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第四章:心がまえ

20:子守唄のかわりに

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 本陣跡の屋敷で寝床について散々もめていたが、結局は藩主や要人などが使用していた上段じょうだんに、そのまま二組の寝具が用意された。

 可畏かい葛葉くずはと横並びに寝むはめになる。

 板の間で雑魚寝ざこねをするのは自分だと、葛葉が一歩もひかなかったのだ。

 らちがあかないと渋面をつくる可畏かいに配慮したのか、四方しかたが玄関にあった衝立障子ついてたしょうじをもってきて、二組の蒲団のあいだをさえぎる。

「こうすれば良いのではありませんか?」

「ありがとうございます! 四方少将!」

 葛葉は律儀に彼に会釈した。可畏かいには四方が面白がっているのがわかる。

 問題が解決したと言いたげに、葛葉の表情がぱっとあかるくなった。

「おまえはこれで平気なのか?」

「もちろんです」

 一片の迷いもない返答である。
 複雑な気持ちになったが、可畏かいはなぜ葛葉の勢いに押し切られているのか、自分がよくわからない。

(まさか、これも花嫁の力か?)

 変な女だと強くおもう反面、彼女の様子をみていると調子がくるう。

 萎縮しながらも、自分を曲げない威勢の良さがあった。けれど、強情かと思えば素直で、何事にも懸命なのだ。多少のおかしさも愛嬌だと受けとめたくなる。

 特務部の第五隊には女子だけの隊があるが、特務華族の子女に見られるような自尊心や傲慢さが、葛葉には感じられない。

 孤児であるという貧しい生い立ちのせいかもしれないが、可畏かいには新鮮にうつった。

(いや、どう考えても変な女だ)

 四方が退室して二人きりなると、可畏かいは衝立障子の向こう側で、ごそごそと落ち着きなく身動きする気配をかんじた。

 やはり自分と二人では落ちつかないのだろう。可畏かいは吐息をついてから声をかける。

「葛葉」

「は、はい!」

「こんな宵前から寝めと言われても、どうせ眠れないだろ」

「……はい」

「ここで起きていることについて話してやる。横になったまま聞いていろ」

「はい!」

 あきらかに彼女の意気込みが跳ねあがった。横にならずに正座している気配をかんじる。
 やる気だけは人一倍のようだ。

「まず横になれ。私の話を子守唄にして眠れるならそれもいい。仮眠も特務部には重要な任務だ。休むべき時に休めないのは褒められたことじゃない」

「はい」

 即座にばさりと蒲団をかぶって横になる気配があった。やはりどこまでも素直である。

「この旧街道周辺には、鬼火がでるという噂がある」

 鬼火の伝承や目撃情報は各地にある。人を土葬によって弔ったばあい、屍の腐敗と気候条件によって発光現象がおきる。
 墓地で火の玉をみた、鬼火がでたという話は自然現象なのだ。

 けれど、可畏かいのいう鬼火はそれらとは一線を画す。
 特務部が追うべき妖の証であり、鬼の痕跡や所在をしめすものだった。

「では、周辺に鬼がいるということですか?」

 葛葉からすぐに問いかけがあった。彼女も特務部のさす鬼火の意味は理解している。可畏かいは子守唄がわりに一方的に語るつもりだったが、やる気をみなぎらせている葛葉が黙って聞いているはずもない。

 仮眠をとらせることは諦めたほうがよいのかもしれないと、なかば諦めながら答える。

「潜伏していると踏んで、第三隊が周辺を調査しているが、なかなか手がかりがつかめない」

御門みかど様が呼ばれるということは、その鬼は今朝うかがった羅刹につながるのでしょうか」

「残念ながら、まだわからない」

「でも、第三隊には少将もいらっしゃいますし、餓鬼のような調伏がたやすい鬼ではないのでは?」

「この件でやっかいなのは、関わっている鬼がどの程度なのかもつかめないところだ。鬼火も噂だけが独り歩きをしていて、実際には誰も見たことがない。だが、その噂の延長に事件が起きている節がある」

「事件?」

「そうだ。鬼火を見たという者が、数日以内に亡くなっている。はじめは作り話かただの偶然だと思われていたようだが、頻繁に犠牲者が出て特務部も看過かんかできなくなった。今日も三人が亡くなったようだ」

 伝令で可畏かいの元に届いたのは、その報せだった。

「三人もですか? でも、それが鬼火と関係があるという確証はどこで? 遺体に何か特徴が?」

 葛葉の問いは的を得ていた。どうやら可畏かいが思っていたより根は聡明なようだ。

 鬼やあやかしが直接人に手をくだすことはまれである。もし犠牲がでる場合、鬼や妖に憑かれた人間の憎悪による殺人か、憑かれた本人の自殺という形で現れる。

 死因はすぐに特定されるが、そこに妖の影があるかどうかはわかりにくい。

「この一連の事件がさらに複雑なのは、異形の気配があることだ」

「え?」

「遺体の損壊は人為的なものとは思えない。野犬や害獣の線も当たっているが、どうやら違うらしい。人を食い散らかす何かが在る」

「でも鬼火は妖を示すものですし、異形には人や妖のような知能はないと習いました」

「私のこれまでの経験でもそうだった」

「本当に異形を見た人はいないのですか?」

「そういう報告になっている」

 しんと室内に沈黙が満ちる。

「恐ろしいか?」

「いいえ! ただ、もしそれが事実なら、人の目をしのぶ異形がいるということになります」

「そうだな。討伐が困難になる」

 にわか隊員の彼女には難易度のたかい任務だが、彼女の能力をより顕現させるには本番あるのみなのだ。異能の発現とともに完全に力が開花するものは多いが、ときおり身の危険によってつよく発現する者があった。葛葉の場合はおろらく後者なのだろう。

「異形は昼夜を問わないが、妖は夜に動くものが多い。私たちは鬼火を追うために、夜にでる。だから、今は仮眠が重要だが……」

「そんなお話を聞いては、余計に眠れません」

 素直な反応だった。

「とにかく、いまは子守唄でも唱えて休め」

 日没からすでに半刻はすぎている。うとうとした頃には、鬼火を求めて動かねばならない。
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