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1話

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 今、私は学校帰りに本屋に来ている。本はいろんなジャンルが好きだが特にファンタジー系の話が好きだ。非現実的で体験できない世界を見せてくれる。この手に持っている小説は私の好きなファンタジー・恋愛系のようだ。本の帯にカラフルな文字であらすじが書いてあった。

『下級貴族に生まれたマリッサが通う事になった貴族学校。そこで出会う沢山の素敵な男性達の中で最後に誰を選ぶのか?そしてマリッサを敵対し意地悪をする令嬢が…』


「……ふーん。王道だけど案外こういう系好きなのよね」

表紙には黒髪に青い目のマリッサと思われる人物と周りに四人の髪色の派手な男達。そして奥に小さく映っているヒロインを睨む金髪に紫の目をした悪役令嬢であろう人物が載っている。
早速家に帰って読もうと会計を済ませ、帰り道を足早に帰っているとコンクリートの塀の死角からこちらへ猛スピードで突っ込んでくる車を避けきれずぶつかった。

(意外と痛みは感じないんだなぁ。でも体が動かないってことはもう駄目だろうな。ごめんね…お父さん、お母さん)

次に目を開けるとそこには何もなく先の見えない闇の中だった。おそらく私は死んだのだろう。体がふわふわと漂っていると急に体が重くなった。体にだんだん感覚が戻ってきてだるさを感じて目を開けるとチカチカとするような豪華な部屋にいた。

(……は?ここはどこ?私、車に跳ねられて死んだはずじゃあ)

頭が混乱していると大きなドアがバンッとあいて美形の青年が現れた。

「起きたんだね!アニタ!」

(誰だろう…この人は?)

言葉を発さずジッと青年を見る。

「アニタ、どうしたんだい?まだ体調が優れないのかい?」

心配そうにこちらを見つめる様子に無意識に言葉が出た。

「私は大丈夫ですわ、兄様」

(…え?今、私この人のこと兄様って)

予想外の事にまた混乱しているにも関わらずまだ言葉は続く。

「兄様はお忙しい方でしょう?私はこの通り大丈夫ですから心配しないでくださいませ」

そう言って表情まで勝手に動き笑顔を作る。

何がなんだかわからない。勝手に言葉も笑顔も動いてしまう。兄様?は勢いよく開けたドアから名残惜しそうに出ていった。全く状況がつかめなていないのに抗うことのできない睡魔が私を襲った。

(またここだ…体が重くなる前の所。でも目の前にいる綺麗な人は誰だろう?)

「えっと…あなたは?」
「初めまして、私はアニタ・フォーセットと申します。貴方を巻き込んでしまい申し訳ありません」

(ファンタジー小説に出るような名前だ!なんか豪華な感じが出てるしめっちゃ美人!…ん?巻き込んだ?)

「あの、巻き込んだって?」
「実は私は病で倒れてしまい死ぬはずだったのですが、貴方を見つけたので私の体に入ってもらったのですわ」
「それって、転生?」
「転生…とはなんですの?」
「えっと、生まれ変わりみたいなものかな?」
「なるほど…やはり違う世界の人だと使う言葉も新鮮ですわ!」

目を輝かせる彼女に思わずフフッと笑ってしまった。

「そうかな?…それでアニタ、あっ!アニタ様はなんで私を?」
「アニタで結構ですよ。えっと…私が貴方に来てもらったのは自由に生きてみたいからですわ」
「自由に生きたいって…」
「こんなしょうもない理由で貴方を巻き込んでしまったのは本当に申し訳ありません!自由に生きてみたいという思いが強かったようですわ」
「そうなんだ…」

シュンと落ち込むところを見ると、こちらが申し訳ない。

(確かにファンタジー系の貴族ってお金は自由だけどそれ以外は窮屈なイメージがあるかも)

「本当に申し訳ありません!あなたを無理やり…」
「そんなに気にしなくていいよ!アニタは自由に生きてみたいんでしょ?」
「はい…」
「なら協力するよ」
「え…本当ですか!?…あ、ありがとうございます!」

アニタは少し慌てながらも深々と頭を下げて感謝を告げる。

「でも私達は具体的にどうなるの?混ざるとか?」
「いいえ、混ざったりはしませんが一つの体に二人いることになりますわ。具体的には貴方に今までの記憶を流し込み自然に見えるようにして、眠った時に今のような空間で私と会うことになります」
「なるほど、確かに今この場にいるのは私が眠っているからか」
「そういうことになります、いい…でしょうか?」
「いいよ、むしろその方が助かるかも。貴族の生活とか知らないしね」
「そこは得意分野ですわ!私が全力でサポートします!」

胸を張ってバンと叩く。どんと来いということらしい。なんとも頼もしい女性だ。

「ありがとう!これからよろしくね!」
「はい!よろしくお願いします!」

二人で握手をすると意識が遠のいてきて体がだんだんと重くなる。

「また会いましょう」

そうアニタが言ったのを聞いて私は現実へと戻ってきた。
ベッドからゆっくりと起き上がり鏡の前に立つ。アニタは金髪に紫の瞳をもった美人なんだと思った瞬間あの買った小説の表紙を思い出した。

(待って?この姿、あの表紙にそっくり!?転生…あーどうりで派手なはずだ。多分この髪と目は悪役令嬢だろう)

そしてもう一つ私は重大なことに気づいた。

(私、私…ファンタジー小説に転生したのにあらすじしか読んでない!)
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