【第一部・完結】毒を飲んだマリス~冷徹なふりして溺愛したい皇帝陛下と毒親育ちの転生人質王子が恋をした~

蛮野晩

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第27話 殿下と私

「うっ……ぅ」

 沈んでいた意識が浮上していく。
 重い瞼をゆっくり開けると、視界に映ったのは城にある私の寝所の天井でした。
 どうしてここに……。

「目を覚ましたのか」
「へ、陛下!」

 ガバリッ! 飛び起きました。
 枕元に陛下がいたのです。
 でもいきなり起きたので頭がくらりとしてしまう。
 倒れそうになったところを陛下に受け止められました。
 陛下の大きな手が私の肩を支えていて動揺してしまう。

「陛下……」
「まだ横になっていろ」
「も、もう大丈夫ですから……」
「駄目だ。ベッドにいろ」

 陛下はそう言うと私の背中にクッションを置いてくれました。
 思わぬ気遣いに困惑してしまう。
 でもそれどころではありません。私は殿下を危険な目に遭わせたのです。

「陛下、殿下は大丈夫ですか!? 殿下は今どこにっ」
「エヴァンなら心配ない。今は部屋で休んでいる」
「そうですか……」

 あの時、私は殴られて意識を失ってしまいました。
 殿下はまだ幼い子どもです。あんな場面は見せてはいけないものでした。

「……あのあと何があったんですか。教えてください」
「男は護衛兵に捕縛された。今は収監している」
「収監……」

 息を飲みました。
 どうやら殿下の護衛兵がすぐに男を取り押さえたようでした。
 私は小さく息を吐く。そして陛下に向き直りました。

「陛下、今回の騒動は私の責任です。大変申し訳ありませんでした。なんなりとご処分ください。どんな処分でも謹んでお受けいたします」

 深く頭を下げました。
 殿下を危険な目に遭わせたのは私の落ち度です。

 そして今、私は重ねて許されないことをします。

 私はゆっくりベッドを降りました。

「マリス……?」

 陛下が困惑した顔になる。
 でも私は構わずに陛下の前で両ひざをつくと、両手を床について頭をさげました。
 
「マリス!」

 驚いた陛下がとがめるような声をあげます。
 でも私は頭を下げたまま首を横に振って、許されない懇願こんがんをします。

「コリンのお父さまを釈放しゃくほうしてくださいっ。あれは腕がぶつかっただけの事故なんです! どうかっ、どうかよろしくお願いいたします……!」

 正直、あの男の安否など私には関係ありません。どうでもいいです。
 でも、あのような男でもコリンの父親なのです。
 コリンの目の前で捕縛されて連行されたのでしょう。その光景はコリンの心に刻まれてしまっているはず。だからどうか、どうかっ……!

「陛下、お願いします! 事故なんです! だからどうか釈放しゃくほうしてあげてください!!」

 私は必死にお願いしました。
 陛下の視線を痛いほど感じます。
 縮こまってしまいそうな威圧感に呼吸がうまくできません。
 重い沈黙が落ちました。
 でも少しして陛下が口を開きます。

「……もういい、顔をあげろ。暴漢に襲われたお前を処罰するつもりはない」
「そ、それなら」
「だが、あの男はそれなりの処罰を受けてもらう。お前に暴行した。それを許すことはできない」
「陛下! そう言わず、っ」

 追いすがろうと顔をあげて、言葉が詰まりました。
 言葉が続けられなかったのです。

 陛下は怒っていました。

 声を荒げるでもなく、憤怒で荒れるでもない。でも嵐の前の静けさのような静謐せいひつな怒りをまとっていたのです。
 私は言葉がでてこない。陛下の怒りの前ではどんな言葉も届かない気がして、恐ろしくて。

 でも少ししてバタバタと子どもの足音が近づいてきます。
 バタンッ!

「マリス、目がさめたのか!」

 寝所に飛びこんできたのはエヴァン殿下でした。
 殿下は私を見ると泣きそうな顔になります。でもグッと唇を噛みしめると私のもとに駆け寄ってきて、飛びつくように抱きついてきます。

「マリス、マリス、大丈夫か? どこか痛いところは!? どうしてぼくを庇ったんだバカ!!」
「で、殿下……」

 ぎゅ~っと強く抱きつかれて困惑してしまう。
 私は少し迷うように両手をさまよわせましたが、意を決してぎゅっと抱きしめました。

 ああ……、ため息が漏れましたよ。

 抱きしめた瞬間、両腕が甘いぬくもりに満ちて心が安堵で満たされたのです。
 怪我はしていないのですね。よかったです。ほんとうに。

「殿下、あなたがご無事でなによりです」
「でもマリスがなぐられた……!」

 殿下はその時のことを思い出したのか、顔を怒りでいっぱいにしてしまう。
 そして陛下に嘆願します。

「兄上、あの男を処刑してください! あいつはマリスを殴ったんだから暴行罪です! 不敬罪もあわせたら、こんなの処刑でもたりません!!」
「殿下、そんなことを言ってはいけません!」
「どうしてだ! あいつはマリスをなぐったし、ひどいこと言ったんだ! 許しちゃダメだ!!」
「殿下、どうか落ちついて……」

 癇癪かんしゃくを起こしたように怒鳴る殿下に困惑しました。
 生意気なところがある子どもですが、こんなふうに感情を荒れさせることはなかったのです。
 動揺してしまいましたが、殿下は瞳にいっぱいの涙をにじませていました。
 その涙に胸がしめつけられる。痛いです。あなたの涙に、胸がいたい。

 ……あなた、怖かったのですね。怯えているのですね。

 無理もありません。あなたはまだ八歳の子どもなんですから。

「ごめんなさい。殿下に怖い思いをさせました。ごめんなさい」
「どうしてマリスが謝るんだ!」
「私が簡単に殴られたりしなければ、殿下をこんなに悲しませませんでした。ごめんなさい」
「っ、マリス……」

 私は安心させるように笑いかけます。
 そして手を殿下の頭に乗せました。いいでしょうか、なでなでしても。いいでしょうか。
 身分を思って躊躇ちゅうちょしました。
 でも慰めてあげたい気持ちに突き動かされて、……なでなで。なでなで。

「ぅっ、まりす……」

 殿下が震える声で私の名を呟きました。
 殿下の瞳がまんまるになって、かわいいですね。あなた、とてもかわいい。

「私はもう大丈夫です。殿下が守ってくれました。あの時の殿下の御姿はとてもかっこよかったですよ」
「…………かっこよかった?」
「はい、とても」

 私が笑顔で頷くと、殿下がまたぎゅっと抱きついてきました。
 なでなで。私は殿下をまたなでなでしてあげます。
 すると殿下は気持ちよさそうに目を細めて、あなた、やっぱりかわいい。

「マリスは、……ぼくが、……好きなのか?」
「好きですよ」
「…………いっぱい、いじわるしたのに?」
「はい。私にどんないたずらをしようかとうんうん悩んでいる殿下はかわいかったですよ」
「マリス……。…………さっき、ぼくのことかっこいいって言ったばっかだろ」
「ふふふ、そうでした。うんうん悩んでいる殿下はかっこよかったです」

 私は小さく笑って答えました。
 私は敗戦国の人質として帝国にきたというのに、殿下は出会ったときから私を見ていましたね。
 もちろんそれは私をどんなふうに困らせてやろうかと考えていただけだとわかっています。でもね、それって私が殿下の目に映っていたということ。
 殿下の前で私は一度も亡霊になったことはありません。
 そんなあなたを、私が好きにならないはずないじゃないですか。

「殿下」
「……なんだ」

 殿下がおずおず顔をあげました。
 私は殿下を見つめて優しくほほ笑みます。

「殿下、私を守ってくれてありがとうございました。殿下のおかげで私は今もこうしているんです」

 そう言いながら私はハンカチで殿下の目元を拭いてあげました。
 よかった。もう泣いてはいませんね。

「……うん。マリス、ぼくのおかげだぞ」
「はい、殿下のおかげですね」
「うん!」

 元気にうなずいてくれました。
 私たちは近い距離で見つめあって、二人して小さく笑いあいます。

「エヴァン、そろそろ部屋に戻れ。マリスはもう少し休ませる」

 陛下が殿下に声をかけました。
 殿下は名残り惜しそうでしたが、「わかりました……」と素直に返事をします。さすがに陛下の言葉には逆らいません。
 殿下は私から渋々離れます。
 寝所の扉に向かって歩いているあいだも何度も振り返ってくれました。
 寝所を出る間際、最後にまた振り返ります。

「マリス」
「なんでしょうか」
「…………ぼくはエヴァンだ。エヴァンと呼べ」
「……エヴァン様?」
「そうじゃないっ。エヴァンだ! わかったな!?」
「ええっ、エヴァン様!?」
「エ・ヴァ・ン!!」

 これって『様』をつけるなということですよね?
 困惑するけれど、殿下は今にも地団駄を踏みそうな様子で待っています。
 仕方ありません。本人がそう呼べというなら……。

「…………エヴァン」

 瞬間、エヴァンの顔がパァッと輝きます。
 エヴァンは「ん!」と照れくさそうな顔でうなずくと寝所から出て行きました。

 扉がパタンと閉じて、寝所にはまた陛下と二人きりになりました。


「あいつはお前のことがそうとう気に入ったようだな」
「恐れ入ります……」

 私は困惑しつつも返事をしました。
 驚きましたがエヴァンの素直な好意は嬉しいものです。
 エヴァンがいたことで私と陛下のあいだにあった張り詰めた空気も軟化していました。

「俺も政務に戻る。お前は今日は休んでいろ」

 陛下はそれだけを言うと寝所を出て行きました。
 私は一人になって、ほっと息をつきました。
 いろいろありましたが一人になってようやく緊張が解けます。
 でも今、陛下は『政務に戻る』と言いました。
 しかも私が目覚める前からここにいたようなのです。
 もしかして、ずっと待っていたのでしょうか。私が目覚めるのを、ずっと……。
 そこまで考えて頭を振って否定します。
 そんなはずありません。陛下は多忙なのです。そんなことするはずがありません。
 でも、でももしそうなら……。

「っ……」

 私はベッドに潜って頭から布団をかぶります。
 胸の奥に封じた恋心が甦ってしまいそうで、無理やり抑え込みました。





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