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Unfiled:New moon ー狼に気をつけて—
Dusk
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——仕事が入ったら行かねぇけど。
普段からそう前置きする與が、何事もなく同期の集まりに参加するのは稀である。
楪が特異のメンバーになってから、疑いようもなく與の仕事は減っている。定時に解放されるなんて奇跡に近い。
時間どおり個室の宴席に顔を出した與は、周囲に驚嘆されながらも近況報告や情報交換で時間を過ごしていた。
「新興の店が幅を利かせていて——」
「バックが半グレか——」
気になる話をツマミに呑んでいく。
「——そういえば、與。お前、最近ペア組んでる子いるって?」
次から次へと日本酒の徳利を空にしていた與に、斜め向かいから声が掛かった。
目を向ける。與が言葉を返す前に、向いの者が答えていた。
「そうそう、噂になってるよな」
與は眉根を寄せた。
「は? 噂?」
「與は単独行動で有名だろ? そんな與と、四六時中いるなんてどんな子だ? って話題になってたんだ。俺らのあいだで」
酔いが回れば、口も軽くなる。
別の者が口を挟んだ。情報通の同期。
「オレ、調べちゃった。朝美 楪さん。蘭事件の被害者遺族で、しかも被害者なんだってな。……なんでまた、そんな女性が特異に?」
好奇の目を、與は煩わしそうに受け流す。
「特異について、俺が話せることはねぇよ」
特異事件捜査室は、警察組織の中でも非常に特殊な存在になる。国直轄の捜査部署。表面上はクリーンであるが、所属する者たちは謎めいた何かを感じさせる。
菫連木室長もしかり、一介の警視正ながら彼の持つ異常な人脈も恐ろしい。
酔いが回っていようとも、それ以上つつくほど愚かではない。楪の所属について尋ねた者は、口を閉ざした。
「特異は置いといて……朝美さんは、控えめそうな女性だったな? 遠目に見ただけだが、俺はすこし好みかもしれない。初恋の子がポニーテールで……」
隣から出た意見に、與は半笑いで「控えめ?」と繰り返した。
「だいぶ口うるせぇよ?」
「そうなのか? ご両親を亡くされたあとも、妹さんの面倒を見て、健気に頑張っていたように聞いたから……」
噂が広まっている。椿や白月と違って個人情報がだだ漏れな楪の状況に、與は辟易としたため息をついた。
與の反応の薄さに、隣から、期待の声が。
「與と一緒で、ずっと激務なんだよな? ひょっとして朝美さん、付き合ってる相手は、いなさそう?」
——瞬間、空気が冷えた。
グラスを持つ與の手は止まり、暖房が効いているはずの室内の温度が、皆の体感で数度下がった。
誰も彼もが冷やかしの準備をしていたところに、氷の欠片が落ちたかのような。背筋がヒヤリとする静寂が滑り込んだ。
「あ~、わるい、聞こえなかったわ。……なんて?」
静寂に乗る與の声が、重い。
本来の流れで続くべき、「與に朝美さんを紹介してもらえよー」といった周囲のからかいも、笑い声も、どこかへ逃げてしまったらしい。
隣の者は、冷や汗で首を振った。
「えっ、いやっ? なんでもないなっ?」
「あ、そう?」
與の手が動く。グラスに口をつける動作が、場の冷ややかな空気を崩していった。
同期たちが、(おや? 今の尋常じゃない空気はなんだった?)と困惑するなか、突として與が片眉を上げ、立ち上がった。
「ん? どうした?」
向かいの者が尋ねる。
そちらに目を返すことなく、與の意識は自身の小指に向いている。
「地下……」
ぼそっと落ちた低い声に、(チカ?)と皆が首をひねったが、與は説明することなく場を離れようとする。
「へっ? 與、おまえ帰るの?」
「招集かかったわ、じゃあな~」
軽い声で告げた與の姿が消えるのを、同期一同、呆然と目で追いながら……
「……招集? 與のスマホ鳴ってた?」
「いや、鳴ってないと思うが……?」
疑問符を浮かべつつも、呑みの空気に戻っていった。
普段からそう前置きする與が、何事もなく同期の集まりに参加するのは稀である。
楪が特異のメンバーになってから、疑いようもなく與の仕事は減っている。定時に解放されるなんて奇跡に近い。
時間どおり個室の宴席に顔を出した與は、周囲に驚嘆されながらも近況報告や情報交換で時間を過ごしていた。
「新興の店が幅を利かせていて——」
「バックが半グレか——」
気になる話をツマミに呑んでいく。
「——そういえば、與。お前、最近ペア組んでる子いるって?」
次から次へと日本酒の徳利を空にしていた與に、斜め向かいから声が掛かった。
目を向ける。與が言葉を返す前に、向いの者が答えていた。
「そうそう、噂になってるよな」
與は眉根を寄せた。
「は? 噂?」
「與は単独行動で有名だろ? そんな與と、四六時中いるなんてどんな子だ? って話題になってたんだ。俺らのあいだで」
酔いが回れば、口も軽くなる。
別の者が口を挟んだ。情報通の同期。
「オレ、調べちゃった。朝美 楪さん。蘭事件の被害者遺族で、しかも被害者なんだってな。……なんでまた、そんな女性が特異に?」
好奇の目を、與は煩わしそうに受け流す。
「特異について、俺が話せることはねぇよ」
特異事件捜査室は、警察組織の中でも非常に特殊な存在になる。国直轄の捜査部署。表面上はクリーンであるが、所属する者たちは謎めいた何かを感じさせる。
菫連木室長もしかり、一介の警視正ながら彼の持つ異常な人脈も恐ろしい。
酔いが回っていようとも、それ以上つつくほど愚かではない。楪の所属について尋ねた者は、口を閉ざした。
「特異は置いといて……朝美さんは、控えめそうな女性だったな? 遠目に見ただけだが、俺はすこし好みかもしれない。初恋の子がポニーテールで……」
隣から出た意見に、與は半笑いで「控えめ?」と繰り返した。
「だいぶ口うるせぇよ?」
「そうなのか? ご両親を亡くされたあとも、妹さんの面倒を見て、健気に頑張っていたように聞いたから……」
噂が広まっている。椿や白月と違って個人情報がだだ漏れな楪の状況に、與は辟易としたため息をついた。
與の反応の薄さに、隣から、期待の声が。
「與と一緒で、ずっと激務なんだよな? ひょっとして朝美さん、付き合ってる相手は、いなさそう?」
——瞬間、空気が冷えた。
グラスを持つ與の手は止まり、暖房が効いているはずの室内の温度が、皆の体感で数度下がった。
誰も彼もが冷やかしの準備をしていたところに、氷の欠片が落ちたかのような。背筋がヒヤリとする静寂が滑り込んだ。
「あ~、わるい、聞こえなかったわ。……なんて?」
静寂に乗る與の声が、重い。
本来の流れで続くべき、「與に朝美さんを紹介してもらえよー」といった周囲のからかいも、笑い声も、どこかへ逃げてしまったらしい。
隣の者は、冷や汗で首を振った。
「えっ、いやっ? なんでもないなっ?」
「あ、そう?」
與の手が動く。グラスに口をつける動作が、場の冷ややかな空気を崩していった。
同期たちが、(おや? 今の尋常じゃない空気はなんだった?)と困惑するなか、突として與が片眉を上げ、立ち上がった。
「ん? どうした?」
向かいの者が尋ねる。
そちらに目を返すことなく、與の意識は自身の小指に向いている。
「地下……」
ぼそっと落ちた低い声に、(チカ?)と皆が首をひねったが、與は説明することなく場を離れようとする。
「へっ? 與、おまえ帰るの?」
「招集かかったわ、じゃあな~」
軽い声で告げた與の姿が消えるのを、同期一同、呆然と目で追いながら……
「……招集? 與のスマホ鳴ってた?」
「いや、鳴ってないと思うが……?」
疑問符を浮かべつつも、呑みの空気に戻っていった。
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