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おもてなし
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——彼女がここにいたくなるような、“おもてなし”を、みんなで。
メルウィンの発案で行なわれた、彼女の歓迎会。事前の話し合いの結果、彼らにはそれぞれ役割があった。メルウィンは料理、ティアは全員分のドレスと燕尾服のデザイン、演奏はクラシック組とバンド組に別れて。こまかい話を始めると他にもいろいろあって、飾りつけや演出など。
練習や下準備で、全員がまんべんなく大変そうではあったのだが、そのなかでも睡眠を大幅に削っていた彼のことを——彼女は知っているのだろうか。
「ありす、ありす!」
トレーニングルームから出たハオロンは、図書室に行っていたらしい彼女を目の端に捉え、ぴんときた直感のままに呼び止めた。
抱えていた本を(なぜか彼女はロボを使わないことが多いので)大事そうに運びながら、そろりと振り返った彼女の顔は……おびえている。かわいい。
「……はおろん、どうかした?」
にっこり笑って彼女に近寄る。可愛いからといって、ちょっかいは出せない。彼女のそれは演技ではなく、本気らしい。
「今さらなんやけどぉ、パーティのツリーって見たかぁ?」
「? ……おおきな、くりすますつりー?」
「それ! あれって立体投影やなくて本物やったんやよ? 知ってた?」
「……しらなかった」
「ほやろ? 触ってなかったし、気づいてないんかなぁ? って思ってたんやぁ」
「……あれが、ほんもの? とても、おおきかった」
「うん。運ぶの大変やったらしいよ?」
距離を詰めると、じりじり少しずつ下がっていく。……わ! ってやりたい。でも、やればきっと怒られる。彼に。
「実はの、あれ、セトが用意したんやって」
「……せとが?」
「セトが」
「………………」
ハオロンを警戒するせいで話半分の彼女は、ゆっくりと言葉の意味を咀嚼している。頭の上に〈NOW LOADING……〉の幻も見える。
イタズラしたくなる気持ちは、南西エレベータから降りてきたらしい彼の姿を見て、するりと溶けた。ハオロンにとって一番大切なものは、今も昔も家族。
「ありすからしたら、ティアやメルウィンが“おもてなし”を頑張ってるように見えたやろ? でも、みんなけっこう頑張ってたんやよ。とくに——」
彼女の背後を目で示す。ハオロンの視線を追った彼女は、目つきの悪い金色を見つけた。あちらはとっくに気づいていただろうが、こちらの会話は聞こえていないはず。いくら耳ざといセトでも、こんなに離れた小声なんて聞こえない。
セトに気を取られた彼女の耳に、そっと唇を寄せて、
「ありすに一番残ってほしかったのは、もしかしたら……」
答えの前に、ばっ、と。勢いよく距離を取られてしまった。
……まずい。セトが見ている前で、その(めっちゃおびえてる)反応は……
「——ハオロン!」
鋭い声に呼ばれ、背を向けた。怒られるのが苦手なハオロンは、迷いなく逃走を選択する。
「はっ? おい、逃げんな!」
図書室の入り口がある北の廊下を走り抜けて、そのまま1階の廊下をぐるっと回ってしまおう。おそらくセトは追いかけてこない。彼女のほうが大切だから……
(それもちょっと、淋しいけどの)
胸に差す孤独からは、逃げられない。廊下の半周あたり、医務室の前で足を止め、誰も追いかけて来ない背後を振り返る。
「あんたのために言ってあげたんやがぁー!」
叫んだ声が、耳のよい彼に届いていることを。
願ったり、願わなかったり。
メルウィンの発案で行なわれた、彼女の歓迎会。事前の話し合いの結果、彼らにはそれぞれ役割があった。メルウィンは料理、ティアは全員分のドレスと燕尾服のデザイン、演奏はクラシック組とバンド組に別れて。こまかい話を始めると他にもいろいろあって、飾りつけや演出など。
練習や下準備で、全員がまんべんなく大変そうではあったのだが、そのなかでも睡眠を大幅に削っていた彼のことを——彼女は知っているのだろうか。
「ありす、ありす!」
トレーニングルームから出たハオロンは、図書室に行っていたらしい彼女を目の端に捉え、ぴんときた直感のままに呼び止めた。
抱えていた本を(なぜか彼女はロボを使わないことが多いので)大事そうに運びながら、そろりと振り返った彼女の顔は……おびえている。かわいい。
「……はおろん、どうかした?」
にっこり笑って彼女に近寄る。可愛いからといって、ちょっかいは出せない。彼女のそれは演技ではなく、本気らしい。
「今さらなんやけどぉ、パーティのツリーって見たかぁ?」
「? ……おおきな、くりすますつりー?」
「それ! あれって立体投影やなくて本物やったんやよ? 知ってた?」
「……しらなかった」
「ほやろ? 触ってなかったし、気づいてないんかなぁ? って思ってたんやぁ」
「……あれが、ほんもの? とても、おおきかった」
「うん。運ぶの大変やったらしいよ?」
距離を詰めると、じりじり少しずつ下がっていく。……わ! ってやりたい。でも、やればきっと怒られる。彼に。
「実はの、あれ、セトが用意したんやって」
「……せとが?」
「セトが」
「………………」
ハオロンを警戒するせいで話半分の彼女は、ゆっくりと言葉の意味を咀嚼している。頭の上に〈NOW LOADING……〉の幻も見える。
イタズラしたくなる気持ちは、南西エレベータから降りてきたらしい彼の姿を見て、するりと溶けた。ハオロンにとって一番大切なものは、今も昔も家族。
「ありすからしたら、ティアやメルウィンが“おもてなし”を頑張ってるように見えたやろ? でも、みんなけっこう頑張ってたんやよ。とくに——」
彼女の背後を目で示す。ハオロンの視線を追った彼女は、目つきの悪い金色を見つけた。あちらはとっくに気づいていただろうが、こちらの会話は聞こえていないはず。いくら耳ざといセトでも、こんなに離れた小声なんて聞こえない。
セトに気を取られた彼女の耳に、そっと唇を寄せて、
「ありすに一番残ってほしかったのは、もしかしたら……」
答えの前に、ばっ、と。勢いよく距離を取られてしまった。
……まずい。セトが見ている前で、その(めっちゃおびえてる)反応は……
「——ハオロン!」
鋭い声に呼ばれ、背を向けた。怒られるのが苦手なハオロンは、迷いなく逃走を選択する。
「はっ? おい、逃げんな!」
図書室の入り口がある北の廊下を走り抜けて、そのまま1階の廊下をぐるっと回ってしまおう。おそらくセトは追いかけてこない。彼女のほうが大切だから……
(それもちょっと、淋しいけどの)
胸に差す孤独からは、逃げられない。廊下の半周あたり、医務室の前で足を止め、誰も追いかけて来ない背後を振り返る。
「あんたのために言ってあげたんやがぁー!」
叫んだ声が、耳のよい彼に届いていることを。
願ったり、願わなかったり。
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