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その勇者の名は
ep.4 懺悔したいことでもあるのですか?
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「こんな早朝から珍しいですね。懺悔したいことでもあるのですか?」
ステンドグラス越しに差し込む朝日を背に眼鏡の男が言った。男は聖職者らしくきっちりとした服を着ていて、小脇に聖書を抱えていた。
「懺悔なんて馬鹿馬鹿しい真似するわけないだろ」
教会内にある礼拝客用の長椅子に行儀悪く座ったままセンリは言葉を返した。
「ふふっ、冗談ですよ。ですがここにこんな朝早くから来たということは何かあったのでしょう。このキールに全て話してみなさい」
「話すか馬鹿。そもそもねえよ」
「あなたは相変わらず意固地ですね。少しは素直になったほうがいいですよ。心が安らかになりますから」
キールは主祭壇に立ってそこへ聖書を置いた。
「子供たちの様子はどうですか?」
「ガキどもはぐっすりだ。昼過ぎまで寝てるだろうな」
「そうですか。朝食分が浮きそうなので助かります。……おや、あなたは?」
視線の先には教会の入り口。キールが声をかけたのはそこにいる人影に向けてだった。
「……あの」
「いらっしゃい。遠慮なさらずどうぞこちらへ」
「はい。ありがとうございます」
入り口から中へ。姿を現したのはエスカだった。エスカはシーツで全身を包んでいてセンリの上着を着ていた。そのみすぼらしい姿を見たキールは何も言わず主祭壇から下りてエスカを教会の奥の部屋へと誘導した。
「クローゼットの中に修道服が入っています。それを着なさい。貰い物で大きさが合うかどうかは分からないですが」
「あ、ありがとうございます」
エスカは礼を言って部屋の中に入った。キールはそっと扉を閉めた。
「彼女はあなたの知り合いですか? しきりにあなたのことを見ていましたが」
「……さあな」
程なくして修道服姿のエスカが部屋から出てきた。修道服は地味な藍色を基本としたもので女性の場合はベールが付いており膝下まであるロングスカートだった。
「よくお似合いです」
「そ、そうでしょうか」
エスカは生まれて初めて着た修道服に少し戸惑っていた。
「センリ。あなたもそう思いませんか?」
「…………」
センリは一切答えずにステンドグラスを眺めていた。
「困ったものですね」
「あの……彼とは一体どのようなご関係で?」
「……そうですね。友人でも兄弟でも保護者でもない形容しがたい関係ですね。不思議な因縁といった感じでしょうか。……彼のことが気になりますか?」
「え、それはその……」
エスカはセンリを気にしておどおどした。
「大丈夫です。彼は何もしませんよ。ここでは絶対にね」
キールのその言葉に勇気をもらったエスカは震える手をぎゅっと握って口を開いた。
「あのっ! どうかアガスティア王国へ来てください! その対価はしっかりとお支払いします! どうかっ!」
エスカは声を張って言った。その声は教会中に響いた。
「だそうですよ、センリ。答えてあげなさい」
「……んなもん知るか」
「やれやれ。困りましたね。……ところで、どうして彼にアガスティア王国へ来てほしいなどと」
「それは……祖国と世界の危機を救えるのが彼しかいないからです」
「ほう。それはまたずいぶんと壮大な話ですね。詳しくお聞かせ願えませんか?」
興味があるのかキールは眉を上げて問うた。
「はい。先の大戦で退けた魔族はその数を大いに減らし、人間の生活圏に足を踏み入れることがほとんどありませんでした。ですが近年になって魔族の生息区域が広がり再び活発化してきています。そして私がここへ来るきっかけとなった事件が起きました。我が国と同盟関係を結んでいた小国の一つが魔族の大群によって壊滅的な被害を受けたのです」
「……小国とはいえ国の一つを落とされたとなると、これは一大事ですね」
「ですから私たちは各国に事の大きさを知らせ、連携をとろうとしています。そして彼らを迎え撃つためにどうしても彼の力を借りたいのです。魔を払う勇者の一族の力が」
「……なるほど。センリ。どうして彼女に力を貸してあげないのですか?」
「キール。あんた、分かってて言ってるだろ」
センリはギラリとキールを睨んだ。
「ええまあ、何となくは。過去の血塗られた縁のせいでお二方の間にはとても深い溝があるといったところでしょうか」
「……すごい。どうして」
「話ぶりからして、あなたはおそらくアガスティア王国でも地位の高いお方。間違っていますか?」
「いいえ。私の名はエスカ・ロー・サンティーレ。アガスティア王国の第二王女です」
「これはこれは王女様でしたか。失礼いたしました。して、エスカ様。あなたのお望みはセンリの力を借りること、でしたよね」
キールは相手が王女と分かっても全く動じなかった。
「はい。私たちにとっては必要不可欠なお方です」
「……そうですね。では取引をしませんか? この私と」
「取引……?」
「そうです。センリをあなたがたに同行させる。その代わりと言ってはなんですが、援助金と腕の立つ者を一人お貸し願いたい」
「おいッ! 何勝手なことをッ!」
自分抜きで勝手に取引を始めたキールに驚いてセンリは慌てて立ち上がった。
「あなたは私から受けた恩を忘れたのですか?」
「確かにあんたには恩がある。だがそれとこれとは話が別だ」
「……聞いてください、センリ。あなたはここにいて心の底から満足していますか? 私にはそうは見えません。あなたはまだ若く有り余った力もある。このような場所で一生を暮らし、退屈で衰弱していくにはもったいない。ですから世界に出なさい。彼女たちに力を貸すのはあくまでもきっかけ。今はそのようにでも考えておけばいいでしょう」
遠回しに彼女を利用しなさいと言い放ったキール。
「…………」
初めて見るキールの姿にセンリは思わず沈黙した。
「決して強制はしません。もしも途中で見限られたとしてもその後は追いません」
一押しになればとエスカも横から声を挟んだ。
「さあ、今こそ羽ばたく時です。その有り余った力を存分に使って暴れてきなさい」
「…………。……分かった。行けばいいんだろ。行ってやるさ。正直こんな肥溜めにも飽きてきたところだ」
しばらく考えたのちにセンリは首をポキポキと鳴らして言った。
「ガキどもは頼んだぞ」
「言われなくとも」
センリは旅支度をするために家に戻った。オルベールは台所で死んだようにぐっすりと眠っていた。センリが通りすがりに指をパチンと鳴らすとオルベールは目を覚ました。
ステンドグラス越しに差し込む朝日を背に眼鏡の男が言った。男は聖職者らしくきっちりとした服を着ていて、小脇に聖書を抱えていた。
「懺悔なんて馬鹿馬鹿しい真似するわけないだろ」
教会内にある礼拝客用の長椅子に行儀悪く座ったままセンリは言葉を返した。
「ふふっ、冗談ですよ。ですがここにこんな朝早くから来たということは何かあったのでしょう。このキールに全て話してみなさい」
「話すか馬鹿。そもそもねえよ」
「あなたは相変わらず意固地ですね。少しは素直になったほうがいいですよ。心が安らかになりますから」
キールは主祭壇に立ってそこへ聖書を置いた。
「子供たちの様子はどうですか?」
「ガキどもはぐっすりだ。昼過ぎまで寝てるだろうな」
「そうですか。朝食分が浮きそうなので助かります。……おや、あなたは?」
視線の先には教会の入り口。キールが声をかけたのはそこにいる人影に向けてだった。
「……あの」
「いらっしゃい。遠慮なさらずどうぞこちらへ」
「はい。ありがとうございます」
入り口から中へ。姿を現したのはエスカだった。エスカはシーツで全身を包んでいてセンリの上着を着ていた。そのみすぼらしい姿を見たキールは何も言わず主祭壇から下りてエスカを教会の奥の部屋へと誘導した。
「クローゼットの中に修道服が入っています。それを着なさい。貰い物で大きさが合うかどうかは分からないですが」
「あ、ありがとうございます」
エスカは礼を言って部屋の中に入った。キールはそっと扉を閉めた。
「彼女はあなたの知り合いですか? しきりにあなたのことを見ていましたが」
「……さあな」
程なくして修道服姿のエスカが部屋から出てきた。修道服は地味な藍色を基本としたもので女性の場合はベールが付いており膝下まであるロングスカートだった。
「よくお似合いです」
「そ、そうでしょうか」
エスカは生まれて初めて着た修道服に少し戸惑っていた。
「センリ。あなたもそう思いませんか?」
「…………」
センリは一切答えずにステンドグラスを眺めていた。
「困ったものですね」
「あの……彼とは一体どのようなご関係で?」
「……そうですね。友人でも兄弟でも保護者でもない形容しがたい関係ですね。不思議な因縁といった感じでしょうか。……彼のことが気になりますか?」
「え、それはその……」
エスカはセンリを気にしておどおどした。
「大丈夫です。彼は何もしませんよ。ここでは絶対にね」
キールのその言葉に勇気をもらったエスカは震える手をぎゅっと握って口を開いた。
「あのっ! どうかアガスティア王国へ来てください! その対価はしっかりとお支払いします! どうかっ!」
エスカは声を張って言った。その声は教会中に響いた。
「だそうですよ、センリ。答えてあげなさい」
「……んなもん知るか」
「やれやれ。困りましたね。……ところで、どうして彼にアガスティア王国へ来てほしいなどと」
「それは……祖国と世界の危機を救えるのが彼しかいないからです」
「ほう。それはまたずいぶんと壮大な話ですね。詳しくお聞かせ願えませんか?」
興味があるのかキールは眉を上げて問うた。
「はい。先の大戦で退けた魔族はその数を大いに減らし、人間の生活圏に足を踏み入れることがほとんどありませんでした。ですが近年になって魔族の生息区域が広がり再び活発化してきています。そして私がここへ来るきっかけとなった事件が起きました。我が国と同盟関係を結んでいた小国の一つが魔族の大群によって壊滅的な被害を受けたのです」
「……小国とはいえ国の一つを落とされたとなると、これは一大事ですね」
「ですから私たちは各国に事の大きさを知らせ、連携をとろうとしています。そして彼らを迎え撃つためにどうしても彼の力を借りたいのです。魔を払う勇者の一族の力が」
「……なるほど。センリ。どうして彼女に力を貸してあげないのですか?」
「キール。あんた、分かってて言ってるだろ」
センリはギラリとキールを睨んだ。
「ええまあ、何となくは。過去の血塗られた縁のせいでお二方の間にはとても深い溝があるといったところでしょうか」
「……すごい。どうして」
「話ぶりからして、あなたはおそらくアガスティア王国でも地位の高いお方。間違っていますか?」
「いいえ。私の名はエスカ・ロー・サンティーレ。アガスティア王国の第二王女です」
「これはこれは王女様でしたか。失礼いたしました。して、エスカ様。あなたのお望みはセンリの力を借りること、でしたよね」
キールは相手が王女と分かっても全く動じなかった。
「はい。私たちにとっては必要不可欠なお方です」
「……そうですね。では取引をしませんか? この私と」
「取引……?」
「そうです。センリをあなたがたに同行させる。その代わりと言ってはなんですが、援助金と腕の立つ者を一人お貸し願いたい」
「おいッ! 何勝手なことをッ!」
自分抜きで勝手に取引を始めたキールに驚いてセンリは慌てて立ち上がった。
「あなたは私から受けた恩を忘れたのですか?」
「確かにあんたには恩がある。だがそれとこれとは話が別だ」
「……聞いてください、センリ。あなたはここにいて心の底から満足していますか? 私にはそうは見えません。あなたはまだ若く有り余った力もある。このような場所で一生を暮らし、退屈で衰弱していくにはもったいない。ですから世界に出なさい。彼女たちに力を貸すのはあくまでもきっかけ。今はそのようにでも考えておけばいいでしょう」
遠回しに彼女を利用しなさいと言い放ったキール。
「…………」
初めて見るキールの姿にセンリは思わず沈黙した。
「決して強制はしません。もしも途中で見限られたとしてもその後は追いません」
一押しになればとエスカも横から声を挟んだ。
「さあ、今こそ羽ばたく時です。その有り余った力を存分に使って暴れてきなさい」
「…………。……分かった。行けばいいんだろ。行ってやるさ。正直こんな肥溜めにも飽きてきたところだ」
しばらく考えたのちにセンリは首をポキポキと鳴らして言った。
「ガキどもは頼んだぞ」
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