30 / 31
For Your Sake
29
しおりを挟む
「安井さんは、お酒強いんだね?」
同期の彼——岡島くんに指摘されて、はたりと思った。
(お酒に強い女って……不評?)
勧められた日本酒の揃った店は、想像とかなり違った。
モダンな和風の呑み屋みたいな店を勝手にイメージしていたが、入った店は大衆的。しかもカウンターで、いかにも『大将!』みたいな店主がとっても気さくに話しかけてくる。
うっかり大将に勧められるままに試飲して、そちらと仲良くなっている場合ではなかった。
「そこまで……強くないと、思うよ?」
ぎこちない否定に、岡島くんは笑顔だった。
「俺より強いよ」
「いや、そんな……いや、ううん……?」
「日本酒の試飲も、俺だけのときはこんなサービスないよ。安井さん効果」
岡島くんの言葉に、カウンターを挟んで店主が大きく笑っていた。
なかなかの量を飲んでしまって、2軒目に行くことなく長居をしたその店を後にしたのは、終電近くだった。
酔いざましに歩く夜風は心地よく、メイクが崩れているような気がしたが、緊張はない。
「楽しかったね」
素直に口から出た言葉に、岡島くんも同意をくれた。
「あそこの店、気に入ってるんだ。出てくる料理の素材がいいから、シンプルでも美味しい」
「分かる。魚が美味しいのは貴重だね」
「安井さんは気に入ってくれるんじゃないかと思ってたんだ。——誘ってよかったよ」
穏やかな笑顔は、普段から見慣れたものなのに……どきりとする。
夜空のせいか、すこし特別に見えた。
「あの、岡島くん」
「?」
「私のほうこそ……誘ってもらえて、よかったよ。また、行こう」
さわさわと吹く風が、とても優しい。
酔った心は素直で、それはあちらも同じように思えた。
そうして歩く道すがら、しばらくして、彼はためらいがちに口を開いた。
「……俺じつは、安井さんに訊きたいことがあるんだ」
「ん?」
「この前……旅行いったって話してたよね?」
「あぁ、黒川温泉?」
「そう——それって、誰か男友達と行ったの? ちょっと小耳に挟…………ごめん、正直に言うと、前川さんに……」
前川というのは、みのりの苗字になる。
こんなところまでスパイが。
つい嫌な顔をしてしまった。すると、岡島くんはフォローするように首を振る。
「前川さんには、俺が訊いたんだ。『安井さん別れたらしいんだけど、この前の旅行は彼氏じゃなかったのかな?』って。彼女はいろいろ詳しいから……安井さんのことも、何か知ってたら……嬉しいな、と」
「……意外。岡島くんもそんな根回しみたいなことするんだ」
「……するよ。俺、今すごく幸運な機会を得たと思ってるから……安井さんに好きになってもらえるなら、多少のズルは……します」
「みのりちゃんを頼ると、ミイラ取りになるよ?」
「?」
「……みのりちゃんを好きになっちゃうよ?」
「ならないよ?」
「………………」
そんな、きょとんとした顔で言われても、こちらはトラウマなので何も話せない。
「前川さんも、偶然あっちで会ったらしいね? 安井さんは男性といたけど、ただの友達だと思いますって答えてくれて……でも、男の友達と温泉なんて行くかな……と、考えてしまって」
「あーうん、そうだよね……」
「……もしかして、いい感じのひとがいる?」
「いや、全然。ほんとに友達……というか、お隣さん?」
「お隣さん……」
「………………」
「………………」
(あれ? なんか不穏な空気が……)
「俺が、こんなことを今の段階で言うのは図々しいことだと思うんだけど……俺が付き合うことになったら……その、安井さんとお隣さんとの関係に……嫉妬してしまいそうで……どうしようかと……」
「………………」
——突っこみたいことはあった。
まだ付き合ってもいないのにそこまで気にされていたことにびっくりだし、それを正直に言っちゃうところも衝撃だし、意外にも本気で『好き』でいてくれているようで——
「……ごめん、困らせたよね……?」
「いや……まぁ、すこし……」
困惑の空気のまま、その日の夜を終わらせてしまった。
同期の彼——岡島くんに指摘されて、はたりと思った。
(お酒に強い女って……不評?)
勧められた日本酒の揃った店は、想像とかなり違った。
モダンな和風の呑み屋みたいな店を勝手にイメージしていたが、入った店は大衆的。しかもカウンターで、いかにも『大将!』みたいな店主がとっても気さくに話しかけてくる。
うっかり大将に勧められるままに試飲して、そちらと仲良くなっている場合ではなかった。
「そこまで……強くないと、思うよ?」
ぎこちない否定に、岡島くんは笑顔だった。
「俺より強いよ」
「いや、そんな……いや、ううん……?」
「日本酒の試飲も、俺だけのときはこんなサービスないよ。安井さん効果」
岡島くんの言葉に、カウンターを挟んで店主が大きく笑っていた。
なかなかの量を飲んでしまって、2軒目に行くことなく長居をしたその店を後にしたのは、終電近くだった。
酔いざましに歩く夜風は心地よく、メイクが崩れているような気がしたが、緊張はない。
「楽しかったね」
素直に口から出た言葉に、岡島くんも同意をくれた。
「あそこの店、気に入ってるんだ。出てくる料理の素材がいいから、シンプルでも美味しい」
「分かる。魚が美味しいのは貴重だね」
「安井さんは気に入ってくれるんじゃないかと思ってたんだ。——誘ってよかったよ」
穏やかな笑顔は、普段から見慣れたものなのに……どきりとする。
夜空のせいか、すこし特別に見えた。
「あの、岡島くん」
「?」
「私のほうこそ……誘ってもらえて、よかったよ。また、行こう」
さわさわと吹く風が、とても優しい。
酔った心は素直で、それはあちらも同じように思えた。
そうして歩く道すがら、しばらくして、彼はためらいがちに口を開いた。
「……俺じつは、安井さんに訊きたいことがあるんだ」
「ん?」
「この前……旅行いったって話してたよね?」
「あぁ、黒川温泉?」
「そう——それって、誰か男友達と行ったの? ちょっと小耳に挟…………ごめん、正直に言うと、前川さんに……」
前川というのは、みのりの苗字になる。
こんなところまでスパイが。
つい嫌な顔をしてしまった。すると、岡島くんはフォローするように首を振る。
「前川さんには、俺が訊いたんだ。『安井さん別れたらしいんだけど、この前の旅行は彼氏じゃなかったのかな?』って。彼女はいろいろ詳しいから……安井さんのことも、何か知ってたら……嬉しいな、と」
「……意外。岡島くんもそんな根回しみたいなことするんだ」
「……するよ。俺、今すごく幸運な機会を得たと思ってるから……安井さんに好きになってもらえるなら、多少のズルは……します」
「みのりちゃんを頼ると、ミイラ取りになるよ?」
「?」
「……みのりちゃんを好きになっちゃうよ?」
「ならないよ?」
「………………」
そんな、きょとんとした顔で言われても、こちらはトラウマなので何も話せない。
「前川さんも、偶然あっちで会ったらしいね? 安井さんは男性といたけど、ただの友達だと思いますって答えてくれて……でも、男の友達と温泉なんて行くかな……と、考えてしまって」
「あーうん、そうだよね……」
「……もしかして、いい感じのひとがいる?」
「いや、全然。ほんとに友達……というか、お隣さん?」
「お隣さん……」
「………………」
「………………」
(あれ? なんか不穏な空気が……)
「俺が、こんなことを今の段階で言うのは図々しいことだと思うんだけど……俺が付き合うことになったら……その、安井さんとお隣さんとの関係に……嫉妬してしまいそうで……どうしようかと……」
「………………」
——突っこみたいことはあった。
まだ付き合ってもいないのにそこまで気にされていたことにびっくりだし、それを正直に言っちゃうところも衝撃だし、意外にも本気で『好き』でいてくれているようで——
「……ごめん、困らせたよね……?」
「いや……まぁ、すこし……」
困惑の空気のまま、その日の夜を終わらせてしまった。
60
あなたにおすすめの小説
レオナルド先生創世記
ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
後宮の死体は語りかける
炭田おと
恋愛
辺境の小部族である嶺依(りょうい)は、偶然参内したときに、元康帝(げんこうてい)の謎かけを解いたことで、元康帝と、皇子俊煕(しゅんき)から目をかけられるようになる。
その後、後宮の宮殿の壁から、死体が発見されたので、嶺依と俊煕は協力して、女性がなぜ殺されたのか、調査をはじめる。
壁に埋められた女性は、何者なのか。
二人はそれを探るため、妃嬪達の闇に踏み込んでいく。
55話で完結します。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
沢田くんはおしゃべり
ゆづ
青春
第13回ドリーム大賞奨励賞受賞✨ありがとうございました!!
【あらすじ】
空気を読む力が高まりすぎて、他人の心の声が聞こえるようになってしまった普通の女の子、佐藤景子。
友達から地味だのモブだの心の中で言いたい放題言われているのに言い返せない悔しさの日々の中、景子の唯一の癒しは隣の席の男子、沢田空の心の声だった。
【佐藤さん、マジ天使】(心の声)
無口でほとんどしゃべらない沢田くんの心の声が、まさかの愛と笑いを巻き起こす!
めちゃコミ女性向け漫画原作賞の優秀作品にノミネートされました✨
エブリスタでコメディートレンドランキング年間1位(ただし完結作品に限るッ!)
エブリスタ→https://estar.jp/novels/25774848
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる