勇者のママは海で魔王様と

蛮野晩

文字の大きさ
19 / 59
勇者のママは海で魔王様と

Ⅲ・海戦と怪物と7

 翌朝。
 城内は俄かに物々しく、ぴりぴりとした緊張感に包まれていました。
 海軍の包囲網にとうとう海賊が捕捉されたのです。
 海賊を拿捕するのも時間の問題となり、海域一帯には魔界の戦艦だけでなく精霊界の戦艦も姿を現わしました。作戦行動の主体となるのは魔界側の海軍ですが、第三国の海域で魔界の力が行使されるので精霊界側も海軍を動かしたのです。

「行ってくる」
「いってらっしゃい。くれぐれも気を付けてくださいね」

 海賊との対峙が迫り、ハウストが自ら全権の指揮を取ることになりました。
 城門まで見送りに出た私とイスラをハウストが振り返ります。
 本来なら海賊狩り程度の戦いは将校らで充分でしたが、ハウストが直々に海に出て海賊を拿捕することを希望しました。
 魔王自らの出陣に家臣たちは驚いて引き止めようとしましたが、ハウストの意志は固いものでした。それだけ彼の怒りが強かったのです。

「大丈夫だ、すぐに片付けてくる」

 ハウストはそう言うとガーゼを貼っている私の頬に触れ、そっと触れるだけの口付けをしてくれる。
 口付けは労わるように優しく、私を見つめる眼差しは深い想いを宿したものです。でも今、彼の背後には錚々たる顔ぶれの将校たちが整列して控えている。これから海戦が始まるのです。

「この傷をつけたことを後悔させてこよう」
「ご武運を」
「ああ、待っていてくれ」

 今度は唇に口付けられて顔が仄かに熱くなります。
 私も彼の頬に手を添え、お返しの口付けをしました。

「イスラ、あなたもご挨拶してください」

 私の後ろに隠れるように立っていたイスラを前に促します。
 イスラは私の手をぎゅっと握り、おずおずとハウストを見上げました。怒られたことをまだ気にしているのです。

「……いってらっしゃい」
「ああ。お前もブレイラと待っていろ」

 ハウストがそう言ったものの、イスラはまた私の後ろに隠れてしまいました。
 そんな姿にハウストと私は顔を見合わせて苦笑してしまう。

「すみません、ハウスト」
「構わない。今回の件が片付いたらイスラとはちゃんと話しをするつもりだ」
「お願いします」
「ああ、では行ってくる」

 ハウストはそう言うと踵を返し、長い外套を靡かせて颯爽と歩いて行く。
 その後に将校たちが続き、私は彼らの姿が見えなくなるまで見送りました。

「イスラ、部屋のバルコニーに行きましょう。ハウストが乗っている船が見えるかもしれません」

 このまま部屋に引っ込む気にもなれなくて、イスラの手を引いてバルコニーへ向かいます。
 海を一望できるバルコニーからならハウストの船が見えるかもしれません。
 部屋への回廊を歩いていると、ふとイスラが立ち止まりました。

「どうしました?」

 振り向くと、イスラはいつになくソワソワしています。

「……おしっこ」
「そうでしたか、ではラバトリーに行きましょう」
「ううん。ひとりで、だいじょうぶ……」
「一人で行けるんですか?」
「うん、だいじょうぶ。だから、ブレイラはさきにいってて」
「分かりました。では先にバルコニーにいますね」

 イスラを召使いの女性に任せて一人で部屋へ行きました。
 バルコニーに出ると、気持ちいい潮風が吹き抜けて視界一杯に青い海が広がります。
 でも今、青い海には隊列を組んだ戦艦が数多くありました。
 海は物々しい雰囲気が漂い、遠目に見える沿岸には島民らしき人々が何ごとかと見物に出てきています。第三国の長閑な海を戦艦が往来するなど滅多にないことなのです。
 隊列を組んだ中心に一際巨大な戦艦がありました。王旗と軍旗が掲げられたそれはハウストが乗船している戦艦です。

「あれにハウストが乗っているんですね」

 船団が沖へ向かって出航していきます。
 今回の海戦は魔界の海軍と海賊の戦いです。誰が考えても、海軍が圧倒的な火力と軍事力で海賊を制圧するのは分かっていました。
 きっと今夜の舞踏会までには全て終わってしまうでしょう。
 舞踏会のことを思うと胸がぎゅっと締め付けられましたが、首を振って痛みを振り払う。
 ハウストがどうして私を連れて行きたがらないのか、私がいない舞踏会で誰と過ごすつもりなのか、……それは私が気にしてはならないことです。
 今、ハウストが一番愛しているのは私です。それは間違いない事実で、愛されていることに自信だってあります。それで充分ではないですか。

「……今日はイスラにチョコレイトを作ってあげましょう。フルーツをたくさん使ったタルトを焼いてもいいですね」

 気を取り直し、今日の予定を考えます。
 先ほどのイスラはあまり元気がなかったので、大好きなお菓子を作って少しでも元気づけることにしました。きっと喜んでくれるはずです。

「それにしてもイスラは遅いですね……」

 ラバトリーに行っているイスラが帰ってきません。
 体調でも崩しているのかと心配していると、召使いの女性が血相を変えて駆けこんできました。

「失礼します! 大変です、ブレイラ様!」
「ど、どうしたんですか?」

 ひどく慌てた様子に私の方が驚いてしまいます。
 召使いの女性は乱れた呼吸を整え、深刻な顔で事態を告げる。

「大変です! イスラ様がラバトリーからいなくなってしまいました!」
「えええええ?! どういうことですっ、いったいどうして!」
「それが忽然と消えてしまったんです!」
「そんな……。と、とにかく探してください! どこかにいる筈です!」
「畏まりました!」

 召使いの女性達がイスラを探して城中を駆けまわってくれます。
 私も部屋から飛びだし、イスラが使っていたはずのラバトリーからその周辺を必死で探しました。
 ラバトリーから突然消えたなんて有り得ません。なにか事件にでも巻き込まれたのでしょうか。
 もう一度問題のラバトリーに戻り、いないと分かっていても隅々まで探します。そしてふと、気になる箇所が目に留まりました。それは換気口です。
 換気口は子どもなら入れるくらいの大きさでした。

「まさかっ……」

 嫌な予感に全身から血の気が引いていく。
 そして思い出すのが、さっきハウストを見送りした時のこと。「ブレイラと待っていろ」と言ったハウストにイスラは返事をしなかったのです。それは怒られて拗ねているからだと思っていましたが、実は最初から待たないつもりだったとしたら……?

「イスラ!!」

 ラバトリーから飛びだし、換気口の出口を予測します。回廊を抜けて外へ出ると城の裏手に回りました。
 城は高い城壁に囲まれていますがイスラは勇者です。勇者とは人間でありながら規格外の存在。イスラの身体能力なら何の問題もなく突破できるでしょう。

「ああもうっ、勇者って厄介ですね!」

 急いで裏門を駆け抜けました。
 気付いた門番が「ブレイラ様? お待ちください!!」と慌てて制止しますが立ち止まっている暇はありません。

「すぐに戻ります!!」
「そういう訳には参りません!」

 門番たちが慌てて城内の兵士に連絡してくれました。
 でも彼らを待っている暇はないのです。

「イスラが城の外に出て行きました! 私は先に行きますから皆も探してください!!」

 走りながらそう言うと海に向かって坂道を駆け下りました。
 イスラがどこに向かおうとしているのか、何をしたいのか分かりません。
 でも今一番いてほしくない場所は海です。海にいないことをまず確認したい。
 それなのに、……ああ眩暈がしました。

「イ、イスラ?! どうしてあんな所に!」

 最悪でした。よりにもよって一番いてほしくない場所にいたのです。
 しかもイスラは堤防の端に括り付けられていた小舟に乗りこんでいる。

感想 3

あなたにおすすめの小説

俺は夜、社長の猫になる

衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。 ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。 言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。 タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。 けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
世間に秘された名門男子校・平坂学園体育科 空手の名選手であった高尾雄一は、新任教師として赴任する 高潔な人格と鋼のように鍛えられた肉体 それは、学園にとって最高の生贄の候補に他ならなかった 至高の筋肉を持つ、精神を削られ意志をなくした青年を太古の神に捧げるため、“水”、“風”、“土”の信奉者達が暗躍する 意志をなくし筋肉の操り人形と化した“デク” 消える教師 山奥の男子校で繰り広げられるダークファンタジー

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます

七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。 歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。 世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。 気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。

【完結】召喚された勇者は贄として、魔王に美味しく頂かれました

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
BL
美しき異形の魔王×勇者の名目で召喚された生贄、執着激しいヤンデレの愛の行方は? 最初から贄として召喚するなんて、ひどいんじゃないか? 人生に何の不満もなく生きてきた俺は、突然異世界に召喚された。 よくある話なのか? 正直帰りたい。勇者として呼ばれたのに、碌な装備もないまま魔王を鎮める贄として差し出され、美味しく頂かれてしまった。美しい異形の魔王はなぜか俺に執着し、閉じ込めて溺愛し始める。ひたすら優しい魔王に、徐々に俺も絆されていく。もういっか、帰れなくても……。 ハッピーエンド確定 ※は性的描写あり 【完結】2021/10/31 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、エブリスタ 2021/10/03  エブリスタ、BLカテゴリー 1位