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For Your Sake
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「安井さんは、お酒強いんだね?」
同期の彼——岡島くんに指摘されて、はたりと思った。
(お酒に強い女って……不評?)
勧められた日本酒の揃った店は、想像とかなり違った。
モダンな和風の呑み屋みたいな店を勝手にイメージしていたが、入った店は大衆的。しかもカウンターで、いかにも『大将!』みたいな店主がとっても気さくに話しかけてくる。
うっかり大将に勧められるままに試飲して、そちらと仲良くなっている場合ではなかった。
「そこまで……強くないと、思うよ?」
ぎこちない否定に、岡島くんは笑顔だった。
「俺より強いよ」
「いや、そんな……いや、ううん……?」
「日本酒の試飲も、俺だけのときはこんなサービスないよ。安井さん効果」
岡島くんの言葉に、カウンターを挟んで店主が大きく笑っていた。
なかなかの量を飲んでしまって、2軒目に行くことなく長居をしたその店を後にしたのは、終電近くだった。
酔いざましに歩く夜風は心地よく、メイクが崩れているような気がしたが、緊張はない。
「楽しかったね」
素直に口から出た言葉に、岡島くんも同意をくれた。
「あそこの店、気に入ってるんだ。出てくる料理の素材がいいから、シンプルでも美味しい」
「分かる。魚が美味しいのは貴重だね」
「安井さんは気に入ってくれるんじゃないかと思ってたんだ。——誘ってよかったよ」
穏やかな笑顔は、普段から見慣れたものなのに……どきりとする。
夜空のせいか、すこし特別に見えた。
「あの、岡島くん」
「?」
「私のほうこそ……誘ってもらえて、よかったよ。また、行こう」
さわさわと吹く風が、とても優しい。
酔った心は素直で、それはあちらも同じように思えた。
そうして歩く道すがら、しばらくして、彼はためらいがちに口を開いた。
「……俺じつは、安井さんに訊きたいことがあるんだ」
「ん?」
「この前……旅行いったって話してたよね?」
「あぁ、黒川温泉?」
「そう——それって、誰か男友達と行ったの? ちょっと小耳に挟…………ごめん、正直に言うと、前川さんに……」
前川というのは、みのりの苗字になる。
こんなところまでスパイが。
つい嫌な顔をしてしまった。すると、岡島くんはフォローするように首を振る。
「前川さんには、俺が訊いたんだ。『安井さん別れたらしいんだけど、この前の旅行は彼氏じゃなかったのかな?』って。彼女はいろいろ詳しいから……安井さんのことも、何か知ってたら……嬉しいな、と」
「……意外。岡島くんもそんな根回しみたいなことするんだ」
「……するよ。俺、今すごく幸運な機会を得たと思ってるから……安井さんに好きになってもらえるなら、多少のズルは……します」
「みのりちゃんを頼ると、ミイラ取りになるよ?」
「?」
「……みのりちゃんを好きになっちゃうよ?」
「ならないよ?」
「………………」
そんな、きょとんとした顔で言われても、こちらはトラウマなので何も話せない。
「前川さんも、偶然あっちで会ったらしいね? 安井さんは男性といたけど、ただの友達だと思いますって答えてくれて……でも、男の友達と温泉なんて行くかな……と、考えてしまって」
「あーうん、そうだよね……」
「……もしかして、いい感じのひとがいる?」
「いや、全然。ほんとに友達……というか、お隣さん?」
「お隣さん……」
「………………」
「………………」
(あれ? なんか不穏な空気が……)
「俺が、こんなことを今の段階で言うのは図々しいことだと思うんだけど……俺が付き合うことになったら……その、安井さんとお隣さんとの関係に……嫉妬してしまいそうで……どうしようかと……」
「………………」
——突っこみたいことはあった。
まだ付き合ってもいないのにそこまで気にされていたことにびっくりだし、それを正直に言っちゃうところも衝撃だし、意外にも本気で『好き』でいてくれているようで——
「……ごめん、困らせたよね……?」
「いや……まぁ、すこし……」
困惑の空気のまま、その日の夜を終わらせてしまった。
同期の彼——岡島くんに指摘されて、はたりと思った。
(お酒に強い女って……不評?)
勧められた日本酒の揃った店は、想像とかなり違った。
モダンな和風の呑み屋みたいな店を勝手にイメージしていたが、入った店は大衆的。しかもカウンターで、いかにも『大将!』みたいな店主がとっても気さくに話しかけてくる。
うっかり大将に勧められるままに試飲して、そちらと仲良くなっている場合ではなかった。
「そこまで……強くないと、思うよ?」
ぎこちない否定に、岡島くんは笑顔だった。
「俺より強いよ」
「いや、そんな……いや、ううん……?」
「日本酒の試飲も、俺だけのときはこんなサービスないよ。安井さん効果」
岡島くんの言葉に、カウンターを挟んで店主が大きく笑っていた。
なかなかの量を飲んでしまって、2軒目に行くことなく長居をしたその店を後にしたのは、終電近くだった。
酔いざましに歩く夜風は心地よく、メイクが崩れているような気がしたが、緊張はない。
「楽しかったね」
素直に口から出た言葉に、岡島くんも同意をくれた。
「あそこの店、気に入ってるんだ。出てくる料理の素材がいいから、シンプルでも美味しい」
「分かる。魚が美味しいのは貴重だね」
「安井さんは気に入ってくれるんじゃないかと思ってたんだ。——誘ってよかったよ」
穏やかな笑顔は、普段から見慣れたものなのに……どきりとする。
夜空のせいか、すこし特別に見えた。
「あの、岡島くん」
「?」
「私のほうこそ……誘ってもらえて、よかったよ。また、行こう」
さわさわと吹く風が、とても優しい。
酔った心は素直で、それはあちらも同じように思えた。
そうして歩く道すがら、しばらくして、彼はためらいがちに口を開いた。
「……俺じつは、安井さんに訊きたいことがあるんだ」
「ん?」
「この前……旅行いったって話してたよね?」
「あぁ、黒川温泉?」
「そう——それって、誰か男友達と行ったの? ちょっと小耳に挟…………ごめん、正直に言うと、前川さんに……」
前川というのは、みのりの苗字になる。
こんなところまでスパイが。
つい嫌な顔をしてしまった。すると、岡島くんはフォローするように首を振る。
「前川さんには、俺が訊いたんだ。『安井さん別れたらしいんだけど、この前の旅行は彼氏じゃなかったのかな?』って。彼女はいろいろ詳しいから……安井さんのことも、何か知ってたら……嬉しいな、と」
「……意外。岡島くんもそんな根回しみたいなことするんだ」
「……するよ。俺、今すごく幸運な機会を得たと思ってるから……安井さんに好きになってもらえるなら、多少のズルは……します」
「みのりちゃんを頼ると、ミイラ取りになるよ?」
「?」
「……みのりちゃんを好きになっちゃうよ?」
「ならないよ?」
「………………」
そんな、きょとんとした顔で言われても、こちらはトラウマなので何も話せない。
「前川さんも、偶然あっちで会ったらしいね? 安井さんは男性といたけど、ただの友達だと思いますって答えてくれて……でも、男の友達と温泉なんて行くかな……と、考えてしまって」
「あーうん、そうだよね……」
「……もしかして、いい感じのひとがいる?」
「いや、全然。ほんとに友達……というか、お隣さん?」
「お隣さん……」
「………………」
「………………」
(あれ? なんか不穏な空気が……)
「俺が、こんなことを今の段階で言うのは図々しいことだと思うんだけど……俺が付き合うことになったら……その、安井さんとお隣さんとの関係に……嫉妬してしまいそうで……どうしようかと……」
「………………」
——突っこみたいことはあった。
まだ付き合ってもいないのにそこまで気にされていたことにびっくりだし、それを正直に言っちゃうところも衝撃だし、意外にも本気で『好き』でいてくれているようで——
「……ごめん、困らせたよね……?」
「いや……まぁ、すこし……」
困惑の空気のまま、その日の夜を終わらせてしまった。
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