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火に渦巻くは歴史の咎
ep.35 たった一度きりのお前の人生だ
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「実に馬鹿馬鹿しい。そんなものやめてしまえ」
人身御供のようなやり方はセンリが最も嫌うものだった。
「……正直なところ、そうしたい気持ちはあります。ですけど私以外に荒れ狂う火の神様を鎮めることはできません。今まで何代もの巫女様がこの国のためにその身を捧げてきました。私だけが役目を放って逃げるわけにはいかないのです」
「さっきから話に出てくるその火の神様とやらはいったい何なんだ? 喋りもしない偶像ならその辺に捨てておけばいいだろ」
「確かに喋りはしませんがそうもいかないのです。過去に一度だけ役目を投げだした巫女様がいました。その時は街中の温泉が枯れてしまったそうです。当然街は大騒ぎになってそれを見兼ねた巫女様が戻るとあら不思議。温泉は元に戻ったそうです」
「脅しをかけるとは碌な神じゃないな」
センリは火の神様と呼ばれる存在に興味を持った。
「でもこうして温泉に浸かることができるのはその神様のおかげですよ」
セレネは水面に目を落とし、お湯を両手で掬い上げた。
「……もしもこの温泉がなければセンリ様に出会うこともなかったでしょう」
手を開くと救い上げたお湯は指の間から一気に流れ落ちた。その横顔は憂いに沈んでいた。同年代の子が外で遊んで、友人を作り、勉学に勤しんで、恋にも励んでいる時に彼女は何をしていたのだろうか。狭い籠の中でどれほど孤独な時を過ごしていたのだろうか。
「本当に嫌なら逃げればいいだろ。馬鹿どもは指を差すだろうが、所詮自分のことしか考えられんやつらだ。それならお前も自分勝手になってどこへでも行けばいい」
「……センリ様」
「もしその気があるならこの俺が手を貸してやろう」
「……あ、ありがとうございます。私のために。でもそのお気持ちだけで十分です」
「よく考えておけ。たった一度きりのお前の人生だ」
「……は、はい……」
真剣な眼差しのセンリに気圧されてセレネは無意識に声を発した。
センリが自ら助力を提案することは珍しい。同じ運命の輪に囚われた身として彼女に少し情が移ったのかもしれない。
「俺はそろそろ出る。だいぶ汗を流したからな」
センリは立ち上がった。釣られて見上げたセレネは目を丸くして頬を紅潮させた。それからすぐに顔を両手で覆い隠した。
「あ、あの……何も見ていませんから……」
「お前はガキか。いちいち気にするな」
センリは鼻で笑って堂々と脱衣所まで歩いていった。
「……はあ……」
センリがいなくなったあと、セレネは口から大きな息を吐いた。男性に対する免疫がない彼女には少々刺激が強かったようだ。
「……ううう……」
セレネはあの光景を何度も思い出してしまいそのたびに赤面していた。
###
昨晩の熱帯夜が嘘のように消え去ってイグニアの王都は爽やかな朝を迎えた。窓を全開にすれば心地良い涼やかな風が部屋へ流れ込んでくる。
今日のセンリは寝覚めが良かった。背伸びをしながら深呼吸して軽い運動をした。この日は街を散策しようと考えているようだ。
食堂に行って朝食を取り身支度をしていざ外出という時だった。部屋の扉を開けるとそこにエスカとクロハが立っていた。2人ともなぜか身支度を済ませている。クロハは相変わらずの派手な格好だがエスカはあまり目立ちたくないのか控えめだった。
「何の用だ?」
「街へゆくのであろう? 我らもついてゆくぞ」
「せっかくですし一緒に行きませんか」
「2人で行けばいいだろ」
邪魔されたくないセンリは無視して先に進んだ。が、うしろから足音が聞こえてきた。足を止めて振り返ると2人がついてきていた。
「ついてくるな」
「我らは別に主についていっておるわけではない。ただ行く方向が同じというだけじゃ」
クロハはにやりと笑みを浮かべながら答えた。隣でエスカもうんうんとうなずいている。
「――ったく。勝手にしろ」
センリは渋い顔で大きなため息をついた。これは何を言っても無駄だと。屁理屈で返して無理にでもついてくるつもりだと判断したのだ。魔術を使って引き離したとしてもあとで延々と文句を垂れてくるだろう。
「ふふんっ。最初からそうしておればよいものを」
「ああ、とても嬉しいです」
反応に違いはあれども2人とも心から喜んでいた。
###
用意された馬車に乗り込んで城門から出ると視界に広大な街の全景が現れた。見下ろせば各所から白煙が昇っていてここが温泉の国であることを改めて認識させられた。
3人は城下の街に着いたところで馬車から降りた。本来なら護衛も付くはずだったのだがセンリが断固拒否した。これ以上人数を増やしたくなかったのだろう。
「さて、まずはどこへゆくとするかのう。エスカ。何か聞いておらぬか?」
「そうですね。商店街にはこの国ならではの雑貨や衣服が売られているそうですよ。東地区に行けばお湯が地面から噴き出す間欠泉というものが見られるそうです。あとは南地区にある火の神殿でしょうか。こちらは遠くから見るだけで近づくことはできませんけど」
「……火の神殿」
「む? 主よ。どうしたんじゃそんな顔をして」
隣で険しい顔をするセンリに気づいてクロハは声をかけた。
「なんでもない。さっさと行くぞ」
センリは商店街のほうへ足を踏みだした。それを見てエスカはこう言った。
「クロハさん。まずは商店街へ行きましょうか。お気に召す服があるかもしれませんよ」
「そうじゃのう。探してみるとしよう」
2人は顔を見合わせてにっこり笑い、先を行く男の後を追った。出会った頃からするとだいぶ仲良くなっていた。同年代というのが大きな要因だろう。
「あの、センリさん。前々から気になっていたのですけど……」
言いながらエスカは視線を下へやった。
「センリさんのその服。そろそろ変え時ではないかと思うのです」
「服……?」
センリは自分の服を見た。それは長年愛用しているものでよく見なくともだいぶくたびれている。たまに手洗いすることはあるが毎日それを着ているので自ずと好ましくない臭いを発するようになっていた。
「どれどれ……」
クロハはセンリの服を間近で嗅いだ。その表情はすぐに苦いものへと変わった。
「おわ、これはまた強烈じゃのう……」
「……そんなに臭うか?」
センリは自身で服の臭いを嗅いだがそこまで悪臭とは思わなかった。
「阿呆! それは自分の臭いだからじゃ!」
クロハは両手を上下に振って声を上げた。
「お前もそう思うのか?」
「その……大変申し上げにくいのですが……はい」
エスカは非常に答え辛そうだった。そもそも服を変えたほうがいいと提案したのはその臭いがきっかけだった。
「癪だが確かにそろそろ服は変え時かもな」
貧民街での生活が長く、服にも寿命があることを思い出してセンリは新しい服を買うことにした。今まで服のことなど気にしたこともなかったが2人によって気づかされた。
「では服屋さんへ行きましょう」
「くふふ。我が見繕ってやろう」
面倒なことになりそうだと思いつつもセンリは何が似合うかで論争する2人の後についていった。
人身御供のようなやり方はセンリが最も嫌うものだった。
「……正直なところ、そうしたい気持ちはあります。ですけど私以外に荒れ狂う火の神様を鎮めることはできません。今まで何代もの巫女様がこの国のためにその身を捧げてきました。私だけが役目を放って逃げるわけにはいかないのです」
「さっきから話に出てくるその火の神様とやらはいったい何なんだ? 喋りもしない偶像ならその辺に捨てておけばいいだろ」
「確かに喋りはしませんがそうもいかないのです。過去に一度だけ役目を投げだした巫女様がいました。その時は街中の温泉が枯れてしまったそうです。当然街は大騒ぎになってそれを見兼ねた巫女様が戻るとあら不思議。温泉は元に戻ったそうです」
「脅しをかけるとは碌な神じゃないな」
センリは火の神様と呼ばれる存在に興味を持った。
「でもこうして温泉に浸かることができるのはその神様のおかげですよ」
セレネは水面に目を落とし、お湯を両手で掬い上げた。
「……もしもこの温泉がなければセンリ様に出会うこともなかったでしょう」
手を開くと救い上げたお湯は指の間から一気に流れ落ちた。その横顔は憂いに沈んでいた。同年代の子が外で遊んで、友人を作り、勉学に勤しんで、恋にも励んでいる時に彼女は何をしていたのだろうか。狭い籠の中でどれほど孤独な時を過ごしていたのだろうか。
「本当に嫌なら逃げればいいだろ。馬鹿どもは指を差すだろうが、所詮自分のことしか考えられんやつらだ。それならお前も自分勝手になってどこへでも行けばいい」
「……センリ様」
「もしその気があるならこの俺が手を貸してやろう」
「……あ、ありがとうございます。私のために。でもそのお気持ちだけで十分です」
「よく考えておけ。たった一度きりのお前の人生だ」
「……は、はい……」
真剣な眼差しのセンリに気圧されてセレネは無意識に声を発した。
センリが自ら助力を提案することは珍しい。同じ運命の輪に囚われた身として彼女に少し情が移ったのかもしれない。
「俺はそろそろ出る。だいぶ汗を流したからな」
センリは立ち上がった。釣られて見上げたセレネは目を丸くして頬を紅潮させた。それからすぐに顔を両手で覆い隠した。
「あ、あの……何も見ていませんから……」
「お前はガキか。いちいち気にするな」
センリは鼻で笑って堂々と脱衣所まで歩いていった。
「……はあ……」
センリがいなくなったあと、セレネは口から大きな息を吐いた。男性に対する免疫がない彼女には少々刺激が強かったようだ。
「……ううう……」
セレネはあの光景を何度も思い出してしまいそのたびに赤面していた。
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昨晩の熱帯夜が嘘のように消え去ってイグニアの王都は爽やかな朝を迎えた。窓を全開にすれば心地良い涼やかな風が部屋へ流れ込んでくる。
今日のセンリは寝覚めが良かった。背伸びをしながら深呼吸して軽い運動をした。この日は街を散策しようと考えているようだ。
食堂に行って朝食を取り身支度をしていざ外出という時だった。部屋の扉を開けるとそこにエスカとクロハが立っていた。2人ともなぜか身支度を済ませている。クロハは相変わらずの派手な格好だがエスカはあまり目立ちたくないのか控えめだった。
「何の用だ?」
「街へゆくのであろう? 我らもついてゆくぞ」
「せっかくですし一緒に行きませんか」
「2人で行けばいいだろ」
邪魔されたくないセンリは無視して先に進んだ。が、うしろから足音が聞こえてきた。足を止めて振り返ると2人がついてきていた。
「ついてくるな」
「我らは別に主についていっておるわけではない。ただ行く方向が同じというだけじゃ」
クロハはにやりと笑みを浮かべながら答えた。隣でエスカもうんうんとうなずいている。
「――ったく。勝手にしろ」
センリは渋い顔で大きなため息をついた。これは何を言っても無駄だと。屁理屈で返して無理にでもついてくるつもりだと判断したのだ。魔術を使って引き離したとしてもあとで延々と文句を垂れてくるだろう。
「ふふんっ。最初からそうしておればよいものを」
「ああ、とても嬉しいです」
反応に違いはあれども2人とも心から喜んでいた。
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用意された馬車に乗り込んで城門から出ると視界に広大な街の全景が現れた。見下ろせば各所から白煙が昇っていてここが温泉の国であることを改めて認識させられた。
3人は城下の街に着いたところで馬車から降りた。本来なら護衛も付くはずだったのだがセンリが断固拒否した。これ以上人数を増やしたくなかったのだろう。
「さて、まずはどこへゆくとするかのう。エスカ。何か聞いておらぬか?」
「そうですね。商店街にはこの国ならではの雑貨や衣服が売られているそうですよ。東地区に行けばお湯が地面から噴き出す間欠泉というものが見られるそうです。あとは南地区にある火の神殿でしょうか。こちらは遠くから見るだけで近づくことはできませんけど」
「……火の神殿」
「む? 主よ。どうしたんじゃそんな顔をして」
隣で険しい顔をするセンリに気づいてクロハは声をかけた。
「なんでもない。さっさと行くぞ」
センリは商店街のほうへ足を踏みだした。それを見てエスカはこう言った。
「クロハさん。まずは商店街へ行きましょうか。お気に召す服があるかもしれませんよ」
「そうじゃのう。探してみるとしよう」
2人は顔を見合わせてにっこり笑い、先を行く男の後を追った。出会った頃からするとだいぶ仲良くなっていた。同年代というのが大きな要因だろう。
「あの、センリさん。前々から気になっていたのですけど……」
言いながらエスカは視線を下へやった。
「センリさんのその服。そろそろ変え時ではないかと思うのです」
「服……?」
センリは自分の服を見た。それは長年愛用しているものでよく見なくともだいぶくたびれている。たまに手洗いすることはあるが毎日それを着ているので自ずと好ましくない臭いを発するようになっていた。
「どれどれ……」
クロハはセンリの服を間近で嗅いだ。その表情はすぐに苦いものへと変わった。
「おわ、これはまた強烈じゃのう……」
「……そんなに臭うか?」
センリは自身で服の臭いを嗅いだがそこまで悪臭とは思わなかった。
「阿呆! それは自分の臭いだからじゃ!」
クロハは両手を上下に振って声を上げた。
「お前もそう思うのか?」
「その……大変申し上げにくいのですが……はい」
エスカは非常に答え辛そうだった。そもそも服を変えたほうがいいと提案したのはその臭いがきっかけだった。
「癪だが確かにそろそろ服は変え時かもな」
貧民街での生活が長く、服にも寿命があることを思い出してセンリは新しい服を買うことにした。今まで服のことなど気にしたこともなかったが2人によって気づかされた。
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