勇者と冥王のママは暁を魔王様と

蛮野晩

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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第九章・二つの星の輝きを12

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 魔界。
 城の長い回廊をハウストが大股で歩いていた。
 その後ろに宰相フェリクトールをはじめ、陸軍将軍、魔王直属精鋭部隊大隊長、魔法部隊大隊長、特殊部隊大隊長、他にも将校級の高官が続く。
 回廊の両脇には士官や文官が控えて最敬礼し、その中をハウストはまっすぐ歩いた。
 今のハウストは近寄り難い鋭い雰囲気を纏っており、息が詰まるような緊張感に顔を強張らせている士官も多い。若い士官のなかには畏怖を超えて恐怖になっている者もいるくらいだ。
 フェリクトールはそれらを一瞥し、内心ため息をついた。これは久しぶりの感覚だったのだ。
 当代魔王ハウストは聡明で寛大な魔王である。同胞である魔族を愛し、すべての魔族を救う為に実父である先代魔王に叛逆した。その後は戴冠し、優れた統治能力で魔界を治めている。
 当代魔王は時に強権を振るうこともあるが、多くの魔族に慕われ、この御世は歴代屈指の繁栄と栄光の時代になるだろうと仰がれていた。だがそれでも魔王とは畏れられる存在である。
 四界の王とは絶対的な力を持つ存在。それは畏怖の対象でもあり、魔王を恐れぬ者など世界に存在しない。それは当代魔王ハウストも例外ではなかった。
 しかし。

『ハウスト』

 透きとおるような声。名を呼ぶ響きは柔らかで、魔王の纏っていた鋭ささえ和ませる。
 当代王妃ブレイラが隣に寄り添って、そっと腕に手を掛ける。
 ただそれだけだ。それだけで、魔王の近寄り難かった空気が綻んで、緊張感で張り詰めていた空間に柔らかな木漏れ日が差す。
 全てはブレイラがハウストの側に寄り添うようになってからだ。
 今も本当なら魔王の隣には王妃がいるはずだった。
 ……気の毒に。フェリクトールは怯えを隠し切れない若い士官達に同情した。
 右手を血塗れにして魔界に帰ってきた魔王は、まるで氷の刃のような鋭さを纏っていた。他を制圧する威迫に誰もが恐れを抱いたのである。

「精霊界の大使から報告があった。精霊王も精霊族救助の為に五個部隊を人間界に派兵した。最高司令官は精霊王直属護衛長官ジェノキスだ」
「そうか」

 フェリクトールの報告に、ハウストは表情一つ変えず前を向いたまま頷く。
 そして回廊の先、高殿のテラスへの両扉が開かれた。
 高殿から一望できるのは広場に整列した数えきれないほどの兵士。
 ハウストとフェリクトールは高殿から整列した兵士たちを見下ろした。

「魔界からは人間界に陸軍二個師団、精鋭部隊から三部隊、魔法部隊と特殊部隊からそれぞれ二部隊だ。最高司令官だが、命令通り……君にしておいた」
「不服そうだな」
「たかだか人間界の揉め事に魔王が関わるとは……。本来なら将校級の任務だ。将軍か大隊長に任せる気はないのか」
「ない」

 即答したハウストにフェリクトールは渋面になった。
 そんなフェリクトールの反応にハウストは淡々と答える。

「心配するな、俺はブレイラを取り返しに行くだけだ。人間界の揉め事に深く関わるつもりはない」
「当然だ。王妃が囚われていなければ許していないよ。分かっていると思うが、くれぐれも」
「分かっている。イスラは俺の息子だが勇者の役割まで面倒見る気はない。人間界の平定は勇者がすべきことだ」

 たとえ人間界で武力衝突が勃発しようと、魔王の最優先事項は王妃を取り戻すことだけだ。戦火が燃え広がって人間同士の大戦になったところで魔界がそれに関わることはない。
 なによりイスラ自身も望まないだろう。イスラは王であることを受け入れ、その意義を知っている。
 今回の件で冥王まで動きだしたのは予想外だったが、悪くないことと思うことにした。ゼロスにとってこれは経験になるはずだ。
 ハウストは広場に整列する兵士たちを見回した。そして号令を轟かせる。

「皆、よく聞け!! 今、人間界の教団に魔界の妃と同胞が囚われている! 現在、妃が側で保護しているが、これは由々しき事態である!! 一刻も早く救出せねばならない!! 魔界に仇なす不届き者に、魔族に手を出せばどうなるか身をもって教えてやれ!!!!」

「オオオオオオオオオオッ!!!!!!!!」

 ハウストの堂々とした檄に、兵士たちが勇猛な声をあげる。
 大地を揺るがす返答にハウストは応えて頷いた。
 魔族にとって同族に危害を加えられることが最も許し難いことだ。
 ハウストは眼下の兵士たちをもう一度見回して踵を返す。人間界への進軍が始まるのである。
 昂揚する兵士の声を背中に聞きながら、ハウストはフェリクトールを従えて高殿を後にした。
 今、隣にブレイラの姿はない。
 いつもならハウストの隣に寄り添い、静かながらも凛として立っている。
 でもハウストが戦いに赴く時だけは、その気丈な面差しに物憂げな色を宿す。
 心配などいらないのに、必ずブレイラの元に帰るのに、ブレイラの琥珀の瞳に切なさが帯びてしまう。

『ご武運を』

 それでもブレイラは祈るように言葉を紡ぐ。
 ハウストはそれが好きだった。ブレイラが憂える原因は自分だと分かっている。でもだからこそ、ブレイラの心がこの手中にある実感に昂ぶった。
 しかし今はそれがない。ある筈のものがない。それはハウストにとって許し難いことである。
 そんなハウストの外からは見えない憤怒にフェリクトールだけは気付く。

「……その周囲を威圧する雰囲気はどうにかできないのか」
「いつもの見送りがない」
「そんなことで憤るとは情けない」

 フェリクトールは盛大に呆れたが、ふと仕返しを思いつく。魔王夫妻が無茶をする度に調整や尻拭いをしているのはフェリクトールなのだ。

「そんなに寂しいなら北離宮から誰か呼ぶかね。王妃の見送りと同じことをさせればいい」
「…………冗談でもやめろ」

 ハウストは心の底から苦い顔で答えた。
 ブレイラ不在時に北離宮に関わることはしたくない。これはハウストとブレイラの口約束だが、ハウストにとってはどんな誓約よりも重いものだ。
 なによりブレイラの替わりなどいるわけがない。フェリクトールもそれを分かっているくせにタチが悪い。

「フェリクトール、留守は頼んだ」
「承知した。……ああ、勇者に会ったら伝えておいてくれ。人使いが荒すぎると」
「イスラが何か頼んでいたか?」
「魔界に無理難題ばかり押し付ける。ここは魔界で自分が勇者だということを忘れているんじゃないかね?」
「俺の第一子だ」

 ハウストが喉奥で笑って答える。
 ハウストは面白そうに、でもどこか嬉しそうに目を細めた。
 それはハウストにとって悪い話しではなかったのだ。

「勇者は使えるものはなんでも使う性質だな。そういうところは君に似ている」
「それは悪かった」

 ちっとも悪いなどと思っていないハウストにフェリクトールは苦々しく舌打ちした。
 だが、それでも勇者が魔王ハウストと王妃ブレイラの第一子であることは宰相フェリクトールも承知している。

「勇者に依頼は完了したと伝えてくれ。あとは自分次第だと」
「分かった。伝えておこう」

 ハウストはそう答えると、魔界派遣軍の最高司令官として人間界に転移したのだった。

◆◆◆◆◆◆







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