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第五章:次元エラーの重なり
23:ピンクのカバのぬいぐるみ
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いいぞ。これはなかなか良い展開だ。いけいけ、次郎君! もっと瞳子さんに一郎さんの気持ちを教えてあげてほしい!
「いいえ、一郎はお人好しよ。お人好しでなければ、危険を犯してまでわたしの夢に現れたりしないでしょ」
「瞳子さんだから、危険を犯すんだよ」
「一郎なら、次郎君でも同じようにしたんじゃない?」
どうやら次郎君には否定できないみたいだ。時任兄弟の関係は微笑ましいけど、瞳子さんに一郎さんの気持ちを証明するにはいらない情報だったりする。
「そうかもしれないけど。でもさ、だからって好きじゃない女性と結婚するほど人生投げたりしないよ。知ってると思うけど、計算高いからね、兄貴は」
次郎君はあっさりと瞳子さんの築いた砦を壊しにかかっている。彼にとっては二人とも幸せになってほしい身内みたいなものだものね。わたしは次郎君の攻撃によって、瞳子さんに一郎さんの気持ちが届くのではないかとワクワクしてしまう。
「そうね、一郎はお人好しで計算高い。だから、私のために心を砕いた結果、今のような結末を招いたのよ。でもね、次郎君。私が駄目なの。どんなに言い訳しても、自分の若気の至りで、一郎の可能性を犠牲にしたって思ってしまう。そう思いながら、このまま流される自分が許せないのよ」
「それなら、なおさら瞳子さんが兄貴を幸せにしてあげたらいいんじゃないの? 可能性を犠牲にした兄貴の覚悟は伝わっているんだよね」
「――あやめちゃんにも言ったけど、それは最終手段なの」
次郎君がわたしを見る。頷いて見せると、困ったように笑った。
「なんか兄貴に同情する。でも、瞳子さんなりにケジメをつけたいって気持ちも、わからなくもないか」
「でもなぁ」と、次郎君が瞳子さんにさらなる追撃を試みようとした時、ジュゼットがリビングルームにやってきた。眠っていたせいで、ツインテールが少しほつれているけれど、寝起きも可愛らしい。
「カバさんは?」
起きてきてすぐにカバのぬいぐるみを気にかけているあたりが、いかにも年相応な様子。
「姫さん、ここやで」
ん? どこかで聞いたことがある声。まるでジュゼットに応えるかのような方言が聞こえたような。空耳かと思ってると、ジュゼットが駆け出した。
「カバさん!」
わたしはテレビボードの横にある棚を振り返る。ピンクのカバのぬいぐるみは愛嬌のある顔で鎮座している、はずだった。
「!?」
思わず飛び上がりそうになってしまった。カバのぬいぐるみが、テレビボードの前をポテポテとジュゼットに向かって歩いている。
「え? え?」
このぬいぐるみって、歩行する仕掛け付きだったの? ゼンマイ仕掛け? このタイミングで動き出すということはリモートコントロール式だとか?
あまりにも予想外な光景に、全力で理由付けを試みるわたしをあざ笑うように、カバのぬいぐるみがぐるりとこちらを向いた。
「なんや、お嬢ちゃんやないか」
縫い付けられて動くはずのない表情が、ニタッと笑う。
「ぎゃー!」
カバ! カバのぬいぐるみが笑った! しゃべった!
「あやめ?」
次郎君からはぬいぐるみが見えていないようだ。慌てたように、わたしの隣にやって来る。
「カバ! カバのぬいぐるみが!」
「うわ!?」
リビングの床を歩きながら、ニタニタ笑っているカバのぬいぐるみ。見つけた途端、次郎君も固まってしまう。突然の非現実に動けない私たちに構わず、ジュゼットがぬいぐるみを抱き上げた。
「カバさん!」
「姫さん、眠ってたんか?」
「はい」
カバのぬいぐるみは、同じように声もなく固まっている瞳子さんを見た。
「なぁ、そこのお姉ちゃん」
ビクッと瞳子さんの肩が上下する。
「ちょっと姫さんの髪を整えたってや。ついんてーるがぐちゃぐちゃやんか」
瞳子さんは胸に手を当てて、ふうっと深呼吸をする。わたしと次郎君も同じタイミングで現状を受け止めようと努める。とにかく冷静になろう。そうだ、これも次元エラーじゃないのかな。
「ジュゼット、髪を結い直してあげる。こっちに来て」
「ありがとう、トーコ」
さすが瞳子さん。もう平常心を装っている。ジュゼットの腕に抱かれているカバのぬいぐるみはニタニタと笑っている。喜びの表現なのか、尻尾がピコピコと動いていた。
「ジュゼット、そのぬいぐるみとは、もしかしてはじめからお話ができた?」
「カバさんとですか? もちろんですわ!」
瞳子さんはジュゼットの髪を結いながら、カバのぬいぐるみを見た。わたしと次郎君も気を取り直して、近くに寄ってソファに座り直す。
「あの、カバさん? あなたはどこからやってきたのかしら?」
瞳子さんが尋ねると、カバのぬいぐるみは「なんや?」と言いたげに顔をあげる。
「どこからって、あんらに合わせて言うたら、別次元やんか」
と言うことは、このピンクのカバのぬいぐるみも、やっぱり次元エラーなんだ。
「どうしてぬいぐるみの姿に? お名前もカバさんですか?」
「名前? なんでもええわ、そんなん。 11Dとか言うヤツもおったけど」
「11D?」
「いいえ、一郎はお人好しよ。お人好しでなければ、危険を犯してまでわたしの夢に現れたりしないでしょ」
「瞳子さんだから、危険を犯すんだよ」
「一郎なら、次郎君でも同じようにしたんじゃない?」
どうやら次郎君には否定できないみたいだ。時任兄弟の関係は微笑ましいけど、瞳子さんに一郎さんの気持ちを証明するにはいらない情報だったりする。
「そうかもしれないけど。でもさ、だからって好きじゃない女性と結婚するほど人生投げたりしないよ。知ってると思うけど、計算高いからね、兄貴は」
次郎君はあっさりと瞳子さんの築いた砦を壊しにかかっている。彼にとっては二人とも幸せになってほしい身内みたいなものだものね。わたしは次郎君の攻撃によって、瞳子さんに一郎さんの気持ちが届くのではないかとワクワクしてしまう。
「そうね、一郎はお人好しで計算高い。だから、私のために心を砕いた結果、今のような結末を招いたのよ。でもね、次郎君。私が駄目なの。どんなに言い訳しても、自分の若気の至りで、一郎の可能性を犠牲にしたって思ってしまう。そう思いながら、このまま流される自分が許せないのよ」
「それなら、なおさら瞳子さんが兄貴を幸せにしてあげたらいいんじゃないの? 可能性を犠牲にした兄貴の覚悟は伝わっているんだよね」
「――あやめちゃんにも言ったけど、それは最終手段なの」
次郎君がわたしを見る。頷いて見せると、困ったように笑った。
「なんか兄貴に同情する。でも、瞳子さんなりにケジメをつけたいって気持ちも、わからなくもないか」
「でもなぁ」と、次郎君が瞳子さんにさらなる追撃を試みようとした時、ジュゼットがリビングルームにやってきた。眠っていたせいで、ツインテールが少しほつれているけれど、寝起きも可愛らしい。
「カバさんは?」
起きてきてすぐにカバのぬいぐるみを気にかけているあたりが、いかにも年相応な様子。
「姫さん、ここやで」
ん? どこかで聞いたことがある声。まるでジュゼットに応えるかのような方言が聞こえたような。空耳かと思ってると、ジュゼットが駆け出した。
「カバさん!」
わたしはテレビボードの横にある棚を振り返る。ピンクのカバのぬいぐるみは愛嬌のある顔で鎮座している、はずだった。
「!?」
思わず飛び上がりそうになってしまった。カバのぬいぐるみが、テレビボードの前をポテポテとジュゼットに向かって歩いている。
「え? え?」
このぬいぐるみって、歩行する仕掛け付きだったの? ゼンマイ仕掛け? このタイミングで動き出すということはリモートコントロール式だとか?
あまりにも予想外な光景に、全力で理由付けを試みるわたしをあざ笑うように、カバのぬいぐるみがぐるりとこちらを向いた。
「なんや、お嬢ちゃんやないか」
縫い付けられて動くはずのない表情が、ニタッと笑う。
「ぎゃー!」
カバ! カバのぬいぐるみが笑った! しゃべった!
「あやめ?」
次郎君からはぬいぐるみが見えていないようだ。慌てたように、わたしの隣にやって来る。
「カバ! カバのぬいぐるみが!」
「うわ!?」
リビングの床を歩きながら、ニタニタ笑っているカバのぬいぐるみ。見つけた途端、次郎君も固まってしまう。突然の非現実に動けない私たちに構わず、ジュゼットがぬいぐるみを抱き上げた。
「カバさん!」
「姫さん、眠ってたんか?」
「はい」
カバのぬいぐるみは、同じように声もなく固まっている瞳子さんを見た。
「なぁ、そこのお姉ちゃん」
ビクッと瞳子さんの肩が上下する。
「ちょっと姫さんの髪を整えたってや。ついんてーるがぐちゃぐちゃやんか」
瞳子さんは胸に手を当てて、ふうっと深呼吸をする。わたしと次郎君も同じタイミングで現状を受け止めようと努める。とにかく冷静になろう。そうだ、これも次元エラーじゃないのかな。
「ジュゼット、髪を結い直してあげる。こっちに来て」
「ありがとう、トーコ」
さすが瞳子さん。もう平常心を装っている。ジュゼットの腕に抱かれているカバのぬいぐるみはニタニタと笑っている。喜びの表現なのか、尻尾がピコピコと動いていた。
「ジュゼット、そのぬいぐるみとは、もしかしてはじめからお話ができた?」
「カバさんとですか? もちろんですわ!」
瞳子さんはジュゼットの髪を結いながら、カバのぬいぐるみを見た。わたしと次郎君も気を取り直して、近くに寄ってソファに座り直す。
「あの、カバさん? あなたはどこからやってきたのかしら?」
瞳子さんが尋ねると、カバのぬいぐるみは「なんや?」と言いたげに顔をあげる。
「どこからって、あんらに合わせて言うたら、別次元やんか」
と言うことは、このピンクのカバのぬいぐるみも、やっぱり次元エラーなんだ。
「どうしてぬいぐるみの姿に? お名前もカバさんですか?」
「名前? なんでもええわ、そんなん。 11Dとか言うヤツもおったけど」
「11D?」
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