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第一章:見てはいけないものを見てしまった
4:説明不足で意味不明
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「さて、結論から話すと、しばらく君のことを監視することになると思う」
げほっ。
飲みかけのお茶で、思い切りむせてしまった。わたしがせき込んでいると、隣に座っている瞳子さんがそっと背中をさすってくれる。
「ちょっと、一郎。もっと他に伝え方があるでしょ」
「どう言い繕ったとしても、結論は変わらないだろうが」
「いきなり監視なんて物騒な言い方をしなくてもいいでしょ。見守るとか、あるでしょ! いろいろと言い回しが!」
瞳子さんは教授に強気の姿勢である。助手というよりは、まるで対等な関係のお友達に近い。助手になる前からの知り合いだろうか。
「心の専門家のくせに、全くデリカシーがないんだから!」
ぶつぶつと悪態をつく瞳子さんに、わたしは「もう大丈夫です」と顔をあげた。
思わずお茶で溺れかけたけど、どういうことだろう。
「あの、そもそもどうしてわたしを監視する必要が?」
これといって悪い事をした覚えもない。
あ、もしかして。
「このお姫様を見たからですか?」
「うん、そうだね」
教授はにこやかだけど、さっきから先輩は隣で黙り込んでいる。
「もしかして、このお姫様が先輩の婚約者だったり? 何か訳ありだったりしますか?」
お姫様の知られてはいけない隠密行動だったのかな。外部に知られると国際問題になったりするとか。
「早坂、俺には幼女趣味はない」
黙り込んでいた先輩がずれた訴えで口を開いた。
「いえ、先輩。そういう意味じゃなくて、昔から決められていた婚約者とか、そういう意味です」
「こんな場違いなお姫様と俺が?」
はぁっと時任先輩がため息をついた。
「次郎、あやめちゃんには分からなくて当然だろ。彼女にとっては、ただの外国のお姫様にしか見えないんだから」
「違うんですか?」
「そうだね。事情は語れないけど、俺達には役割があって、その任務の都合上、彼女の事は超極秘事項なんだ。誰にも知られてはいけない存在。でも、運悪くあやめちゃんは見てしまった」
「でも、別に事情を知っているわけでもないし、誰にも話しませんけど」
「もちろん、それは約束してほしい。もし破ったら君が危ない」
「え?」
「一郎! またそんな物騒な言い方をして!」
「仕方ないだろう。嘘はつけない」
「だから、言い方があるでしょ!」
「あ、あの、私は大丈夫なので! お二人の仲が険悪になるのは胸が痛いです」
「ほんとに!」
先輩も呆れたように同意している。
「犬も食わない何とかって言うけど、今は早坂に事情を説明するのが先だろ」
「まてまて、次郎。そもそも誰のせいでこんなことになったと思っているんだ」
「そんなの不可抗力だろ」
「あの!」
わたしは時任兄弟の言い合いを止めようと間に入った。むくりと立ち上がっていた好奇心にまかせて教授と瞳子さんを交互に見る。犬も食わないなんとか。それってーー。
「時任教授と瞳子さんは恋人同士なんですか?」
それなら教授と助手らしくない二人の様子もうなずける。
「違います」「そうだよ」
帰ってきたのは真逆の返答。あれ? 恋人同士じゃない? ものすごくつっこみにくい。
「えっと? 時任教授の片思い、ですか?」
教授は「うーん」と唸る。
「瞳子は俺の婚約者だから、普通は恋人でもあるよね」
「ええ!? 婚約者?」
そういえばちらっとテレビでそんな報道が流れたことがあるような。お相手は一般人とかなんとか。
ああ、でも美男美女でとってもお似合い。
「私は恋人ではありません! 私と一郎の婚約はただの政略的なものです!」
「ーーじゃあ、俺の片思いということで」
「口先だけの愛はいりません」
瞳子さんがぴしゃりと言い放つ。でもこんなに気心の知れた感じなら、気持ちが通じ合っているようにも感じる。
「でも、お二人はお似合いだと思います」
素直に伝えると、瞳子さんは苦虫をかみつぶしたような顔になり、教授の顔はぱっと明るくなった。
「もう一回言って、あやめちゃん!」
瞳子さんとは違い、すごく嬉しそう。これは相当好きなんだな。とってもわかりやすい反応。教授ってば、なんだか可愛い人だな。
「時任教授と瞳子さんは、とてもお似合いだと思います」
お世辞でも何でもなくそう思う。憎まれ口をたたきあえる距離感も微笑ましい。
「ありがとう、あやめちゃん。理解者ができてうれしい。俺のことは一郎でいいよ」
え? 天下の時任教授のことを? そんな恐れ多い。
「い、一郎さん、ですか?」
「いいね、その調子! 俺達に気遣いは無用だよ。話を戻すけど、さっき君のことを監視するって言ったけど、嘘じゃない。まぁそれは、見守るためでもある。だから、今日から君は便宜上しばらく俺の助手としてここに住むことになる。どうせなら、俺達のことを臨時の家族だとでも考えてほしい」
「は、はぁ!?」
「もちろん君のご家族にも、きちんと筋を通す。まぁ、本当の事情は語れないけど。体裁は繕うから心配しないで」
「え? え?」
突然、なにを宣告されたんだろう。何かとんでもないことをあっさりと決められた気がするんですけど。
どうしてお姫様を見ただけで、そんなことになってしまうのか。全く意味がわからない。
わけが分からなくて、隣の瞳子さんに助けを求めると、彼女も労わるような眼でほほ笑んだ。
「大丈夫よ、あやめちゃん。ここには私もいるから安心してね」
違う、問題はそこじゃない! いや、たしかに外泊するなら女性の存在は偉大だけど、そもそも不安の定義がずれている。とにかく途轍もなく全てが説明不足だ。
げほっ。
飲みかけのお茶で、思い切りむせてしまった。わたしがせき込んでいると、隣に座っている瞳子さんがそっと背中をさすってくれる。
「ちょっと、一郎。もっと他に伝え方があるでしょ」
「どう言い繕ったとしても、結論は変わらないだろうが」
「いきなり監視なんて物騒な言い方をしなくてもいいでしょ。見守るとか、あるでしょ! いろいろと言い回しが!」
瞳子さんは教授に強気の姿勢である。助手というよりは、まるで対等な関係のお友達に近い。助手になる前からの知り合いだろうか。
「心の専門家のくせに、全くデリカシーがないんだから!」
ぶつぶつと悪態をつく瞳子さんに、わたしは「もう大丈夫です」と顔をあげた。
思わずお茶で溺れかけたけど、どういうことだろう。
「あの、そもそもどうしてわたしを監視する必要が?」
これといって悪い事をした覚えもない。
あ、もしかして。
「このお姫様を見たからですか?」
「うん、そうだね」
教授はにこやかだけど、さっきから先輩は隣で黙り込んでいる。
「もしかして、このお姫様が先輩の婚約者だったり? 何か訳ありだったりしますか?」
お姫様の知られてはいけない隠密行動だったのかな。外部に知られると国際問題になったりするとか。
「早坂、俺には幼女趣味はない」
黙り込んでいた先輩がずれた訴えで口を開いた。
「いえ、先輩。そういう意味じゃなくて、昔から決められていた婚約者とか、そういう意味です」
「こんな場違いなお姫様と俺が?」
はぁっと時任先輩がため息をついた。
「次郎、あやめちゃんには分からなくて当然だろ。彼女にとっては、ただの外国のお姫様にしか見えないんだから」
「違うんですか?」
「そうだね。事情は語れないけど、俺達には役割があって、その任務の都合上、彼女の事は超極秘事項なんだ。誰にも知られてはいけない存在。でも、運悪くあやめちゃんは見てしまった」
「でも、別に事情を知っているわけでもないし、誰にも話しませんけど」
「もちろん、それは約束してほしい。もし破ったら君が危ない」
「え?」
「一郎! またそんな物騒な言い方をして!」
「仕方ないだろう。嘘はつけない」
「だから、言い方があるでしょ!」
「あ、あの、私は大丈夫なので! お二人の仲が険悪になるのは胸が痛いです」
「ほんとに!」
先輩も呆れたように同意している。
「犬も食わない何とかって言うけど、今は早坂に事情を説明するのが先だろ」
「まてまて、次郎。そもそも誰のせいでこんなことになったと思っているんだ」
「そんなの不可抗力だろ」
「あの!」
わたしは時任兄弟の言い合いを止めようと間に入った。むくりと立ち上がっていた好奇心にまかせて教授と瞳子さんを交互に見る。犬も食わないなんとか。それってーー。
「時任教授と瞳子さんは恋人同士なんですか?」
それなら教授と助手らしくない二人の様子もうなずける。
「違います」「そうだよ」
帰ってきたのは真逆の返答。あれ? 恋人同士じゃない? ものすごくつっこみにくい。
「えっと? 時任教授の片思い、ですか?」
教授は「うーん」と唸る。
「瞳子は俺の婚約者だから、普通は恋人でもあるよね」
「ええ!? 婚約者?」
そういえばちらっとテレビでそんな報道が流れたことがあるような。お相手は一般人とかなんとか。
ああ、でも美男美女でとってもお似合い。
「私は恋人ではありません! 私と一郎の婚約はただの政略的なものです!」
「ーーじゃあ、俺の片思いということで」
「口先だけの愛はいりません」
瞳子さんがぴしゃりと言い放つ。でもこんなに気心の知れた感じなら、気持ちが通じ合っているようにも感じる。
「でも、お二人はお似合いだと思います」
素直に伝えると、瞳子さんは苦虫をかみつぶしたような顔になり、教授の顔はぱっと明るくなった。
「もう一回言って、あやめちゃん!」
瞳子さんとは違い、すごく嬉しそう。これは相当好きなんだな。とってもわかりやすい反応。教授ってば、なんだか可愛い人だな。
「時任教授と瞳子さんは、とてもお似合いだと思います」
お世辞でも何でもなくそう思う。憎まれ口をたたきあえる距離感も微笑ましい。
「ありがとう、あやめちゃん。理解者ができてうれしい。俺のことは一郎でいいよ」
え? 天下の時任教授のことを? そんな恐れ多い。
「い、一郎さん、ですか?」
「いいね、その調子! 俺達に気遣いは無用だよ。話を戻すけど、さっき君のことを監視するって言ったけど、嘘じゃない。まぁそれは、見守るためでもある。だから、今日から君は便宜上しばらく俺の助手としてここに住むことになる。どうせなら、俺達のことを臨時の家族だとでも考えてほしい」
「は、はぁ!?」
「もちろん君のご家族にも、きちんと筋を通す。まぁ、本当の事情は語れないけど。体裁は繕うから心配しないで」
「え? え?」
突然、なにを宣告されたんだろう。何かとんでもないことをあっさりと決められた気がするんですけど。
どうしてお姫様を見ただけで、そんなことになってしまうのか。全く意味がわからない。
わけが分からなくて、隣の瞳子さんに助けを求めると、彼女も労わるような眼でほほ笑んだ。
「大丈夫よ、あやめちゃん。ここには私もいるから安心してね」
違う、問題はそこじゃない! いや、たしかに外泊するなら女性の存在は偉大だけど、そもそも不安の定義がずれている。とにかく途轍もなく全てが説明不足だ。
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