次元境界管理人 〜いつか夢の果てで会いましょう〜

長月京子

文字の大きさ
9 / 59
第二章:未知との遭遇

9:真夏の光景

しおりを挟む
 じわじわとセミの鳴き声が聞こえる。蒸し暑い夏の午後。背負ったリュックで背中が群れる。
 足元に目を向けると、白い運動靴が目にはいる。何の面白みもない学校指定の白いソックス。

 ああ、とわたしは気づく。これは夢だ。
 繰り返し見る、後味の悪い夢。

 大通りで一棟のビルが改装工事をしている。高く組みあげられた足場と、粉塵を巻き散らさないように張られたネット。
 警備員らしき人が、気を配りながら人通りを誘導している。

 駄目。このまま歩いて行っちゃいけない。とても嫌なことが起きるから。

 駄目、駄目。止まれ、止まれ!

 懸命に成り行きを変えようと試みるわたしの意識は、世界に反映されない。
 ゴオンと大きな音がする。

 大通りを行き交う人々の喧騒に、小さく悲鳴が飛び交う。
 わたしはようやく立ち止まった。

(ーーっ!)

 突然、すごい勢いで突き飛ばされる。あまりの勢いを受け止めきれず、まるでその場から飛び上がるようにして、道路に転がった。行き交う人達が立ち止まり、悲鳴をあげている。

 ガアンと耳をつんざくような衝撃音で、一瞬意識が飛んだかもしれない。

(救急車!)

(まだ生きてる!)

(動かすな!)

 転げるようにしてその場に倒れた私に手を差し伸べるのは、知らない会社員っぽい男性。

(君は大丈夫か?)

 顔はよく覚えていないけれど、男性は切羽詰まっているように見えた。わたしはその人の手を借りて立ち上がり、制服のスカートをはたこうとして、ぎくりと身じろぐ。

 視界の端に、不吉な色が滲んだ。

 赤い。

 日差しでしろっぽくけぶる世界。アルファルトが溶けそうな真夏の情景に、あまりに場違いな赤。
 視界に入って来た光景に、わたしの心は凍り付く。

(ーーーーっ!)

 絶叫した。

 倒れているのは、私と同年代か少し上くらいの男の子だった。違う学校の制服を着ているけれど、大きな鉄骨と並ぶようにして倒れている。

 誰に教えられたわけでもなく、わたしは理解する。
 自分を突き飛ばしたのは彼だと。
 助けてくれたのだ。

 そして。

 男の子は落ちてきた鉄骨に腕が挟まれている。もう千切れてしまっているのではないか。腕の長さが不自然だった。
 彼が私の身代わりになってしまった。

「あやめ、泣かないで」

 その場に突っ伏して泣きじゃくっていると、そっと肩を叩かれた。

「これは夢だから、大丈夫」

 そう、夢。これは夢だ。繰り返し見る後味の悪い夢。

 いつも通りに夢が終わらない。いつもならここで目覚めるのに。起きると涙でぐっしょりと顔を濡らして、全身が汗ばんでいるはずだった。

「これは夢。でも、目覚めればそこからは現実。大丈夫、あやめは正しいよ。何もおかしくはないから、それだけは覚えいていて」

「次郎君?」

 上体を起こして振り返ると、次郎君が立っていた。「大丈夫」とほほ笑んでいる。
 手を握られると、とてもほっとした。

 真夏の光景が、遠ざかる。





 ハッと目覚めると、さっきまで見ていた次郎君の顔がすぐそこに迫っていた。

「わ!」

 驚いて距離を取ろうとすると、しっかりと手を握られていることに気付く。夢の中でわたしを励ましてくれた次郎君と同じ。ああ、だからいつもの続きにあんな夢が加わったのか。

「あやめ、大丈夫?」

「え、えっと――?」

 一瞬で頬に熱がこみ上げるのを感じながら、辺りを確認する。ここは一週間ほどお世話になっているわたしの部屋だった。教授のフロアにはたくさん部屋があるようで、一室がわたしに貸し出されている。瞳子さんが飾ってくれたお花が、白いだけの室内を彩ってくれていた。

 いったいどういう状況なのかと、次郎君に手を握られたまま考える。冷静になろうと努めるけれど、次郎君に握られている手を意識してしまい、心臓がドキドキしてしまう。ベッドで眠っていたようだけど、レースカーテンごしに見える窓の外は、茜に暮れていこうとしている様子だった。

「次郎君……」

 眠りに落ちる前のような混乱がない。嘘のように心が安定している。ざっと成り行きの整理に成功したので、不安そうにわたしの顔をみている次郎君に笑ってみせた。

「わたしは大丈夫です。でも、わからないことがあって……」

 お姫様をみた途端に蘇った記憶。まるで自分の世界を捻じ曲げられたように、全てが不安定に感じられて、とても居心地がわるかった。

「わたしはお姫様を見たから、一郎さんに監視されていたんですよね?」

 いまなら夢と現実の区別がつく。だからこそ、ここに至るまでの経緯を忘れていたことが信じられない。

「ちょっと失礼」

 コンコンと開けっぱなしの扉を叩いて、一郎さんが立っていた。

「説明は俺からするよ。入っていいかな、あやめちゃん」

「あ、はい!――っていうか、わたしがそっちの部屋へ行きます」

 この部屋には必要最低限の家具しかない。いま次郎君が座っている椅子以外には、座れるものもないのだ。

 隣にはすっかり見慣れて馴染んでしまった憩いのリビングルームがある。そちらで話を聞く方が良い。わたしはベッドを降りて移動した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと - 〇  

設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡ やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡ ――――― まただ、胸が締め付けられるような・・ そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ――――― ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。 絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、 遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、 わたしにだけ意地悪で・・なのに、 気がつけば、一番近くにいたYO。 幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい           ◇ ◇ ◇ ◇ 💛画像はAI生成画像 自作

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...