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魔法をかけて

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「——俺は、生理的にウサギのことが嫌いなんじゃねぇかって思う」

 深夜の舞踏室ボールルーム。すでに飾られていたクリスマスツリーのオーナメントを「もっとそっちがいいんじゃない? そこ偏ってない?」確認(いちゃもんづけ)していたティアへと、セトが独り言のように話しかけた。ツリーの飾りつけを修正しているのはロボで、セトは休憩と眠気ざましに珈琲コーヒーを飲んでいた。

 唐突な発言に、ティアは「ふ~ん」聞き流してから……セトを振り返る。ティアの顔に表情はなく、しいて言えば呆気あっけに取られたような。

「……それはまたどうして?」
「お前にしか言えねぇけど……あいつ見てると、たまにすげぇイラつくんだよ。よく泣くせいでむかつくのかも知んねぇ……けど、泣かなくても。普通にしていてもイライラするときがある。……俺だけ、いまだに怖がられてるのも、正直むかついてる。お前やメルウィン、アリアを怖がらないのは——分かる。ロキも……まあ、同じ言語を話せるからっつぅので、無理やり納得してる。ハオロンはあんな感じだしな、受け入れやすいのも分かる。けどよ……いろいろあったはずのイシャンですら打ち解けてきてるじゃねぇか……納得いかねぇ。こんな言い方、間違ってんだろうけど……俺が、最初に拾った——いや、助けたのに——っつぅか、俺が一番、気にかけてる気がすんのに……なんで俺だけって、思っちまう」
「……見返りが欲しい?」
「見返りが欲しいわけじゃねぇよ。……たぶん。……とにかく、遠目に見ててもイラつくんだよ。だから、もしかして俺のほうがあいつのこと生理的に嫌いなんじゃねぇか、って」
「……それ、本気で言ってる?」
「? ……おう」
「わぁ……」

 急にティアは笑顔を浮かべた。その頬はわずかに引きったが、すぐに苦笑へと変わった。飾られたツリーに目を戻す。金の装飾が美しい、天井を突き抜けそうなほどのモミの木。クリスマスパーティではない、と言いつつも、「ツリーあったらアリスちゃんは喜ぶ気がするな~」というティアのつぶやきのせいか、いつのまにか用意されていた。こんな大きな物を、よくこっそり運べたな、と。兄弟の誰もが思っていそうだった。

 珈琲のカップがワゴンに戻される。話し始めておきながら去ろうとしているセトは、器楽室に向かおうとしていた。器楽室は、廊下からはエレベータを挟むため別室となる。しかし、ボールルームの中からであれば、北の壁が開くため簡単に移動することができた。器楽室で何をするのか。ティアの予測によれば、

「——ドラムの練習?」
「ああ、まぁな」
「さっき、みんなで合わせたんじゃないの?」
「ひどすぎて話になんねぇ……まじであれをやるのか? どころか逆に嫌がらせだぞ」
「ロックってそういうものでしょ?」
「ちげぇよ」

 ティアの偏見に、半眼でにらむセト。目つきの悪い琥珀こはくの下で、ため息がこぼれた。

「なんで今さらバンドなんか……」
「しょうがないでしょ? アリスちゃんが、“ロキ君の歌が好き”って言ったらしいんだから」
「………………」

 セトの眉が寄る。ティアは(これが例のイライラだね)心の中だけで肩をすくめる。ちなみに、ロキによる彼女の発言をティアはあまり信じていない。再三唱えているが、彼女はロキに甘い。

「……ロキを引き立てるためなら、生演奏じゃなくてもいいだろ」
「それ、イシャン君にも言える?」
「あっちの場合、イシャンの演奏もうまいだろ」
「そう? イシャン君も君と一緒で“練習が足りない”って言ってたよ?」
「もとの質が違う」
「——だったら、君のクオリティも上げたらいいんじゃない? 君の演奏がすごければ、君らにも価値が生まれるよ」
「時間が足りねぇんだよ、圧倒的に」
「う~ん、そうだね……あ。じゃあさ、なんかこう……パフォーマンスしたらいいんじゃない? ロックって、演奏中にギターをたたき壊すんでしょ? セト君ならドラムでも壊せそう……」
「するかよ……お前のロックのイメージ、だいぶ古いし極端だからな?」
「そう? でもさ、目立てるよね?」
「俺は昔からそういうのはしてねぇ」
「俺ってことは、ロキ君はするの?」
「してたかもな。あと別のメンバーも、それなりに」
「(ロキ君の引き立て役が嫌なら、)セト君もすればいいのに」
「して何になるんだ。俺は無駄なことするより音に力を入れてぇんだよ」
「……ふまじめバンドなのに……?」
「なんか言ったか?」
「ううん、まったく」

 素直な疑問を胸に閉じこめ、ティアは完成したクリスマスツリーにひとり満足した。完成といっても、もともと出来上がってはいたのだが。あとはロキかミヅキによって照明の演出がかかるだろう。より見応えがあるはず。
 ティアの想像を優に上回った、巨大なツリー。これを見るに、は誰の目にも明らかだ。ただし、ロキはのぞく。

「——ね、セト君。僕が君に、魔法をかけてあげようか」
「は?」

 器楽室へと開いたドア。差し掛かっていたセトに向けて、ティアの涼やかな声が唱えられた。

「アリスちゃんを見ているとイライラする、その複雑な気持ち。……それはね、恋だよ」

 広いボールルームに、その魔法はふんわりと反響した。
 一瞬ぱちりと目をまたたかせたセトが、「……はぁ?」全力の理解できない顔で、

「何言ってんだ? そんなわけねぇだろ。こんなの恋愛感情じゃねぇよ。こんな——」
「攻撃的な感情?」
「………………」
「——まるで、胸に獣がみついたみたいな」

 セトの心に合わせて、言葉を選ぶ。ティアの淡い紫の眼を、金の眼が困惑して見返している。
 優しげに微笑むティアは、セトの中に棲む獣を諭すように、

「恋はひとそれぞれで、感じ方もその時々で違うと思うよ。世界がきらめいて見えるときもあれば、悲しみに泣き暮れて、世界の終わりみたいに感じるときだってあるんじゃないかな? ……だから、恋は、喜びだけじゃない。理性を失って、相手と正しく向き合えないときもあると思う」

 獣は大人しい。
 言葉まほうが通じるのだから、それはきっと、本当は人なのだろう。

「——きみは、アリスちゃんが好きなんだよ。それがすべての答えで、君のための魔法だね」

 長い長い沈黙。深い金の眼が、ゆっくりと、しかし確かに変化した。不可解から、狼狽ろうばいへ。
 ティアは両肩を上げてみせた。

「ね、気づくの遅すぎない? あの子を連れて来たときから、サクラさんも僕も気づいてたよ。……きっと、イシャン君も。察したから、あんなに警戒してたんじゃないかな?」
「は、……そのときは、べつにイラついてねぇよ。初対面で何も知らねぇし……」
「つまり、“ひとめぼれ”ってことじゃない?」

 あきれるティアに、セトは狼狽から抜けきれないまま、否定状態に入った。

「けどっ……あのとき、あいつがすがってこなきゃ俺はあのまま置いてったぞ。れてたら置いてかねぇだろ!」
「どうかな? 心配になって戻ったかもしれないよ? その日じゃなくても……“どうなったかな?”って気になって……次の日また捜しに行ったかも」
「………………」
「ね、ありえそうでしょ?」
「……それは、念の為であって……惚れてることにならねぇだろ……」
「そう? ……ま、なんでもいっか。僕はもう部屋に戻るね?」

 動揺に満ちたセトを残して、ティアはボールルームから出るためのドアへと。

(本番、どうなるかな~?)

 セトに背を向けたその顔は、じつにたのしげだった。
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