上 下
32 / 35
第四章・憤怒の王バルドナード

地獄の七大盟主2

しおりを挟む
「分かっていただければよいのです。これからもみなの働きに期待しています」
「ああクレディアさまっ、勿体もったいない御言葉です……!」
「クレディア様の慈悲の心に癒される心地ですっ!」
「どうか我々のために祈ってくださいっ」

 聖女たちがうっとりした顔でクレディアを称えた。
 それにクレディアは優しく微笑して祈りを与える。

「私もみなを等しく愛していますよ。みなに神の御加護がありますように」

 クレディアの祈りに聖女たちは恍惚こうこつとした。
 聖女たちのため息と歓声を浴びながらクレディアが私を振り返る。

「さあロロットさんこちらへ。今から私の話し相手になってください」
「まだ今日の講義は終わってません」
「ロロット・カーデリア、行きなさい。クレディア様のお話しも立派な講義だ」

 講師が真面目な顔で言った。
 どうやらクレディアは老若男女関係なく魅了するようだ。崇拝すうはいぶりに若干引く。
 こうして講師の許可が下りて私も馬車に乗った。
 車内にはクレディアと私とギルタレス。
 馬車が動きだしてからクレディアが口を開く。

「呼び出してしまってごめんなさい。うまく誤魔化せたと思うのですが」
「ちっともうまく誤魔化せてません。冗談でキスなんてしないでください」
「ふふふ、ごめんなさい。あの場はあれくらいした方が分かってもらえると思って」
「そういう問題ですか」
「いいじゃないですか、悪魔とはしたんですよね」

 そう言ってニコリと微笑むクレディア。
 とても優しそうだけどいまいち何を考えているのか分からない。

「……知ってたんですか?」
「悪魔ってそういうものですから」

 クレディアはそう言うとギルタレスに顔を向ける。

「人間が悪魔の行動を制御せいぎょできるなんて大それたことは考えていませんが、ロロットさんはまだ十七歳なんです。よく考えてくださいね」
「悪魔になに考えさせるつもりだっての。だいたいなにが制御せいぎょできるなんて考えてねぇだ、これはなんだ」

 そう言ってギルタレスが自分の首を指差す。
 今は見えていないけれどそこには首輪。服従ふくじゅうの首輪だ。

「地獄の七大盟主がその気になればわずか数日で国が滅びます。そんな強大な力を持つ悪魔の前で我々人間はか弱い子羊、どうか哀れに思って許してください」
「ああ? ふざけてんのか」
「ふざけていませんよ。強欲の王を人間界で野放しにすることはできません。もちろん、これから門が開く王たちも」
「クレディア様、それは」
「はい、お察しのとおりです。地獄の七大盟主の一人、憤怒の王バルドナードの魔法陣が発見されました。あなたに門の解放を命じます」

 命令に緊張が高まる。
 憤怒の王バルドナード。どんな王なのか分からないけど強欲の王ギルタレスと同格の王ということだ。

「……断れば処刑、なんですよね?」
「ふふふ、選ぶのはロロットさんですよ。ご自由に」
「選択肢なんてないじゃないですか。……任務の詳細を話してください」
「ありがとうございます。受けてくれると思っていました」

 クレディアが嬉しそうに微笑んだ。
 この微笑はたくさんの信者を心酔させるものだけど、私にはただの胡散臭い微笑みだ。

「それで、どこで魔法陣が発見されたんですか?」
「国の南方にある辺境の領土です。辺境の都にあると報告がありました。急で申し訳ありませんが出発は明日でお願いします」

 クレディアはそう説明してくれたけど、……え、これ説明……?

「…………あの、他には? 他の情報もほしいんですが」

 魔法陣が都のどこにあるかとか、憤怒の王とはどんな王かとか、魔法陣は今どういう状況下にあるのかとか、もっといろいろ説明すべきことがあるはずだ。
 しかしクレディアは笑顔のまま首を横に振る。

「以上です」
「それだけしか分かってないってことですか? 辺境の都に偵察ていさつの聖女とかもぐり込ませているんですよね」
「もちろんです。以前から偵察部隊の聖女を潜り込ませていましたが、全員死にました」
「全員……?」
「そうです、魔法陣に接近した聖女は一人残らず殺されましたから」

 淡々と告げられた言葉。
 偵察部隊の聖女は悪魔討伐の戦闘力だけでなく、特殊な訓練を受けている特別な聖女たちだ。討伐部隊から選りすぐりの精鋭せいえいだけが所属できる部隊である。
 それなのに、その聖女たちは誰一人生還せいかんしてないのだという。
 クレディアは優しい面差しのまま私を見つめる。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...