羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子

文字の大きさ
41 / 77
第九章:古井戸の遺体

41:四方(しかた)の憂慮

しおりを挟む
 昨夜は屋敷に戻ってから、葛葉くずははなんとも腑に落ちない気持ちを抱えながら眠りに落ちた。鬼火を追いかけた先には、はっきりと示された場所があった。

 けれど、可畏かいはあっさりと現場から戻ることを決めた。

 葛葉くずはにはまるで理由がわからなかった。

 寝床についても到底眠れないだろうと思っていたのに、今は寝過ごしたかと焦って飛び起きたりしている。

(いつのまにか、眠ってたんだ)

 自分のことを無責任な人間だと思ったが、葛葉くずははすぐに気持ちをきりかえた。ぐちぐちと呵責にひたっている場合ではない。

 休むべき時に休むという、特務部の一員としての責務を果たしたのだと前向きに受け入れた。

(日は登っているけど、寝過ごしたわけではなさそう)

 葛葉くずはは手早く身支度を整える。衝立障子の向こう側に人の気配はない。昨夜も葛葉くずはが寝床についた時可畏かいは一緒ではなかった。

御門みかど様はいつお休みになっているのだろう)

 上段の間にかけられた御簾をくぐりながら、広間へ向かう。

 襖がとりはずされて一続きになっている大部屋の向こう側に、可畏かいの姿があった。隊服に身を包み、屋敷に戻ってきた隊員から報告を受けているようだ。

 葛葉くずは可畏かいと隊員の話が終わるまで、何か手伝うことはないかと土間にある台所へ顔をだした。

 朝食の準備で慌ただしいのがひとめでわかる。釜戸では大きな鍋がぐつぐつと音をたてていた。

葛葉くずは殿」

 背後から声をかけられ、振り返ると少将の四方しかたが立っていた。

四方しかた少将、おはようございます。わたしに何かお手伝いできることはありませんか?」

「大丈夫ですよ。それより昨夜はお疲れ様でした。閣下が朝食を済ませておくようにと」

 四方しかたが台所からつづく板張りの部屋にある膳を示す。

「こちらに用意しています」

「ありがとうございます」

 朝食は握り飯と焼き魚に、汁物がついているようだった。
 板張りの部屋は、どうやら食堂として機能しているようで、小さな膳がいくつも並べられている。膳の上では椀が伏せられており、誰かが座につくと給仕の隊員がやってくる。

 二人がかりで鍋をかかえて、順次味噌汁をよそって回っている。
 隊員が入れ替わり立ち替わり食事に訪れ、食べ終わると去っていくようになっているらしい。

「私もご一緒させていただいて良いでしょうか?」

 少将でありながら控えめな四方しかたに、葛葉くずはは溌剌と答えた。

「はい、もちろんです」

 四方しかたと横並びに膳へむかい箸をとりながら、葛葉くずはは気になっていることを聞いてみた。

「あの、四方しかた少将」

「はい」

御門みかど様は休まれておられないのではありませんか?」

「そうですね。でも閣下にとっては平常なことです」

「休まれないことがですか?」

「ええ。常に式鬼しきを通じて現場と情報交換をしておられますし。でも、葛葉くずは殿が心配される気持ちはわかります。私も閣下へお休みになるように進言したことがありますので」

四方しかた少将が?」

「はい。閣下が倒れるようなことになっては困るからと」

 笑いながら頷く四方しかたは、その時のことを思い出しているようだった。

「閣下には、折をみて休んでいるから心配ないと一蹴されましたが」

「折を見てと言っても……」

 昨夜も葛葉くずはに寝むように命じると、可畏かいはすぐに隊員へ招集をかけていた。
 おそらく昨夜だけではなく、どの現場でも同じように指揮をとっているのだろう。

 心配が顔にでてしまったのか、四方しかたが穏やかな笑顔で補足する。

「それほど心配することはありませんよ。これまでも、閣下が精彩を欠くようなお姿は拝見したことがありません」

 葛葉くずはにも可畏かいが過労で倒れるような状況は想像がつかない。疲弊や翳りとは無縁の颯爽とした振る舞い。何者にも怯まない姿勢が、葛葉くずはにも力を与えてくれる。
 四方しかたが給仕へきた隊員に椀を差しだすと、あたたかい湯気があがった。

「今となっては、閣下は特別な方なのだと理解しました」

四方しかた少将でも、そのように思われるのですか?」

「はい。そう考えると全てが腑に落ちます」

 葛葉くずはの椀にも味噌汁がそそがれる。辺りに満ちていた朝餉の香りがより深くなった。
 味噌の匂いにそさわれたのか、唐突に空腹感が訪れる。

 四方しかたが箸を取りながら、静かに続ける。

「閣下の心配より、葛葉くずは殿はご自身のことを気にしてください。いきなり隊に加わって戸惑いが大きいでしょう」

「いえ、わたしは大丈夫です。御門みかど様が気にかけてくださっているので」

「そうですか」

 四方しかたは頷いて、椀に箸をつけた。

「せっかくの朝食が冷めてしまいます。とりあえず、いただきましょう」

「あ、はい」

 箸を手にしたまま食事が進んでいなかった。葛葉くずはが握り飯を頬張ると、隣でふたたび四方しかたの穏やかな声がした。

「閣下は特別な方ですが」

「はい」

「閣下にとって、葛葉くずは殿は特別なのです」

「え?」

「どうかお忘れなく」

 四方しかた葛葉くずはを見ることはなく、汁物をすすった。どういうことなのか尋ねたかったが、食堂でめまぐるしく入れ替わる隊員の慌ただしさを思い、葛葉くずはも黙って味噌汁をすすり、握り飯を頬張った。

 きっと羅刹の花嫁という、未だ得体の知れない能力のことだろうと、自分を納得させた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。 「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」 「それは……しょうがありません」 だって私は―― 「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」 相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。 「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」 この身で願ってもかまわないの? 呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる 2025.12.6 盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

処理中です...