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スクール・フェスティバル
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午後組と交代したヒナたちは、昼食をとってから高等部の敷地にある体育館へ向かった。
朝からイベント尽くしの体育館ステージ。2Bのアカペラもどうかと、学校祭実行委員から提案されたが断っていた。クラス企画でそれどころじゃない。バンドのメンバーが抜けるだけでも厳しい……と思っていたが、
「午後は、たぶん売り切れで即行おわりだなー?」
「そぉやなぁ……正味1時間くらい? ルイは喜んでたわ」
「だろなー」
ヒナは竜星と話しながらステージの裏に回った。搬入済みの楽器を確認する。ヒナはキーボード。ギターから浮気した。
壱正の指導もあって上達——と言いたいところだが、まったくもって成長していない。心にはありったけのロック魂を込めるが、指先は果てしなく簡単な譜面をたどる予定。
楽器の確認を終えて顔を上げると、ステージ裏にいた学校祭実行委員の生徒たちに目がいった。本番のステージの用意は実行委員が手伝う手はずになっている。
ヒナの視線の先で、実行委員の腕章をつけた男子生徒二人が、ハヤトの一挙一動に案じるような目を送っていた。2年生だった。
(カミヤハヤト警報。ほんと根強いな?)
今回のライブは生徒会の後押しもあって強行されたが、やはり反対意見も出たらしい。
2Bの最近の活躍が目覚ましいのは周知のこと。でも、相変わらずハヤトを怖がる生徒は一定数いる。
夏休みが明けるのと同時に開催された学校祭は、一見すると2Bも学園に受け入れられたかのような雰囲気をかもし出しているが……『隔離』は残っている。
先日、サクラから話があった。
——君たちに、包み隠さず話したいことがある。
クラス企画の話し合い時間にやって来たサクラは、始まりにそう言った。
緊張を帯びたクラスメイトたちの顔を見回して、2Bの学校祭への参加についてクレームが出ていることを伝えた。正確には——ハヤトの参加が問題視されている、と。
——学校祭の最終日に、2年生徒から休みの申請が多く出ていてね……理由を調査したところ、『狼谷さんが怖いから』という意見が占めていた。最終日の夕方に行われる後夜祭イベントは、花火やフォークダンスがあるね? 比較的に暗いなか、教員の目は隅々まで届きにくい。そのような場で学年ごとに集まることになるが……それが不安なため、欠席を望む者が多数いる。狼谷さんの欠席を求める声も出ている。
サクラの声は静やかで、話題の中心となるハヤトも静粛に聴いていた。
怒ったり文句を返したりすることなく、「それなら、俺が休みます」ハヤトは口早に応えていた。
……ずるい。ハヤトを自主的に休ませるため、大人の事情を押し付けてきたサクラに、ヒナは反感を持って声をあげようとした——が。
——狼谷さんは、それでいいかも知れないが……君たちは違うね?
サクラが見たのは、ハヤトじゃなかった。
ヒナを含むクラスメイトたちを見回した瞳は、不思議なほどに優しく。
——クラス全員で最後まで楽しみたいと望むなら……私から提案がある。
「……って。なんだかんだサクラ先生の思惑どおりだよな?」
ステージ裏の薄闇にまぎれて、ぽつりと文句をこぼした。
隣にいた竜星が振り向く。
「ん? なんの話?」
「……後夜祭イベント。『屋上を開放するから2Bはそこで見ましょうね?』って……特別感で流されたけど、大人の都合にうまく乗せられちゃったなー……と。思ってた」
「え? 別にいいやろ。屋上から花火見るのキレイそぉや」
「フォークダンスは?」
「それは踊らんでも……。もともとダンスは怠かったし」
「えー? おれは踊ってみたかったぁ……」
「そんなら踊っとき。ハヤトと」
「なんでハヤトっ? 嫌だよ! おれは女子と踊りたかったの!」
小声だったが騒がしいと判断されたのか、こちらに寄ってきたハヤトによって「静かにしろよ」と注意を受けた。
隣に並んだ琉夏が、「緊張するよりは全然い~けどねェ」ニヤニヤとした唇を見せる。ミュージック甲子園のステージ裏と比べられている。
琉夏を見上げて、フッと不敵に笑ってみせた。
「あの頃とは、ひとあじ違う。おれも成長したんだ!」
「ヒナのキーボード、カケラも成長してねェよな?」
「ばか、マインドの話! 精神面が成長したって言ってるんだろ!」
ハヤトの目が吊り上がった。
「だから。お前うるせぇって。静かにしとけ」
「ごめんなさーい」
「反省が見えねぇ。次騒いだら口塞ぐぞ」
「(人権無視だ! 暴虐だ!)」
「あ? なんて?」
口パクで文句を送っていると、ステージ上の発表が終わりの兆しを見せた。休憩を挟んでライブになる。
ステージから聞こえてくる音声に耳を傾けていると、ブレス端末が振動した。麦からの報告。
『無事に完売しました。片付けを後回しにして、みんなでライブを見に行くことになったよ。がんばって』
応援のメッセージに気持ちが上がる。
ハヤトに目を投げ、
「……なぁ、ハヤト」
「あ?」
「部長として一言くれよ。リーダーの掛け声——みたいなセリフ?」
唇の端を上げてみせる。
意地悪で言ったのだけれど、ハヤトは少しも考えることなく、真面目な顔で、
「——全部、掻っ攫え」
鋭い目と声で、応えた。
ヒナと同じ。根本は完全に同じセリフなのだが……
「カッコいい。優勝」
「さすが部長やなぁ~」
「えっ、なんでなんで? 今の元ネタおれだろ? おれのときと反応違うのなんでっ?」
琉夏と竜星の称賛に納得いかず絡むが、二人からはスルーされた。
「……ほら、行くぞ」
不満げに首をひねっていると、ハヤトの目が空いたステージを示した。準備のための足を踏み出す。
アカペラのときと比べれば、胸は落ち着いている。——けれども、鼓動は確かに跳ねている。
不安からくる緊張ではなく、わくわくドキドキとした高揚感に満ちる胸をぎゅっと抱えて、頼もしい仲間たちの背を追った。
朝からイベント尽くしの体育館ステージ。2Bのアカペラもどうかと、学校祭実行委員から提案されたが断っていた。クラス企画でそれどころじゃない。バンドのメンバーが抜けるだけでも厳しい……と思っていたが、
「午後は、たぶん売り切れで即行おわりだなー?」
「そぉやなぁ……正味1時間くらい? ルイは喜んでたわ」
「だろなー」
ヒナは竜星と話しながらステージの裏に回った。搬入済みの楽器を確認する。ヒナはキーボード。ギターから浮気した。
壱正の指導もあって上達——と言いたいところだが、まったくもって成長していない。心にはありったけのロック魂を込めるが、指先は果てしなく簡単な譜面をたどる予定。
楽器の確認を終えて顔を上げると、ステージ裏にいた学校祭実行委員の生徒たちに目がいった。本番のステージの用意は実行委員が手伝う手はずになっている。
ヒナの視線の先で、実行委員の腕章をつけた男子生徒二人が、ハヤトの一挙一動に案じるような目を送っていた。2年生だった。
(カミヤハヤト警報。ほんと根強いな?)
今回のライブは生徒会の後押しもあって強行されたが、やはり反対意見も出たらしい。
2Bの最近の活躍が目覚ましいのは周知のこと。でも、相変わらずハヤトを怖がる生徒は一定数いる。
夏休みが明けるのと同時に開催された学校祭は、一見すると2Bも学園に受け入れられたかのような雰囲気をかもし出しているが……『隔離』は残っている。
先日、サクラから話があった。
——君たちに、包み隠さず話したいことがある。
クラス企画の話し合い時間にやって来たサクラは、始まりにそう言った。
緊張を帯びたクラスメイトたちの顔を見回して、2Bの学校祭への参加についてクレームが出ていることを伝えた。正確には——ハヤトの参加が問題視されている、と。
——学校祭の最終日に、2年生徒から休みの申請が多く出ていてね……理由を調査したところ、『狼谷さんが怖いから』という意見が占めていた。最終日の夕方に行われる後夜祭イベントは、花火やフォークダンスがあるね? 比較的に暗いなか、教員の目は隅々まで届きにくい。そのような場で学年ごとに集まることになるが……それが不安なため、欠席を望む者が多数いる。狼谷さんの欠席を求める声も出ている。
サクラの声は静やかで、話題の中心となるハヤトも静粛に聴いていた。
怒ったり文句を返したりすることなく、「それなら、俺が休みます」ハヤトは口早に応えていた。
……ずるい。ハヤトを自主的に休ませるため、大人の事情を押し付けてきたサクラに、ヒナは反感を持って声をあげようとした——が。
——狼谷さんは、それでいいかも知れないが……君たちは違うね?
サクラが見たのは、ハヤトじゃなかった。
ヒナを含むクラスメイトたちを見回した瞳は、不思議なほどに優しく。
——クラス全員で最後まで楽しみたいと望むなら……私から提案がある。
「……って。なんだかんだサクラ先生の思惑どおりだよな?」
ステージ裏の薄闇にまぎれて、ぽつりと文句をこぼした。
隣にいた竜星が振り向く。
「ん? なんの話?」
「……後夜祭イベント。『屋上を開放するから2Bはそこで見ましょうね?』って……特別感で流されたけど、大人の都合にうまく乗せられちゃったなー……と。思ってた」
「え? 別にいいやろ。屋上から花火見るのキレイそぉや」
「フォークダンスは?」
「それは踊らんでも……。もともとダンスは怠かったし」
「えー? おれは踊ってみたかったぁ……」
「そんなら踊っとき。ハヤトと」
「なんでハヤトっ? 嫌だよ! おれは女子と踊りたかったの!」
小声だったが騒がしいと判断されたのか、こちらに寄ってきたハヤトによって「静かにしろよ」と注意を受けた。
隣に並んだ琉夏が、「緊張するよりは全然い~けどねェ」ニヤニヤとした唇を見せる。ミュージック甲子園のステージ裏と比べられている。
琉夏を見上げて、フッと不敵に笑ってみせた。
「あの頃とは、ひとあじ違う。おれも成長したんだ!」
「ヒナのキーボード、カケラも成長してねェよな?」
「ばか、マインドの話! 精神面が成長したって言ってるんだろ!」
ハヤトの目が吊り上がった。
「だから。お前うるせぇって。静かにしとけ」
「ごめんなさーい」
「反省が見えねぇ。次騒いだら口塞ぐぞ」
「(人権無視だ! 暴虐だ!)」
「あ? なんて?」
口パクで文句を送っていると、ステージ上の発表が終わりの兆しを見せた。休憩を挟んでライブになる。
ステージから聞こえてくる音声に耳を傾けていると、ブレス端末が振動した。麦からの報告。
『無事に完売しました。片付けを後回しにして、みんなでライブを見に行くことになったよ。がんばって』
応援のメッセージに気持ちが上がる。
ハヤトに目を投げ、
「……なぁ、ハヤト」
「あ?」
「部長として一言くれよ。リーダーの掛け声——みたいなセリフ?」
唇の端を上げてみせる。
意地悪で言ったのだけれど、ハヤトは少しも考えることなく、真面目な顔で、
「——全部、掻っ攫え」
鋭い目と声で、応えた。
ヒナと同じ。根本は完全に同じセリフなのだが……
「カッコいい。優勝」
「さすが部長やなぁ~」
「えっ、なんでなんで? 今の元ネタおれだろ? おれのときと反応違うのなんでっ?」
琉夏と竜星の称賛に納得いかず絡むが、二人からはスルーされた。
「……ほら、行くぞ」
不満げに首をひねっていると、ハヤトの目が空いたステージを示した。準備のための足を踏み出す。
アカペラのときと比べれば、胸は落ち着いている。——けれども、鼓動は確かに跳ねている。
不安からくる緊張ではなく、わくわくドキドキとした高揚感に満ちる胸をぎゅっと抱えて、頼もしい仲間たちの背を追った。
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