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真実が終わりを告げる
Chap.6 Sec.7
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潤沢な食材に技巧を凝らした料理の数々、ルネは以前にも目にしていたが口にしてはいない。
美食会と呼ばれるこの晩餐会は貴族のあいだに限らず有名で、ここに呼ばれることは新興富裕階級にとってステータスとなるらしい。
タレラン氏からの招待を断る理由もなく、むしろ他の者たちとの交際のために、ルネはタレラン家の別宅へと訪れていた。
顔を売ることの目的のほかに、もうひとつ確認したいこともあった。王子はどうしているのか、と。
「やあ、ルネ君……ああ、今はルロワ君だったかな? ようこそ、我が美食会へ」
そう言って歓迎したタレラン氏はにこやかで、先日のことなど何も覚えていないかのように親しげな笑顔を見せた。
「お招きいただき感謝いたします」
「君が来るのを愉しみにしていたよ……食後の時間は、ぜひ共に話をしようか」
「私に利があるのならば、喜んで」
「もちろんあるとも。ワインの法規制についても話そう」
ルネのささやかな悪意に、タレラン氏はくつくつと笑って返した。
(この男とは油断なく付き合っていかなければならないな……)
警戒を新たに言葉を交わし、フィリップはどこかと目を回したが見当たらない。
「ご令息はどうされました?」
「フィリップかい? あの子はどうやら体調が悪いようでね……今日は参加を見送ったのだよ」
「……それは心配でございますね」
「そうだろう? 親としてもとても心配だね……」
語る瞳に懸念はなく、ルネは細い目でそれを眺めていたが、とくに何も触れかった。
そうして始まった美食会の席は、よくある決まりどおり男女交互に並び、周りの者から興味深い声で事の顛末を訊かれるのを当たりさわりなく返していった。
——使用人だったとは思えない。
みな口々にそう言ったが、いま食べている食事なんて人生で口にした全てを合わせたよりも金銭的価値があるだろう。美味しいと思うよりも、凝った味という印象のほうが強い。
ルネにとっては、食事なぞ早く食べきれるならなんでもよかった。
——美食会のお食事がとっても素晴らしかったのよ!
屋敷で父親に向けて話していた彼女の声が思い出される。ぱくぱくと食べていた後ろ姿も。
どんな表情で食べているのだろうかと思うくらい、一生懸命に口へと運んでいた。
——どうせなら彼女に食べさせてやりたい。
あんな狭く暗い場所は、彼女には似合わない。
しかし、部屋から出せば屋敷の周りをうろつく者に見つかるかも知れない。自分も罪人のように思われているなど知らない彼女は、使用人の目をかいくぐって不用意に外へ出ようとするかも知れない。悪意に晒されることを恐れて秘匿された両親の墓を探しに行ってしまうかも……。
挙げればきりがない。自分がずっと付いていられるならまだしも、この現状で解放はできない。
——だから、王子が攫ってくれるなら。
どこか安全な場所に連れ去ってくれるならば……。
「——ルネ」
食後の別室への移動で、低く澄んだ声に呼び止められた。
振り返らずとも相手は分かっていた。
「ラウル……」
その名を口にした声は、嘲笑に取って代わる。
「よく——俺に話しかけられたな?」
鋭く見据えるルネの目に、一度ラウルは視線を落としたが、そっと目を合わせた。
ラウルが口を開くよりも先に、ルネが唇を曲げて、
「お前に騙される日が来るとはな……最初から彼に引き渡すつもりだったんだろ? ……昔なじみだからと気を許したのが間違いだった。謝罪されても赦す気はない。今後は話しかけないでくれ」
「すみません……そんなつもりでは、なかったのです……貴方のためになると思って……」
「——俺のため? 彼女を彼に差し出すことが、どう俺のためになるんだ?」
低く凄むルネの気迫に、ラウルは眉尻を下げて目をそらした。
静かな声で、訴えるように、
「父から……いえ、彼から……言われたのです。ルネは、あの家を取り戻したいのだと……。本当はルネがあの家の正統な後継者で、その地位を取り戻すために必要な物を、娘と引き換えに渡すつもりだと……話してくれたのです」
「……それを、俺に確認もなく信じたのか」
「嘘ではないのでしょう? 彼はそのような嘘はつきません……真実だと思ったから、協力したのです」
ラウルの目が、ルネに戻る。
「申し訳ありません……私は、貴方が……彼女を怨んでいると思っていたのです」
「………………」
「貴方の気持ちを思い違えていました。ですから……ここから先は、嘘偽りなくお伝えいたします」
ラウルの言葉に、ルネは怪訝な顔をした。
真剣な双眸がルネを捉え、
「——フィリップ様が、貴方のご令嬢を連れ出すべく迎えに行っております」
しっかりとした音で告げられた言葉に、一瞬ルネは止まったが……厳しかった表情を無に変えて、ラウルへと尋ねた。
「それは、今か?」
「ええ、そうです。美食会のため貴方が確実に帰ってこないと踏んで決行されました」
「……そうか」
「…………?」
ルネの反応に、ラウルは困惑する。
「……屋敷に戻らないのですか?」
「今さらか? 食事だけでかなりの時間が過ぎてる。ここから急いだとしても意味はない……とっくに攫われてる」
「……屋敷の者が抵抗していれば間に合うはずです」
「家令には、彼が来たら止める必要はないと伝えてある。他の使用人も上に従うはずだ」
「……どういうことです? 貴方は、彼女を手放してもいいと……?」
ラウルの問いに、ルネは答えなかった。
別室へ向けて足を戻し、再び歩こうとしたルネの肩を、ラウルはとっさに引き止めていた。
「待ってください!」
「……離してくれないか? 君と話す必要はもうない」
「貴方は屋敷に戻るべきです」
「何故? 俺はここに仕事の付き合いを求めてやって来たんだが……まだ話せていない者は多い。今帰る意味はない」
「……フィリップ様は、彼女を助けに行ったわけではありません。貴族ではなくなったのなら、自由に言い聞かせられるだろうと……彼女を囲ってしまおうと思われているのですっ……貴方はそれをお望みですか?」
無表情に近かったルネの目に、感情の火がひらめいた。
それを理解して、ラウルは思いつくままに言葉を繋げていく。
「フィリップ様は飽きやすいお方です。飽きてしまえば、貴族の元令嬢としてどこかに売り飛ばすやも知れな……」
最後まで言わずとも、ルネはラウルの手を払って足を踏み出していた。
別室への廊下ではなく、エントランスの方へと——迷いなく。
背中が消えていった先を茫然と見つめながら、はたりと意識を取り戻したラウルは独り言をもらした。
「嘘偽りなくと宣言したのに、思いっきり嘘をついてしまいました……」
どうしましょう。
困り果てた呟きは、光あふれる廊下にそっと反響していた。
美食会と呼ばれるこの晩餐会は貴族のあいだに限らず有名で、ここに呼ばれることは新興富裕階級にとってステータスとなるらしい。
タレラン氏からの招待を断る理由もなく、むしろ他の者たちとの交際のために、ルネはタレラン家の別宅へと訪れていた。
顔を売ることの目的のほかに、もうひとつ確認したいこともあった。王子はどうしているのか、と。
「やあ、ルネ君……ああ、今はルロワ君だったかな? ようこそ、我が美食会へ」
そう言って歓迎したタレラン氏はにこやかで、先日のことなど何も覚えていないかのように親しげな笑顔を見せた。
「お招きいただき感謝いたします」
「君が来るのを愉しみにしていたよ……食後の時間は、ぜひ共に話をしようか」
「私に利があるのならば、喜んで」
「もちろんあるとも。ワインの法規制についても話そう」
ルネのささやかな悪意に、タレラン氏はくつくつと笑って返した。
(この男とは油断なく付き合っていかなければならないな……)
警戒を新たに言葉を交わし、フィリップはどこかと目を回したが見当たらない。
「ご令息はどうされました?」
「フィリップかい? あの子はどうやら体調が悪いようでね……今日は参加を見送ったのだよ」
「……それは心配でございますね」
「そうだろう? 親としてもとても心配だね……」
語る瞳に懸念はなく、ルネは細い目でそれを眺めていたが、とくに何も触れかった。
そうして始まった美食会の席は、よくある決まりどおり男女交互に並び、周りの者から興味深い声で事の顛末を訊かれるのを当たりさわりなく返していった。
——使用人だったとは思えない。
みな口々にそう言ったが、いま食べている食事なんて人生で口にした全てを合わせたよりも金銭的価値があるだろう。美味しいと思うよりも、凝った味という印象のほうが強い。
ルネにとっては、食事なぞ早く食べきれるならなんでもよかった。
——美食会のお食事がとっても素晴らしかったのよ!
屋敷で父親に向けて話していた彼女の声が思い出される。ぱくぱくと食べていた後ろ姿も。
どんな表情で食べているのだろうかと思うくらい、一生懸命に口へと運んでいた。
——どうせなら彼女に食べさせてやりたい。
あんな狭く暗い場所は、彼女には似合わない。
しかし、部屋から出せば屋敷の周りをうろつく者に見つかるかも知れない。自分も罪人のように思われているなど知らない彼女は、使用人の目をかいくぐって不用意に外へ出ようとするかも知れない。悪意に晒されることを恐れて秘匿された両親の墓を探しに行ってしまうかも……。
挙げればきりがない。自分がずっと付いていられるならまだしも、この現状で解放はできない。
——だから、王子が攫ってくれるなら。
どこか安全な場所に連れ去ってくれるならば……。
「——ルネ」
食後の別室への移動で、低く澄んだ声に呼び止められた。
振り返らずとも相手は分かっていた。
「ラウル……」
その名を口にした声は、嘲笑に取って代わる。
「よく——俺に話しかけられたな?」
鋭く見据えるルネの目に、一度ラウルは視線を落としたが、そっと目を合わせた。
ラウルが口を開くよりも先に、ルネが唇を曲げて、
「お前に騙される日が来るとはな……最初から彼に引き渡すつもりだったんだろ? ……昔なじみだからと気を許したのが間違いだった。謝罪されても赦す気はない。今後は話しかけないでくれ」
「すみません……そんなつもりでは、なかったのです……貴方のためになると思って……」
「——俺のため? 彼女を彼に差し出すことが、どう俺のためになるんだ?」
低く凄むルネの気迫に、ラウルは眉尻を下げて目をそらした。
静かな声で、訴えるように、
「父から……いえ、彼から……言われたのです。ルネは、あの家を取り戻したいのだと……。本当はルネがあの家の正統な後継者で、その地位を取り戻すために必要な物を、娘と引き換えに渡すつもりだと……話してくれたのです」
「……それを、俺に確認もなく信じたのか」
「嘘ではないのでしょう? 彼はそのような嘘はつきません……真実だと思ったから、協力したのです」
ラウルの目が、ルネに戻る。
「申し訳ありません……私は、貴方が……彼女を怨んでいると思っていたのです」
「………………」
「貴方の気持ちを思い違えていました。ですから……ここから先は、嘘偽りなくお伝えいたします」
ラウルの言葉に、ルネは怪訝な顔をした。
真剣な双眸がルネを捉え、
「——フィリップ様が、貴方のご令嬢を連れ出すべく迎えに行っております」
しっかりとした音で告げられた言葉に、一瞬ルネは止まったが……厳しかった表情を無に変えて、ラウルへと尋ねた。
「それは、今か?」
「ええ、そうです。美食会のため貴方が確実に帰ってこないと踏んで決行されました」
「……そうか」
「…………?」
ルネの反応に、ラウルは困惑する。
「……屋敷に戻らないのですか?」
「今さらか? 食事だけでかなりの時間が過ぎてる。ここから急いだとしても意味はない……とっくに攫われてる」
「……屋敷の者が抵抗していれば間に合うはずです」
「家令には、彼が来たら止める必要はないと伝えてある。他の使用人も上に従うはずだ」
「……どういうことです? 貴方は、彼女を手放してもいいと……?」
ラウルの問いに、ルネは答えなかった。
別室へ向けて足を戻し、再び歩こうとしたルネの肩を、ラウルはとっさに引き止めていた。
「待ってください!」
「……離してくれないか? 君と話す必要はもうない」
「貴方は屋敷に戻るべきです」
「何故? 俺はここに仕事の付き合いを求めてやって来たんだが……まだ話せていない者は多い。今帰る意味はない」
「……フィリップ様は、彼女を助けに行ったわけではありません。貴族ではなくなったのなら、自由に言い聞かせられるだろうと……彼女を囲ってしまおうと思われているのですっ……貴方はそれをお望みですか?」
無表情に近かったルネの目に、感情の火がひらめいた。
それを理解して、ラウルは思いつくままに言葉を繋げていく。
「フィリップ様は飽きやすいお方です。飽きてしまえば、貴族の元令嬢としてどこかに売り飛ばすやも知れな……」
最後まで言わずとも、ルネはラウルの手を払って足を踏み出していた。
別室への廊下ではなく、エントランスの方へと——迷いなく。
背中が消えていった先を茫然と見つめながら、はたりと意識を取り戻したラウルは独り言をもらした。
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