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第五章:次元エラーの重なり
22:グーパンチの彼女
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「え? 瞳子さんに殴られたの? なんで?」
「しかもグーパンチだぞ。明日は外部で講演もあるのに。信じられるか?」
「一郎が変な気を起こすからでしょ!」
「変な気? 好きな女に手を出していったい何が悪い?」
「欲求不満なら他をあたって下さい!」
一郎さんは臆面もなく気持ちを訴えているけど、瞳子さんには逆効果。本当なら犬も食わないなんとかだけど、二人の複雑な関係を知ってしまった今となっては、切ない。
一郎さんはいったいどんな迫り方をしたんだろう。まさか本当に既成事実を作ろうとしたんじゃないよね。次郎君はソファで笑い転げている。
「グーパンチ! 瞳子さんが兄貴に!」
「笑い事じゃないわよ! 次郎君」
「でも、グーパンチって。しかも本気で。さすが瞳子さん!」
次郎君は涙を浮かべて大笑いしている。一郎さんと瞳子さんの関係について、仲違いなどの心配をしている様子がないけど、付き合いが長いだけに全て見抜いているのかな。
瞳子さんだけが認められない、一郎さんの気持ち。
「本当に一郎は油断も隙もないんだから」
「俺も健康な男子なので」
「欲望のはけ口なら、他を当たってください」
瞳子さんの無表情が冷淡すぎて怖い。一郎さんっては、すごい言われよう。でも、迫られても同じ部屋にいられることが、一郎さんへの信頼を物語っていた。瞳子さんが拒絶すれば、一郎さんが無理強いすることはない。
二人が築き上げた、暗黙の約束が見える。
一郎さんが大きくため息をついた。
「で、そこで笑い玉になっている次郎君。何か言いかけていたみたいだけど?」
皮肉たっぷりに一郎さんが話題を変える。
「ああ、うん」
答えつつ、次郎君はさらにひとしきり笑い倒してから、ようやく本題に入った。一郎さんには悪いけど、次郎君に笑顔が戻って少し安心した。
「実はカフェで次元エラーっぽい金魚を見たんだ」
「金魚?」
「うん」
次郎君はカフェでの出来事を詳細に説明した。
「兄貴なら、新しい次元エラーも管理局から示唆されていたりするかなって」
「――いや、知らないな」
「本当に?」
「ああ。二人が同時に見たということは、錯覚や見間違いも考えにくい」
「ジュゼットの事と言い、最近ちょっとおかしくない?」
一郎さんは何かを考えている様子で「そうだな」と答えた。
カフェからの帰り道に見た、次郎君の横顔と重なる。綺麗な顔に浮かんだ、すこし不安げな色。
「管理局に探りを入れてみようか」
一郎さんがソファから立ち上がる。
「すこし眠ってくる」
「あ、うん」
次郎君がうなずく。夢の中に現れる管理局。眠るという事だけが、接点を有む唯一の方法なんだ。
瞳子さんが心配そうにソファを離れる一郎さんを見つめている。さっきまでの明るい雰囲気が急激に色褪せたように、室内が静かになる。
一郎さんが何かを見計らったように、瞳子さんを振り返った。心配そうな顔をしている瞳子さんと目があうと、浅く微笑む。
「それ、俺の事が心配でたまらないっていう顔?」
「!」
途端に瞳子さんはキッと一郎さんを睨む。一郎さんは勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。
「そろそろ結婚を意識し始めてくれたのかな?」
「してません!」
一郎さんはどうしてそんな風に茶化してしまうんだろうか。次郎君もやれやれと言いたげに吐息をついている。きっとわたしが来る前から、二人はこんな調子を繰り返しているんだろうな。
「それは残念」
わざとらしく肩を落とす素振りを見せてから、一郎さんが自室へと戻った。
「瞳子さんって、いつ兄貴と結婚するの?」
一郎さんがいなくなると、いきなり次郎君が直球を投げた。何の屈託もない様子なので、一郎さんとは違って、茶化す気持ちはないみたい。
瞳子さんが一郎さんと結婚しないという考え方もないようだけど。
「兄貴のこと好きなんでしょ?」
次郎君ってば、すごい無邪気。無邪気なだけに瞳子さんにはものすごい威力を発揮しそう。瞳子さんがチラリとわたしを見る。あ、これは二人だけの約束を破ったと誤解された可能性があるかも。
思わずぶんぶんと左右に首を振った。
瞳子さんには伝わったようで、彼女はふうっと吐息をつく。それから自嘲的に微笑んだ。
「――そうね、あやめちゃんの事は信じてる。ということは、次郎君にも見抜かれているということね」
あー、でも、次郎君に見抜かれているのは、仕方がない気もする。わたしよりも二人のことをよく知っているし、ずっと近くで見てきたわけだし。加えて洞察力もありそうだもんね、次郎君は。
「瞳子さんのことだから、どうせ管理局を黙認させている兄貴の立場を考えているんだろうけど。そんなの取り越し苦労だよ。兄貴はそこまでお人好しじゃないよ?」
「しかもグーパンチだぞ。明日は外部で講演もあるのに。信じられるか?」
「一郎が変な気を起こすからでしょ!」
「変な気? 好きな女に手を出していったい何が悪い?」
「欲求不満なら他をあたって下さい!」
一郎さんは臆面もなく気持ちを訴えているけど、瞳子さんには逆効果。本当なら犬も食わないなんとかだけど、二人の複雑な関係を知ってしまった今となっては、切ない。
一郎さんはいったいどんな迫り方をしたんだろう。まさか本当に既成事実を作ろうとしたんじゃないよね。次郎君はソファで笑い転げている。
「グーパンチ! 瞳子さんが兄貴に!」
「笑い事じゃないわよ! 次郎君」
「でも、グーパンチって。しかも本気で。さすが瞳子さん!」
次郎君は涙を浮かべて大笑いしている。一郎さんと瞳子さんの関係について、仲違いなどの心配をしている様子がないけど、付き合いが長いだけに全て見抜いているのかな。
瞳子さんだけが認められない、一郎さんの気持ち。
「本当に一郎は油断も隙もないんだから」
「俺も健康な男子なので」
「欲望のはけ口なら、他を当たってください」
瞳子さんの無表情が冷淡すぎて怖い。一郎さんっては、すごい言われよう。でも、迫られても同じ部屋にいられることが、一郎さんへの信頼を物語っていた。瞳子さんが拒絶すれば、一郎さんが無理強いすることはない。
二人が築き上げた、暗黙の約束が見える。
一郎さんが大きくため息をついた。
「で、そこで笑い玉になっている次郎君。何か言いかけていたみたいだけど?」
皮肉たっぷりに一郎さんが話題を変える。
「ああ、うん」
答えつつ、次郎君はさらにひとしきり笑い倒してから、ようやく本題に入った。一郎さんには悪いけど、次郎君に笑顔が戻って少し安心した。
「実はカフェで次元エラーっぽい金魚を見たんだ」
「金魚?」
「うん」
次郎君はカフェでの出来事を詳細に説明した。
「兄貴なら、新しい次元エラーも管理局から示唆されていたりするかなって」
「――いや、知らないな」
「本当に?」
「ああ。二人が同時に見たということは、錯覚や見間違いも考えにくい」
「ジュゼットの事と言い、最近ちょっとおかしくない?」
一郎さんは何かを考えている様子で「そうだな」と答えた。
カフェからの帰り道に見た、次郎君の横顔と重なる。綺麗な顔に浮かんだ、すこし不安げな色。
「管理局に探りを入れてみようか」
一郎さんがソファから立ち上がる。
「すこし眠ってくる」
「あ、うん」
次郎君がうなずく。夢の中に現れる管理局。眠るという事だけが、接点を有む唯一の方法なんだ。
瞳子さんが心配そうにソファを離れる一郎さんを見つめている。さっきまでの明るい雰囲気が急激に色褪せたように、室内が静かになる。
一郎さんが何かを見計らったように、瞳子さんを振り返った。心配そうな顔をしている瞳子さんと目があうと、浅く微笑む。
「それ、俺の事が心配でたまらないっていう顔?」
「!」
途端に瞳子さんはキッと一郎さんを睨む。一郎さんは勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。
「そろそろ結婚を意識し始めてくれたのかな?」
「してません!」
一郎さんはどうしてそんな風に茶化してしまうんだろうか。次郎君もやれやれと言いたげに吐息をついている。きっとわたしが来る前から、二人はこんな調子を繰り返しているんだろうな。
「それは残念」
わざとらしく肩を落とす素振りを見せてから、一郎さんが自室へと戻った。
「瞳子さんって、いつ兄貴と結婚するの?」
一郎さんがいなくなると、いきなり次郎君が直球を投げた。何の屈託もない様子なので、一郎さんとは違って、茶化す気持ちはないみたい。
瞳子さんが一郎さんと結婚しないという考え方もないようだけど。
「兄貴のこと好きなんでしょ?」
次郎君ってば、すごい無邪気。無邪気なだけに瞳子さんにはものすごい威力を発揮しそう。瞳子さんがチラリとわたしを見る。あ、これは二人だけの約束を破ったと誤解された可能性があるかも。
思わずぶんぶんと左右に首を振った。
瞳子さんには伝わったようで、彼女はふうっと吐息をつく。それから自嘲的に微笑んだ。
「――そうね、あやめちゃんの事は信じてる。ということは、次郎君にも見抜かれているということね」
あー、でも、次郎君に見抜かれているのは、仕方がない気もする。わたしよりも二人のことをよく知っているし、ずっと近くで見てきたわけだし。加えて洞察力もありそうだもんね、次郎君は。
「瞳子さんのことだから、どうせ管理局を黙認させている兄貴の立場を考えているんだろうけど。そんなの取り越し苦労だよ。兄貴はそこまでお人好しじゃないよ?」
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