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第1章 始まりの章
魔女の城
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「異空へと続く道を照らし出せ、ディメンジョンゲート!」
レイクロスが詠唱を開始すると、禍々しい扉が現れた。
悪魔を象ったような印象を受ける扉を開くと特殊な絵の具とゴム樹脂の水溶液を混ぜ合わせて作るマーブリングの絵の中のようだ。
この空間がこうなってしまっているのは、この扉のが通常空間とは位相がズレている……というより異なる世界であるというべきだろうか?
「なんていうか、扉のデザインが……」
可愛さや美しさからかけ離れたゲートの扉のデザインがリオナは気になるらしい。
「ネメシス騎士団は世界そのものを相手取って戦う悪の組織だ、このくらいが丁度いい」
この禍々しいデザインはレイクロスの美的センスによるものなのだろうなとアルフは思った。
魔導術によって生み出される物体のデザインは術者の精神に影響を受ける。
一応、エレメント・コードの命令文に追記すれば細部のデザインは変更可能であるが大体の魔導師はそれを省いている。
「悪の組織……ね」
「理不尽な暴力を振るう集団が正義の味方であるはずがないだろう」
そう言いながら、レイクロスが扉の中に足を踏み入れる。
「なあ、この空間って俺が入っても大丈夫な空間なのか?」
「当然だ、この世界の生物なら問題ない」
「そういうものなのか」
「このディメンジョンゲートは位相をずらしつつも、この世界のごく平均的な空間を再現しているからな」
「へぇ……」
アルフかゲートに足を踏み入れると、不思議な感覚に包まれる。
乾いているでもなく、湿気ているわけでもない。
熱くもなく、寒くもない……むしろ快適さすら感じる。
「なんか、いいな……ここ」
「……進もうか」
アルフがなんだかうっとりしているのを見て、リオナもまた足を踏み入れる。
すると、自分の身体の疲れがスッと溶けていくような感じがした。
「分かります、良いですね……ここ……」
◆◆◆◆◆◆◆
ディメンジョンゲートは一本道らしいが、床も見えなければ壁も見えない。
その壁も床もかつて魔女が「アジト」を生成した際にレイクロスがコツコツと作ったものらしい。
どうやら魔女は飽きっぽいらしく、アジトまで至る道を作るのがめんどくさかったらしくレイクロスに丸投げしたそうだ。
「さて、もうすぐだな」
「なんていうか……城、だな」
「城ですね」
このマーブリングのような空間のせいか、遠くからだとぼやけていてその実態が掴みづらかったが……城だ。
城がぷかぷかと宙に浮いているというのが正しい表現だろうか?
まるで御伽噺や漫画などに出てくるような白いタイル張りだが、それとは対照的な赤いレンガの見張り塔が印象的だ。
「それは当然だ、ここは我々ネメシス騎士団のアジトであるが魔女の治める城でもあるのだから」
「へえ、しかし洒落た城だな……悪の組織の拠点には見えない」
「我らが聖母はあまり禍々しい見目を好まなかったのさ、私としてはもう少し悪党らしいダークな要素を入れたいのだが」
「このままで良いと思いますよ」
「リオナ、あなたもか」
どうやらリオナも城のデザインはこのままがいいらしい。
魔女が不在だったこの100年もの間に改修することも出来たのだろうが、レイクロスの忠誠心がそうさせなかったのだろうか?
「レイクロス・スカイウィンドが帰還した。 門を開けてくれるか?」
「信号を」
どこからともなく男性の冷静な声が聞こえてくる、レイクロスはその声に応えるように指を鳴らす。
青・黄色・赤の順に魔導力の込められたボールを浮かび上がらせる。
「開門!!」
それに応えるかのように、門が重い音を立てて少しずつスライドしていく。
「なるほど『信号』ね」
魔導師の主な移動手段としては馬車、都会では魔導力を原動力に動くエレメントボードがあるが交通整備をするにはどうしても移動の可・不可を示すサインが必要になる。
青は進め、黄色はここで止まれ、赤は進むなというサインが生まれた。
この場合アルフが納得したのは信号は言葉としてあらゆる意味を持つが、交通用語としての信号の色を持つ魔導球を示せというジョークめいた合図に対してである。
「覚えておくといい、こういった肝心な事は眷属マニュアルにも記されているから図書館で読んでおくべきだな」
「なんていうか、色々近代的な組織だな」
「組織というのは時代に合わせてフレキシブルに変わっていくべきだからな」
「創立数千年の組織の長は言う事が違う」
「今は長の代理に過ぎない、本当の長はすごくそこにいる」
アルフとレイクロスはすぐそこにいるリオナに視線を向ける。
しかし、リオナは視線を逸らす。
「いや、私……そういうキャラじゃないです」
◆◆◆◆◆◆◆
出迎えの騎士に軽く会釈をして、小さな広間へ。
少人数での話し合いや軽い食事などはここで行われる。
「では私は食事の準備があるので、ここで一旦失礼させてもらう。 ローストビーフ丼、楽しみにしておくといい」
「え、レイクロスが作るのか!?」
「家事・炊事といえばレイクロス……と、覚えておくといい」
レイクロスはそんな言葉を残し、足早にその場を立ち去った。
レイクロスなりに気を遣って話し合う機会を与えてくれたのだろうか? いや、それはないかと考え直した。
アルフは用意された水を一口含むと、リオナが口を開く。
「あの、アルフさん……怒ってないんですか?」
「怒ってる……何に?」
「私の事情に、巻き込んでしまって……それに、人間じゃなくなってしまって——」
アルフはほんの数十秒、黙る。
確かにとんでもない事に巻き込まれているし、はっきり言って余裕はない。
ここに来るまでの間は眷属のことだとか父のことだとかレイクロスに殺された事だとかは考えないようにしてきた。
然るべきタイミングでじっくり考えれば、それでいいと思っていた。
だが、取り敢えず心の中で定まっている事がある。
「リオナに対する怒りは無いよ、むしろあのまま死なせずに生き返らせてくれてありがたいとすら思っている。 けど、はっきり言うと……そうだな、どうしたら良いのか分からない」
「……そりゃ、混乱しますよね。 私だって、突然魔女の生まれ変わりだなんて言われて——」
「これまで魔女は敵で、魔女の眷属は許し難いテロリストだった。 人々の平穏を脅かして、罪のない人を傷つけて……一緒に修行した仲間にも、ネメシス騎士団に命を奪われた人間が結構いたよ」
「そう、ですか……これからきっと、沢山の人の恨みを受けるんですね」
「なあ、リオナ。 眷属の術式を発動したなら眷属について分かるんだよな? 眷属ってのは、魔女に逆らえないものなのか? もしもリオナが魔女として完全に覚醒したら、傀儡になるのか?」
「いえ、魔女が1人の眷属に与えられる命令は『生涯通して2つまで』です。 その命令は強制的には執行されませんが魔女が『破られた』と認識した際は、魔女は任意で眷属を消滅させる事が可能です」
「そう……か、生涯2つ、か」
何だか意外だった、反抗の意思を少しでも持ったら~なんてのをアルフは想像していたのだが……。
「私はアルフさんに命令を下す気はありません、アルフさんの意思と自由を奪う権利は誰にもありません」
「……そうか」
「ただでさえ私のせいで、アルフさんは……」
リオナは悲痛そうな表情を浮かべる。
アルフはふぅ、と小さな溜息をついてリオナの頭を撫でた。
「謝る必要なんか無いって言ったよな。 確かに今の俺は超ピンチだし、眷属になって指名手配された以上人間社会には戻れない。 レイクロスは魔女の意思に従うとかで世界を滅ぼして理想郷を作るとか言ってる」
「…………」
「だけど俺はこうして生きてる、生きてる以上どうにでも転がす事が出来る。 死んだら全部終わりだろ? リオナは俺にチャンスをくれたんだ、命ってチャンスを」
リオナにかける言葉は、アルフ自身への言葉でもある。
死んだら全部終わりだ、大切な人に触れる事も、夢を追う事も出来なくなる。
しかし、生きている限り可能性はある。
もしもリオナが魔女のように変わってしまったら、自分が向き合ってやればいい。
ダインがいくら強くても、眷属となった今は勝ち目があるかもしれない。
自分が生きている以上、諦める選択肢など、無い。
「命はチャンス……」
「たった一つしかないチャンスだよ、リオナは俺にそれをくれたんだ」
「私、私……」
リオナは座っていた椅子から立ち上がり、アルフの胸に顔を押し付けるよう倒れこむ。
そして、子供が自分が受けた嫌がらせを報告して甘えるように泣き始めた。
「ずっと、ずっと……気持ち悪がられてきて、髪の色も暗いピンク色で変だし……家族はみんな、ブロンドなのに……」
「俺は綺麗な色だと思う、翡翠色の瞳も」
遺伝子の突然変異のようなものは誰にでも起こり得ると学会で発表されても、民間人はそういった知識を吸収せず自分を改めない。
自分を改めずに他人を攻撃した方がずっと楽だし、両親も頭では理解していてもブロンドの髪でなくダークピンクの髪の子供が生まれてきたら驚くだろう。
アルフは自分の立場ならどうしただろうか? ダークブラウンではなく青い髪の子供が生まれてきたら何も疑わずに真っ直ぐな愛情を注げるだろうか?
「こんな子供の時から全ての属性の魔導術を使えるはずが無いとか、私……少しでも、お父さんとお母さんに喜んでもらおうって、勉強頑張っただけなのに……」
「お父さんとお母さんの側にいたいのに、家からずっと離れた大学に通わされて……私、寂しかったのに……」
家族は少しでも、リオナから離れたかった……飛び級を利用した厄介払いか。
頭の中でそう理解しながら、それは口に出さない。
リオナ自身もそれを理解している、他人が口にして無理に傷つけてやる必要はない。
「大学を卒業して、家に戻ったらお母さんが……病気で亡くなってて……バケモノの親だって、グレイス教の……人達に責められて、身体を壊して……」
「……!!」
グレイス教、大昔に魔女の転生体が引き起こしたフォトンハザードにより人類の約8割以上が命を落としてこの世界は死に瀕した。
そんな中、伝説と謳われた最強の聖騎士が太陽剣を携え魔女を殺した。
魔女を崇め奉るネメシス教が弾圧され、大勢の罪無きネメシス教の信者が虐殺された。
ネメシス教は一気に衰退し、グレイス教が全世界に布教される結果になった……が、力を持ち過ぎた宗教は暴走するのが世の常だ。
「それが原因で……」
アルフは元々騎士の家庭で育ったため、特に疑問を抱く事なく自然とグレイス教を信仰していた。
父は「あくまで信仰はポーズで良い、この世に絶対なんて無え」なんて日々のお祈りも適当なものだったが、アルフは国が布教したものなのだから信仰するべきだと思っていた。
最も、学生時代に歴史を専攻して学んでいたので宗教の危険性なども理解していた。
「『教え』という名の下ならば幾らでも思想を過激化させる事が出来る、洗脳の基本だな」
メイド姿の少女が暗い色彩の木目のトレイにティーカップとワッフルを乗せた皿を運んできた。
東の諸島群……アイカイ地方の生まれだろうか? 漆黒のサラサラとしたボブカットの髪に琥珀色の瞳が印象的だ。
背の高さや体型、声からまだ10歳前後に見える。
「君は?」
「東雲春、シノノメがファミリーネームで、ハルが名前だ。 東の方の生まれだが、問題なく共通語は喋れる。 気軽にハルって呼んでくれていい」
「凄いしっかりしてるんだな、まだ小さいのに」
「アンタ、ここにいるって事は眷属だろ? 知らないのか? 眷属は魔女からエレメント素子の供給を受け続ける限り、年齢っていう呪縛から解き放たれるんだ」
「不老の呪いって奴か」
「眷属からしたら、年老いて死ぬ方が呪われてるように見えるけどな」
ハルは人間を小馬鹿にするような態度を取る。
「ハル……さんは、何歳なんですか?」
「200手前、身体の成長は11歳で止まってるけどな。 子供が眷属になった場合は肉体が最適化されるまで成長を続けるはずなんだけど」
「つまり、そのくらいが最適な年齢だと肉体側が判断したって事か」
「冗談! もっと成長してたら並大抵の男なら一瞬で落ちるほどの美貌の持ち主になってただろうよ!!」
ハルはそう自負するほど、とても可愛らしい容姿をしている。
アイカイ地方の女性は『生きた芸術品』と評されるような美人が多く、このまま成長していたら本当に美人になっていたかもしれない。
「なあ、青年……」
「アルフだ」
「……アルフ、お前はこの世界が『正しい』と思うか?」
「この世界の姿が正しい? よくファンタジー小説で聞くフレーズだけど、世界に基準がない以上間違ってるも何もないと思うが」
「では、質問を変えよう。 悪しき存在が国王が成り代わって世界を統治しているとしたら?」
「はっ?」
いきなりのトンデモ理論。
この手のテロリストというものは、謎の妄執に駆られるばかりで冷静さを失い妄言を吐くものだが……。
先ほどまで泣いていたリオナも顔を上げてポカンとしている。
「魔女がこれまで何をしてきたと思う?」
「何をしてきたって、農村を襲って地図から消したり、人攫いをしたり……」
「それを誰から聞いた?」
「常識だろ、教科書にも載っているし絵本にもなっている」
ヤレヤレというポーズを取り、首を横に振る。
まるで愚か者だと言われているようで少し腹が立つアルフ。
「巷に伝わる情報が全て真実だとお前は思うのか? ……丁度いい、また『狩り』が始まったらしい。 ローストビーフ丼が出来上がるまでの間、この世の真実の断片を見せてやるとするか」
「真実の、断片だと?」
「アルフと言ったな、お前がかつて守ろうとしていた世界を見せる。 その上で、今後の身の振り方を考える事だ」
レイクロスが詠唱を開始すると、禍々しい扉が現れた。
悪魔を象ったような印象を受ける扉を開くと特殊な絵の具とゴム樹脂の水溶液を混ぜ合わせて作るマーブリングの絵の中のようだ。
この空間がこうなってしまっているのは、この扉のが通常空間とは位相がズレている……というより異なる世界であるというべきだろうか?
「なんていうか、扉のデザインが……」
可愛さや美しさからかけ離れたゲートの扉のデザインがリオナは気になるらしい。
「ネメシス騎士団は世界そのものを相手取って戦う悪の組織だ、このくらいが丁度いい」
この禍々しいデザインはレイクロスの美的センスによるものなのだろうなとアルフは思った。
魔導術によって生み出される物体のデザインは術者の精神に影響を受ける。
一応、エレメント・コードの命令文に追記すれば細部のデザインは変更可能であるが大体の魔導師はそれを省いている。
「悪の組織……ね」
「理不尽な暴力を振るう集団が正義の味方であるはずがないだろう」
そう言いながら、レイクロスが扉の中に足を踏み入れる。
「なあ、この空間って俺が入っても大丈夫な空間なのか?」
「当然だ、この世界の生物なら問題ない」
「そういうものなのか」
「このディメンジョンゲートは位相をずらしつつも、この世界のごく平均的な空間を再現しているからな」
「へぇ……」
アルフかゲートに足を踏み入れると、不思議な感覚に包まれる。
乾いているでもなく、湿気ているわけでもない。
熱くもなく、寒くもない……むしろ快適さすら感じる。
「なんか、いいな……ここ」
「……進もうか」
アルフがなんだかうっとりしているのを見て、リオナもまた足を踏み入れる。
すると、自分の身体の疲れがスッと溶けていくような感じがした。
「分かります、良いですね……ここ……」
◆◆◆◆◆◆◆
ディメンジョンゲートは一本道らしいが、床も見えなければ壁も見えない。
その壁も床もかつて魔女が「アジト」を生成した際にレイクロスがコツコツと作ったものらしい。
どうやら魔女は飽きっぽいらしく、アジトまで至る道を作るのがめんどくさかったらしくレイクロスに丸投げしたそうだ。
「さて、もうすぐだな」
「なんていうか……城、だな」
「城ですね」
このマーブリングのような空間のせいか、遠くからだとぼやけていてその実態が掴みづらかったが……城だ。
城がぷかぷかと宙に浮いているというのが正しい表現だろうか?
まるで御伽噺や漫画などに出てくるような白いタイル張りだが、それとは対照的な赤いレンガの見張り塔が印象的だ。
「それは当然だ、ここは我々ネメシス騎士団のアジトであるが魔女の治める城でもあるのだから」
「へえ、しかし洒落た城だな……悪の組織の拠点には見えない」
「我らが聖母はあまり禍々しい見目を好まなかったのさ、私としてはもう少し悪党らしいダークな要素を入れたいのだが」
「このままで良いと思いますよ」
「リオナ、あなたもか」
どうやらリオナも城のデザインはこのままがいいらしい。
魔女が不在だったこの100年もの間に改修することも出来たのだろうが、レイクロスの忠誠心がそうさせなかったのだろうか?
「レイクロス・スカイウィンドが帰還した。 門を開けてくれるか?」
「信号を」
どこからともなく男性の冷静な声が聞こえてくる、レイクロスはその声に応えるように指を鳴らす。
青・黄色・赤の順に魔導力の込められたボールを浮かび上がらせる。
「開門!!」
それに応えるかのように、門が重い音を立てて少しずつスライドしていく。
「なるほど『信号』ね」
魔導師の主な移動手段としては馬車、都会では魔導力を原動力に動くエレメントボードがあるが交通整備をするにはどうしても移動の可・不可を示すサインが必要になる。
青は進め、黄色はここで止まれ、赤は進むなというサインが生まれた。
この場合アルフが納得したのは信号は言葉としてあらゆる意味を持つが、交通用語としての信号の色を持つ魔導球を示せというジョークめいた合図に対してである。
「覚えておくといい、こういった肝心な事は眷属マニュアルにも記されているから図書館で読んでおくべきだな」
「なんていうか、色々近代的な組織だな」
「組織というのは時代に合わせてフレキシブルに変わっていくべきだからな」
「創立数千年の組織の長は言う事が違う」
「今は長の代理に過ぎない、本当の長はすごくそこにいる」
アルフとレイクロスはすぐそこにいるリオナに視線を向ける。
しかし、リオナは視線を逸らす。
「いや、私……そういうキャラじゃないです」
◆◆◆◆◆◆◆
出迎えの騎士に軽く会釈をして、小さな広間へ。
少人数での話し合いや軽い食事などはここで行われる。
「では私は食事の準備があるので、ここで一旦失礼させてもらう。 ローストビーフ丼、楽しみにしておくといい」
「え、レイクロスが作るのか!?」
「家事・炊事といえばレイクロス……と、覚えておくといい」
レイクロスはそんな言葉を残し、足早にその場を立ち去った。
レイクロスなりに気を遣って話し合う機会を与えてくれたのだろうか? いや、それはないかと考え直した。
アルフは用意された水を一口含むと、リオナが口を開く。
「あの、アルフさん……怒ってないんですか?」
「怒ってる……何に?」
「私の事情に、巻き込んでしまって……それに、人間じゃなくなってしまって——」
アルフはほんの数十秒、黙る。
確かにとんでもない事に巻き込まれているし、はっきり言って余裕はない。
ここに来るまでの間は眷属のことだとか父のことだとかレイクロスに殺された事だとかは考えないようにしてきた。
然るべきタイミングでじっくり考えれば、それでいいと思っていた。
だが、取り敢えず心の中で定まっている事がある。
「リオナに対する怒りは無いよ、むしろあのまま死なせずに生き返らせてくれてありがたいとすら思っている。 けど、はっきり言うと……そうだな、どうしたら良いのか分からない」
「……そりゃ、混乱しますよね。 私だって、突然魔女の生まれ変わりだなんて言われて——」
「これまで魔女は敵で、魔女の眷属は許し難いテロリストだった。 人々の平穏を脅かして、罪のない人を傷つけて……一緒に修行した仲間にも、ネメシス騎士団に命を奪われた人間が結構いたよ」
「そう、ですか……これからきっと、沢山の人の恨みを受けるんですね」
「なあ、リオナ。 眷属の術式を発動したなら眷属について分かるんだよな? 眷属ってのは、魔女に逆らえないものなのか? もしもリオナが魔女として完全に覚醒したら、傀儡になるのか?」
「いえ、魔女が1人の眷属に与えられる命令は『生涯通して2つまで』です。 その命令は強制的には執行されませんが魔女が『破られた』と認識した際は、魔女は任意で眷属を消滅させる事が可能です」
「そう……か、生涯2つ、か」
何だか意外だった、反抗の意思を少しでも持ったら~なんてのをアルフは想像していたのだが……。
「私はアルフさんに命令を下す気はありません、アルフさんの意思と自由を奪う権利は誰にもありません」
「……そうか」
「ただでさえ私のせいで、アルフさんは……」
リオナは悲痛そうな表情を浮かべる。
アルフはふぅ、と小さな溜息をついてリオナの頭を撫でた。
「謝る必要なんか無いって言ったよな。 確かに今の俺は超ピンチだし、眷属になって指名手配された以上人間社会には戻れない。 レイクロスは魔女の意思に従うとかで世界を滅ぼして理想郷を作るとか言ってる」
「…………」
「だけど俺はこうして生きてる、生きてる以上どうにでも転がす事が出来る。 死んだら全部終わりだろ? リオナは俺にチャンスをくれたんだ、命ってチャンスを」
リオナにかける言葉は、アルフ自身への言葉でもある。
死んだら全部終わりだ、大切な人に触れる事も、夢を追う事も出来なくなる。
しかし、生きている限り可能性はある。
もしもリオナが魔女のように変わってしまったら、自分が向き合ってやればいい。
ダインがいくら強くても、眷属となった今は勝ち目があるかもしれない。
自分が生きている以上、諦める選択肢など、無い。
「命はチャンス……」
「たった一つしかないチャンスだよ、リオナは俺にそれをくれたんだ」
「私、私……」
リオナは座っていた椅子から立ち上がり、アルフの胸に顔を押し付けるよう倒れこむ。
そして、子供が自分が受けた嫌がらせを報告して甘えるように泣き始めた。
「ずっと、ずっと……気持ち悪がられてきて、髪の色も暗いピンク色で変だし……家族はみんな、ブロンドなのに……」
「俺は綺麗な色だと思う、翡翠色の瞳も」
遺伝子の突然変異のようなものは誰にでも起こり得ると学会で発表されても、民間人はそういった知識を吸収せず自分を改めない。
自分を改めずに他人を攻撃した方がずっと楽だし、両親も頭では理解していてもブロンドの髪でなくダークピンクの髪の子供が生まれてきたら驚くだろう。
アルフは自分の立場ならどうしただろうか? ダークブラウンではなく青い髪の子供が生まれてきたら何も疑わずに真っ直ぐな愛情を注げるだろうか?
「こんな子供の時から全ての属性の魔導術を使えるはずが無いとか、私……少しでも、お父さんとお母さんに喜んでもらおうって、勉強頑張っただけなのに……」
「お父さんとお母さんの側にいたいのに、家からずっと離れた大学に通わされて……私、寂しかったのに……」
家族は少しでも、リオナから離れたかった……飛び級を利用した厄介払いか。
頭の中でそう理解しながら、それは口に出さない。
リオナ自身もそれを理解している、他人が口にして無理に傷つけてやる必要はない。
「大学を卒業して、家に戻ったらお母さんが……病気で亡くなってて……バケモノの親だって、グレイス教の……人達に責められて、身体を壊して……」
「……!!」
グレイス教、大昔に魔女の転生体が引き起こしたフォトンハザードにより人類の約8割以上が命を落としてこの世界は死に瀕した。
そんな中、伝説と謳われた最強の聖騎士が太陽剣を携え魔女を殺した。
魔女を崇め奉るネメシス教が弾圧され、大勢の罪無きネメシス教の信者が虐殺された。
ネメシス教は一気に衰退し、グレイス教が全世界に布教される結果になった……が、力を持ち過ぎた宗教は暴走するのが世の常だ。
「それが原因で……」
アルフは元々騎士の家庭で育ったため、特に疑問を抱く事なく自然とグレイス教を信仰していた。
父は「あくまで信仰はポーズで良い、この世に絶対なんて無え」なんて日々のお祈りも適当なものだったが、アルフは国が布教したものなのだから信仰するべきだと思っていた。
最も、学生時代に歴史を専攻して学んでいたので宗教の危険性なども理解していた。
「『教え』という名の下ならば幾らでも思想を過激化させる事が出来る、洗脳の基本だな」
メイド姿の少女が暗い色彩の木目のトレイにティーカップとワッフルを乗せた皿を運んできた。
東の諸島群……アイカイ地方の生まれだろうか? 漆黒のサラサラとしたボブカットの髪に琥珀色の瞳が印象的だ。
背の高さや体型、声からまだ10歳前後に見える。
「君は?」
「東雲春、シノノメがファミリーネームで、ハルが名前だ。 東の方の生まれだが、問題なく共通語は喋れる。 気軽にハルって呼んでくれていい」
「凄いしっかりしてるんだな、まだ小さいのに」
「アンタ、ここにいるって事は眷属だろ? 知らないのか? 眷属は魔女からエレメント素子の供給を受け続ける限り、年齢っていう呪縛から解き放たれるんだ」
「不老の呪いって奴か」
「眷属からしたら、年老いて死ぬ方が呪われてるように見えるけどな」
ハルは人間を小馬鹿にするような態度を取る。
「ハル……さんは、何歳なんですか?」
「200手前、身体の成長は11歳で止まってるけどな。 子供が眷属になった場合は肉体が最適化されるまで成長を続けるはずなんだけど」
「つまり、そのくらいが最適な年齢だと肉体側が判断したって事か」
「冗談! もっと成長してたら並大抵の男なら一瞬で落ちるほどの美貌の持ち主になってただろうよ!!」
ハルはそう自負するほど、とても可愛らしい容姿をしている。
アイカイ地方の女性は『生きた芸術品』と評されるような美人が多く、このまま成長していたら本当に美人になっていたかもしれない。
「なあ、青年……」
「アルフだ」
「……アルフ、お前はこの世界が『正しい』と思うか?」
「この世界の姿が正しい? よくファンタジー小説で聞くフレーズだけど、世界に基準がない以上間違ってるも何もないと思うが」
「では、質問を変えよう。 悪しき存在が国王が成り代わって世界を統治しているとしたら?」
「はっ?」
いきなりのトンデモ理論。
この手のテロリストというものは、謎の妄執に駆られるばかりで冷静さを失い妄言を吐くものだが……。
先ほどまで泣いていたリオナも顔を上げてポカンとしている。
「魔女がこれまで何をしてきたと思う?」
「何をしてきたって、農村を襲って地図から消したり、人攫いをしたり……」
「それを誰から聞いた?」
「常識だろ、教科書にも載っているし絵本にもなっている」
ヤレヤレというポーズを取り、首を横に振る。
まるで愚か者だと言われているようで少し腹が立つアルフ。
「巷に伝わる情報が全て真実だとお前は思うのか? ……丁度いい、また『狩り』が始まったらしい。 ローストビーフ丼が出来上がるまでの間、この世の真実の断片を見せてやるとするか」
「真実の、断片だと?」
「アルフと言ったな、お前がかつて守ろうとしていた世界を見せる。 その上で、今後の身の振り方を考える事だ」
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