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第二章:未知との遭遇
8:お姫様を見た記憶
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夢見心地で食卓を囲んでいると、ふいにつんと背後から袖を引っ張られる。
「わたくしもお腹が空きました」
「え!?」
振り返ると、そこには欧州系のお顔をした幼い美少女が立っていた。くるんとした癖のある眩いばかりの金髪に青い瞳。小さな両腕には、しっかりとピンクのカバのぬいぐるみを抱えている。わたしがはじめてここに来た時に見た、ピンクのぬいぐるみ。ふっくらとした愛嬌のある顔をした、カバのぬいぐるみ。
「あれ?」
洋服が動きやすそうなワンピースに変わっているけれど、間違いない、いつか見たお姫様だ。
「お姫様!? どうしてこんなところに!?」
「ジュゼット!!」
背後から、瞳子さんの驚愕を含んだ呼びかけがあった。「あ!」という声と共に、がたんと次郎君が立ち上がる音もする。わたしは目の前の美少女から目を離せない。
「本当に、あの時のお姫様?……」
なんだろう、おかしな感覚。いつか見た、中世風の豪奢なドレスを着たお姫様。たしかに私は彼女を知っている。見たことがある。
「知ってる、のに」
でも、思い出せない。どんな経緯でどこで会ったのだったかな。もしかして次郎君のそっくりさんと同じで夢の中で見たのだろうか。
「美味しそうな匂いがします」
卓上の料理を見て、美少女は微笑む。この声も、やっぱり聞き覚えがある。
ーーお離しなさい!
あれは特殊棟の什器保管室じゃなかっただろうか。保管室をのぞくと、豪奢なドレスを着たお姫様がいた。咄嗟に演劇部の稽古と勘違いをしたわたし。
お姫様と一緒に時任先輩もいて、そのまま要塞まで連れてこられて、時任教授に会った。
一週間前、わたしはよくわからないままここに来た。瞳子さんとも出会った。そして、わたしは一郎さんに何かを言われた。
ーーしばらく君のことを監視することになると思う。
覚えている。とてつもなく物騒なことをいう一郎さんと、それを責める瞳子さん。
あれ? おかしい。こんなにもはっきりと思い描けるのに、つい数日前のことなのに、すっかり忘れていた。これは現実にあったことだろうか。それとも夢で見た光景?
ーー今日から君は便宜上しばらく俺の助手としてここに住むことになる。
そうだった。わたしは大学の意向で時任教授の助手をするという体験学習に選ばれたんじゃない。それは後付けの理由だ。
どうして思い込んでいたんだろう。自分の記憶なのに、こんなにも綺麗に忘れていたなんて。
「やっぱり、全部夢?」
夢だと思った方が辻褄があいそうだけど、目の前には同じお姫様がいる。
「トーコ、わたくしも食事にしてください」
慌てたように駆け寄ってきた瞳子さんに身を寄せて、お姫様が甘えている。
「ジュゼット、どうやって出てきたの?」
「カバさんのぬいぐるみにお願いしたら、開けてくれました」
「ーーそんな。……一郎が鍵をかけ忘れたのかしら」
瞳子さんとお姫様のやり取りを見ている間にも、まるで記憶が巻き戻るように、次々と一週間前の情景が脳裏に浮かぶ。
わたしが忘れていたのか、それとも夢なのか。わからない。あまりにも心もとない記憶が恐ろしくなる。何が本当のことなのか判断できない。血の気の引くような不安に襲われる。
「あやめ?」
混乱する私の顔をのぞき込む次郎君。琥珀色の瞳に戸惑う私の影が見える。
「わたし、夢を見てたのかな?」
「え?」
「それとも、今が夢の中なのかな? わたしが次郎君と付き合うなんて、よく考えたらおかしいし」
「何もおかしくないよ!」
「わたしの頭、おかしくなったのかも」
「大丈夫だよ! おかしくない! しっかりして、あやめ! 全部本当のことだから!」
次郎君が一生懸命わたしを認めてくれるけれど、それすらも現実なのかどうかわからない。記憶ってこんなにも心もとないものだったのかな。わたしは今どこにいるんだろう。現実? それとも夢の中?
わからない。ここにいるということに自信が持てない。
脳裏に浮かぶ一週間前の情景。たしかな記憶のはずなのに、とても恐ろしい気持ちになる。
手に汗が滲んで、何でもない鼓動を苦しく感じる。
怖い。
頭を抱え込んでいると、ハッとしたように次郎君が身動きする気配がした。
「イチロー!」
お姫様の呼びかける声がする。どうやら一郎さんがやってきたようだ。
「ジュゼット、やはりここだったか。予感はしていたけど」
落ち着いた一郎さん声。対照的に、まるで怒っているかのように、次郎君の大きな声がする。
「兄貴! いったい、どうなっているんだよ。どうして、まだ彼女がここに残っているんだ!?」
「次郎。――実は、ジュゼットを戻せない。ここ数日何度も試みたが駄目だ。彼女を戻すことができない」
「はぁ!? こんなことになって、もうとりかえしがつかない!」
「落ち着け、次郎」
「落ち着けるわけないだろ!」
「彼女を戻せないのは、管理局側のミスだ。そうであれば、こちらにペナルティはない。ジュゼットが戻れば、もう一度復元されるだけだ」
「でも、いつ戻れるわけ? こんなこと今までにあった? このままじゃ、あやめの心がもたない!」
「現状はおそらく管理局にとっても不測の事態だ。いずれ復元されるなら、それまでは本当のことを知っていても問題はないだろう」
「ーー本当に?」
「ああ、問題はない。……それに、彼女の場合は最悪おまえの配偶者にすればいい。どうやら両想いのようだから、おまえがあやめちゃんを大切にすれば問題はない」
「いきなり結婚を前提に付き合うわけないだろ!」
「管理局に黙認されるには、それしかない」
「俺と兄貴を一緒にするなよ!」
「心外だな。まぁ、とにかくーーあやめちゃん」
ふいにポンと肩をたたかれた。ゆっくりと視線を動かすと一郎さんと目が合った。
「混乱しているね。無理もないか。ーー少し眠って。そしたら落ち着く。目が覚めたら、きちんと説明してあげるから」
何が現実で何が夢なのか。虚実の見分けがつかない。心が不安定でとても不安だった。
「ごめんね」
一郎さんの申し訳なさそうな声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じる。脳裏を行き交う記憶が、ゆっくりと暗闇に沈んでいく。抗いようもなく、わたしは眠りに引き込まれた。
「わたくしもお腹が空きました」
「え!?」
振り返ると、そこには欧州系のお顔をした幼い美少女が立っていた。くるんとした癖のある眩いばかりの金髪に青い瞳。小さな両腕には、しっかりとピンクのカバのぬいぐるみを抱えている。わたしがはじめてここに来た時に見た、ピンクのぬいぐるみ。ふっくらとした愛嬌のある顔をした、カバのぬいぐるみ。
「あれ?」
洋服が動きやすそうなワンピースに変わっているけれど、間違いない、いつか見たお姫様だ。
「お姫様!? どうしてこんなところに!?」
「ジュゼット!!」
背後から、瞳子さんの驚愕を含んだ呼びかけがあった。「あ!」という声と共に、がたんと次郎君が立ち上がる音もする。わたしは目の前の美少女から目を離せない。
「本当に、あの時のお姫様?……」
なんだろう、おかしな感覚。いつか見た、中世風の豪奢なドレスを着たお姫様。たしかに私は彼女を知っている。見たことがある。
「知ってる、のに」
でも、思い出せない。どんな経緯でどこで会ったのだったかな。もしかして次郎君のそっくりさんと同じで夢の中で見たのだろうか。
「美味しそうな匂いがします」
卓上の料理を見て、美少女は微笑む。この声も、やっぱり聞き覚えがある。
ーーお離しなさい!
あれは特殊棟の什器保管室じゃなかっただろうか。保管室をのぞくと、豪奢なドレスを着たお姫様がいた。咄嗟に演劇部の稽古と勘違いをしたわたし。
お姫様と一緒に時任先輩もいて、そのまま要塞まで連れてこられて、時任教授に会った。
一週間前、わたしはよくわからないままここに来た。瞳子さんとも出会った。そして、わたしは一郎さんに何かを言われた。
ーーしばらく君のことを監視することになると思う。
覚えている。とてつもなく物騒なことをいう一郎さんと、それを責める瞳子さん。
あれ? おかしい。こんなにもはっきりと思い描けるのに、つい数日前のことなのに、すっかり忘れていた。これは現実にあったことだろうか。それとも夢で見た光景?
ーー今日から君は便宜上しばらく俺の助手としてここに住むことになる。
そうだった。わたしは大学の意向で時任教授の助手をするという体験学習に選ばれたんじゃない。それは後付けの理由だ。
どうして思い込んでいたんだろう。自分の記憶なのに、こんなにも綺麗に忘れていたなんて。
「やっぱり、全部夢?」
夢だと思った方が辻褄があいそうだけど、目の前には同じお姫様がいる。
「トーコ、わたくしも食事にしてください」
慌てたように駆け寄ってきた瞳子さんに身を寄せて、お姫様が甘えている。
「ジュゼット、どうやって出てきたの?」
「カバさんのぬいぐるみにお願いしたら、開けてくれました」
「ーーそんな。……一郎が鍵をかけ忘れたのかしら」
瞳子さんとお姫様のやり取りを見ている間にも、まるで記憶が巻き戻るように、次々と一週間前の情景が脳裏に浮かぶ。
わたしが忘れていたのか、それとも夢なのか。わからない。あまりにも心もとない記憶が恐ろしくなる。何が本当のことなのか判断できない。血の気の引くような不安に襲われる。
「あやめ?」
混乱する私の顔をのぞき込む次郎君。琥珀色の瞳に戸惑う私の影が見える。
「わたし、夢を見てたのかな?」
「え?」
「それとも、今が夢の中なのかな? わたしが次郎君と付き合うなんて、よく考えたらおかしいし」
「何もおかしくないよ!」
「わたしの頭、おかしくなったのかも」
「大丈夫だよ! おかしくない! しっかりして、あやめ! 全部本当のことだから!」
次郎君が一生懸命わたしを認めてくれるけれど、それすらも現実なのかどうかわからない。記憶ってこんなにも心もとないものだったのかな。わたしは今どこにいるんだろう。現実? それとも夢の中?
わからない。ここにいるということに自信が持てない。
脳裏に浮かぶ一週間前の情景。たしかな記憶のはずなのに、とても恐ろしい気持ちになる。
手に汗が滲んで、何でもない鼓動を苦しく感じる。
怖い。
頭を抱え込んでいると、ハッとしたように次郎君が身動きする気配がした。
「イチロー!」
お姫様の呼びかける声がする。どうやら一郎さんがやってきたようだ。
「ジュゼット、やはりここだったか。予感はしていたけど」
落ち着いた一郎さん声。対照的に、まるで怒っているかのように、次郎君の大きな声がする。
「兄貴! いったい、どうなっているんだよ。どうして、まだ彼女がここに残っているんだ!?」
「次郎。――実は、ジュゼットを戻せない。ここ数日何度も試みたが駄目だ。彼女を戻すことができない」
「はぁ!? こんなことになって、もうとりかえしがつかない!」
「落ち着け、次郎」
「落ち着けるわけないだろ!」
「彼女を戻せないのは、管理局側のミスだ。そうであれば、こちらにペナルティはない。ジュゼットが戻れば、もう一度復元されるだけだ」
「でも、いつ戻れるわけ? こんなこと今までにあった? このままじゃ、あやめの心がもたない!」
「現状はおそらく管理局にとっても不測の事態だ。いずれ復元されるなら、それまでは本当のことを知っていても問題はないだろう」
「ーー本当に?」
「ああ、問題はない。……それに、彼女の場合は最悪おまえの配偶者にすればいい。どうやら両想いのようだから、おまえがあやめちゃんを大切にすれば問題はない」
「いきなり結婚を前提に付き合うわけないだろ!」
「管理局に黙認されるには、それしかない」
「俺と兄貴を一緒にするなよ!」
「心外だな。まぁ、とにかくーーあやめちゃん」
ふいにポンと肩をたたかれた。ゆっくりと視線を動かすと一郎さんと目が合った。
「混乱しているね。無理もないか。ーー少し眠って。そしたら落ち着く。目が覚めたら、きちんと説明してあげるから」
何が現実で何が夢なのか。虚実の見分けがつかない。心が不安定でとても不安だった。
「ごめんね」
一郎さんの申し訳なさそうな声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じる。脳裏を行き交う記憶が、ゆっくりと暗闇に沈んでいく。抗いようもなく、わたしは眠りに引き込まれた。
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