羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子

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第十一章:真相への道

51:妙(たえ)の行方

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 葛葉くずははすぐに身支度を整えて、可畏かいに示された座敷へ向かった。主屋の座敷は中庭に面した部屋で、やはりふすまや障子が取り払われ解放感のある状態に整えられている。

 中央に背の低い円卓が置かれ、可畏かいと少将である四方しかたがすでに胡坐あぐらを組んで座っていた。

「お待たせしました!」

 葛葉くずはが元気よく敬礼すると、すぐに可畏かいに席へつくように促される。

「食事をしながら話す。おまえも存分に食っておけ」

「はい!」

 席につくと卓の上にはあんパンと牛乳が用意されていた。

「朝食は餡パンですか?」

 カゴに入った餡パンを見て葛葉くずはは目を輝かせる。朝から甘いものにありつけるとは思っていなかったのだ。自然と顔が綻んでしまう。ガラスのコップに注がれた牛乳が添えられているせいか、和食の膳よりも新鮮に感じた。
 四方しかた葛葉くずはの皿に餡パンを振る舞いながら、可笑しそうに暴露する。

葛葉くずは殿は餡パンがお好きなのですね。閣下が朝食に餡パンを出せと命じた理由がわかりました」

御門みかど様が?」

 葛葉くずはは餡パンを手にして、上座につく可畏かいを見た。

御門みかど様も餡パンがお好きなのですか?」

 可畏かいの好物が自分と同じなら嬉しいと思ったが、なぜか向かいの席で四方しかたが吹きだしている。

「あ! そういえば以前も餡パンをご馳走していただきましたが、もしかしてよくお買い求めになっておられたのですか?」

「そんなわけ……」

 何かを言いかけて可畏かいが不自然に言葉を飲みこんだ。爆笑している四方しかたを横目で睨みながら、彼があらためて答える。

「そうだな、嫌いではない。腹持ちも悪くないからな」

「わたしも好物です」

「知っている」

 深めの吐息をついてから、可畏かいも餡パンを手にした。葛葉くずはは「いただきます」と餡パンを頬張ろうとしたが、こんな時はいつも大騒ぎしていた気配を思い出す。

「そういえば夜叉やしゃの姿が見えませんが、御門みかど様が封じておられるのですか?」

「いや、夜叉やしゃは今おまえの傍を離れている。逃した千代の行方を追うと言っていたが……」

 可畏かいは「嫌な予感がする」と小さく呟いた。

「昨夜の一件で、今回の一連の事件には術者が関わっていることがわかったからな」

「はい」

 あやかしと名だたる術者では圧倒的に術者に分がある。蘆屋あしやと名乗ったあの男なら、夜叉やしゃを捉えることもできるだろう。

 葛葉くずはは話が本題に入るのだと背筋を伸ばす。かぶりつこうとしてた餡パンを手で割って、行儀よく食べようと思い直した。

「妙の消息をなぜこれほどうやむやにできたのか。私はそこが気になっていたが、三河みかわ屋という豪商とそれを利用していた者がいるなら筋は通る」

 可畏かいには一連の事件について、すでに全容が見えている。葛葉くずはは一番気になっていたことを聞いてみた。

「妙さんはどちらにいらっしゃるんですか? 実はもう特務部が保護しているのでしょうか」

 案内の青年に、可畏かいは妙の本当の居所を知っていると打ち明けていた。
 葛葉くずははほどよい大きさにちぎった餡パンを口へ放り込みながら可畏かいの答えを待つが、彼はどう説明するべきかを考えている様子で、意味ありげに四方しかたと視線を交わす。

 可畏かいの赤眼が葛葉くずはに向けられた時、胸にひやりとした予感がよぎった。何かよくないことを打ち明けられるという、漠然とした不安。

「おまえには受け入れ難いことだが、古井戸で発見された女性が妙だった」

「――――っ」

 ぎゅっと胸が塞ぐ。突きつけられた事実が重い。可畏かいの労わるような眼差しを感じて葛葉くずはは気持ちを立て直す。
 可畏かいに気を遣わせるようでは第三隊に伴う資格はない。

「なんとなく、そんな予感はしていました」

 本当は心の片隅にずっと燻っていた。妙はもう生きていないのではないかと。わかっていたのに認めたくなかっただけなのだ。

 女独りで身を立てている妙が羨ましく、勝手に憧れを抱いていた。
 寂れた長屋で見たのが鬼の見せた幻だったとしても、きっと妙の周りでも似たような光景が繰り広げられていただろう。

御門みかど様。話していただきありがとうございます」

 けれど、感傷にひたって自身の役割を見失うようでは話にならない。葛葉くずははまっすぐに可畏かいの目を見返す。

「わたしは自分の望みで目を曇らせていました」

「おまえは妙に思い入れがあったようだからな」

「はい。でも、すこし考えればわかることです。なのに目を逸らしていた。そんなわたしをおもんばかって御門みかど様もその話を伏せておられた」

 可畏かいは居心地がわるそうに視線を伏せる。

「言わずにすむならそうしたかったが――」

「いいえ、大丈夫です。むしろ気を遣わせてしまい申し訳ありません」

 また謝るなと叱咤されるかと思ったが、葛葉くずははひるまず自分の思いを告げた。

「わたしは特務部の一員としてお役に立ちたいです」

 言外に労わりは必要ないと含ませて、葛葉くずはははっきりと意欲を伝えた。気遣わしげな色を残しながらも、可畏かいは前向きな気持ちを受け入れてくれる。

「では、話を続けるが」

「はい!」
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