【完結】おれたちはサクラ色の青春

藤香いつき

文字の大きさ
53 / 79
青春をうたおう

05_Track14.wav

しおりを挟む
——サクラ先生。おれ、誰も悪く言えないくらいの完全勝利が欲しいんです。なんでもします。手伝ってください。

 頭を下げて必死に頼み込んできた生徒の姿を、サクラは見ている。
 
——頼みます。クラス合宿を許可してください。
 
 一方で、普段から反抗的な態度を見せている者を筆頭に、残りのクラスメイトたちが揃って頭を下げに来た姿も見ている。
 
 全体として自意識が強く、プライドが高い。何より個人で自由気ままな傾向がある桜統生が、これほど一丸となって低姿勢を見せることは滅多にない。
 
 ……とはいえ、一介の担任教員がここまでする必要はない。
 『先生』が教育にプライベートの時間を捧げるなど、今は昔の話。
 
 ただ、それでも心を動かされることはある。
 まぶしい熱量を感じると、情熱に染まることがある。
 先生はロボットではなく、人間だから。
 サクラには私情もあったが。
 
 
「——なァ、ヒナ。音が下がってる。目立つから直してくンない?」
「ええっ? またおれ?」
「ソロのとこは気持ち高めで歌って」
「分かんないよ! 琉夏、いっかい歌って!」
「オレの上手うますぎて参考にならなくねェ?」
「むかつくっ」
 
 学園から近い、櫻屋敷が所有する家屋かおくのひとつ。一面が畳となる広い部屋を練習場として、サクラは生徒たちに提供した。
 
 生徒たちを使用人に託して学園に戻っていたサクラは、たった今、学園から帰ったところだった。
 声の通るヒナと琉夏の会話が、ふすまを越えて届いてくる。襖を開ければ、輪になって歌の練習をする生徒たちが目に入った。麦とルイは座卓に着いて企画書を広げている。
 
「あっ、サクラ先生!」
 
 輪から外れたヒナが、サクラに駆け寄った。頭頂部の髪が重力に逆らった跳ね上がりを見せているが、気にしていないらしい。その顔は笑顔で満ちている。
 
「別荘(?)を貸してくれて、ありがとうございますっ」
 
 声も跳ねている。元気そうな様子を確認したサクラは、微笑を返した。
 
「どういたしまして」

 残りの生徒もサクラのもとへ集まってくると、感謝を述べて礼儀正しく頭を下げた。当然ハヤトも。
 
「調子はどうかな?」
 
 サクラの問い掛けに、生徒たちは互いに目を合わせる。
 
「いい感じです!」

 誰とも目を合わさず勝手に意気揚々と返したヒナ。琉夏によって「いや、ヒナは全くいい感じじゃねェよ?」あっさりと否定された。
 普段どおり背筋の伸びた壱正が丁寧に答える。
 
「まだ練習が始まったばかりなので、完成度は低いだろうと思います。とくに順番に回るソロの声量と音程が課題です。楽譜にないアレンジが入ったのもあり……」
「——あっ、そうそう! そうなんです! サクラ先生と作った楽譜から、すこし変わったんです」
 
 思い出したようにヒナが声をあげた。手にしていたファイルを開いて、サクラへと見せてくる。
 
「ポイパが無かったんですけど……壱正が少しやってくれることになって。でも、やっぱりもっとビートが欲しいってハヤトが我儘わがままを言い出したから……」
「おい、言い方」
 
 後ろにいたハヤトから突っこまれたが、ヒナは気にせず話し続ける。
 
「ウタくんが、『クラップ』と『ストンプ』のアイディアをくれたんです」
 
 クラップは手を叩き、ストンプは足を踏み鳴らす。ヒナは言葉と一緒に披露してみせた。
 
「にぎやかで、おれたちっぽい曲になりました!」
 
 嬉しそうに報告するヒナは、修正の入った楽譜を掲げる。背の高いサクラの目に、宝物を自慢するみたいに。
 
「よかったね」
 
 柔らかく微笑めば、ヒナの顔が喜びにほころぶ。
 サクラの記憶にある面影を残しつつも、見たことのない新たなきらめきを乗せて応える。
 
「はいっ」
「一度、私にも聴かせてもらえるかな?」

 最後のサクラの問いは、生徒たち全員に向けられた。
 
 昨夜が不眠なのは、ヒナだけではない。
 しかし、疲労を感じるサクラの体は、生徒たちの笑顔を見たことで癒える錯覚を得た。
 未完成な重なりが、広い和室を心地よく満たしていた。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?

さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。 しかしあっさりと玉砕。 クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。 しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。 そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが…… 病み上がりなんで、こんなのです。 プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。

after the rain

ノデミチ
青春
雨の日、彼女はウチに来た。 で、友達のライン、あっという間に超えた。 そんな、ボーイ ミーツ ガール の物語。 カクヨムで先行掲載した作品です、

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...