夏やし。そんで負けず嫌いやから、優勝のためにうちらまで特訓させられて……」
「琉夏が? 青春だなぁ……それって優勝したの?」
「去年は優勝とってる」
「おお、すごいな」
「万能ハヤトがいるし、琉夏も背ぇ高いし。バスケ部員さえ抑え込めば、そんな無理な話でもないわ」

 ヒナと竜星が話す横を、ハヤトが出ていく。低い声で、ハヤトは誰へともなしに呟いた。

「あいつが出ないって言ってるんだから、もういいだろ」
 
 バタンっと。ドアの音が、重く。
 座ったままの竜星、立ち尽くすヒナと壱正。残り3人が、言葉なく目を合わせた。
 
「……私も、失礼する」
 
 壱正も出ていった。
 二人きりの更衣室に、竜星が、ぽそりと。
 
「琉夏の事件、ヒナは知ってるんかぁ?」
「あぁ、うん。ハヤトから聞いた。クラスメイトの外部生に、階段で突き落とされた……って」
「それ、ハヤトとうちが休んだ日なんやって。うちら、めったに休まんのに……家庭の都合ってやつで、互いに休んでた。そやから、たぶん琉夏も寂しくて、外部生の子らに『お昼食べよう』って誘われるまま……」

 言葉じりが、静寂の更衣室に消えていく。
 余韻のように、そこには竜星の後悔の念が残っていた。
 
「……うちらは、誰も悪くない。落とした子が一番悪いし、口裏あわせた他の子らもあかん。……でも、壱正はクラス委員として、琉夏の怪我けがに責任を感じてる。ハヤトが暴れたのには怒ってるけどな。……ハヤトはハヤトで、休んだことを少し後悔してる」
「………………」
「うちら、仲悪く見えるやろけど……ほんとは、みんな普通に仲良かったんやよ?」
 
 うつむく竜星の表情は、ヒナから見えない。ヒナの耳に、浅く笑う吐息が聞こえた。
 
「ヒナは、『青春したい』って簡単に言うけど……うちかって、青春できるならしたいわ。……みんなで、前みたいに、楽しくやれたら……」
「——しよう」
 
 ふいに、ストンと。ヒナが膝を折ってかがんだ。
 竜星の顔を、下からのぞきこむように見上げて、
 
「しようよ、青春。おれたちの時間は、まだあるよ。諦める必要なんてない」
 
 真面目な顔を、ヒナは笑顔に変えた。
 
「青春しよう。一緒に!」
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