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第十一章:真相への道
54:異能の名門、安倍家
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「弱みですか?」
「彼が犯した罪に気づいた者がいれば利用しない手はない。それに彼の兄は財界から政界へも顔が効く」
「財界や政界へ?」
葛葉には雲の上の世界に等しい。そんな世界が関わってくる背後関係など、まったく想像もつかない。
「あの主人は名を高次と言って、三河恵右衛門を襲名して呉服屋を運営している豪商だが、彼には三河高正という兄がいる。三河家の当主を努めているが、聞いたことはないか?」
「聞いたことがあるような、ないような……」
はっきしりない葛葉に呆れたように、可畏が彼女を睨む。
「世情に疎いのは誉められないぞ」
「申し訳ありません」
しゅんとして肩をすくめると、可畏が吐息をついた。
「三河高正は政府の要請に応じて銀行の設立に関わった人物だ」
可畏が湯気のたつカップに視線を落とした。珈琲の香りが辺りに漂っている。
「政府につながるなら、陰陽師の筆頭である蘆屋家が加担していることにも納得がいく。三河屋は自分の犯した罪を見逃してもらうかわりに、今回の計画に協力させられた。おそらく、そんなところだろう」
「でも、御門様。それではまるで政府が黒幕のように聞こえますが」
素直に疑問を投げかけると、可畏は四方と顔を見合わせた。
「葛葉殿。閣下はそう仰っているのですよ」
「え?」
「おそらく閣僚の中に羅刹の角を手に入れた人物がいる。それが閣下の推測です」
可畏は珈琲に口をつけてから、自身の考えを語った。
「特務部は異形討伐を基本とした国防を担っているが、実際のところ一枚岩とは言えない。筆頭華族であり国務大臣を輩出した安倍家の息がかかっている隊もある」
安倍家は葛葉も知る異能の名門である。特務科にも安倍家と繋がりのある者が幾人かいた。
「御門家と同じように、異能の血筋をもつ有力華族ですね」
可畏は「そうだ」と頷いた。
「私は安倍が羅刹の角に関わっていると考えている」
「異能の名門なのにですか?」
安倍家に対して不敬ともとれる憶測だが、可畏の赤眼には苦悩にも似た苛立ちがにじんでいた。冗談で打ち明けられるような話ではないのだ。
「それは玉藻様の夢見が示したのですか?」
「いや。帝の千里眼で視えているなら、もっと話は早い。玉藻が見たのは……」
可畏がそこで言葉を選んだのだわかった。
「玉藻が見たのは、もっと別の要件だ。夢見では羅刹の角の所在には辿りつけなかった」
可畏の手元のカップから立ち昇る湯気が、ゆらゆらと小さくたなびいている。
「今までは繋がりを見出せなかったが、蘆屋や三河屋から安倍家とのつながりは辿れるはずだ」
葛葉は彼の話に単純な疑問がわいた。
安倍家の介入については、夢見で示されたわけでもなくこれまで繋がりもなかった。
けれど、可畏は関わりを確信している。
「御門様は、なぜ安倍家が関わっていると考えられたのですか?」
素直に尋ねると、鋭いまなじりに苦悩をにじませるような笑みが浮かんだ。
「御門家と安倍家は、同じ罪を共有しているからだ。全てはそこからはじまった」
「同じ罪?」
問いに答える気がないのか、可畏はカップを持ち上げて珈琲を口にする。葛葉は答えを求めて四方を見たが、彼も「私にもわかりません」と横に首を振った。
「それは私も初耳です、閣下」
四方の声に、可畏は「口が滑った」と笑う。
「運が良ければ、いずれわかる時がくる」
罪については語らず、彼は話を逸らした。
「そんなことより、今は三河屋を暴くことが先決だ。おそらく余罪もある」
「あの主人には、他にも何か問題があるのですか?」
葛葉が驚きを隠せず身を乗り出すと、可畏は手にしていたカップを置いてふたたび柄鏡を手にした。
「三河屋の抱える問題で、きっと葛葉の力がどういうものかもわかる。おまえの異能が人を殺める力ではないと証明できるはずだ」
「わたしの力が?」
「そうだ。だから」
可畏はカゴに入っている餡パンをつかむと、勢いよく葛葉の口に突っ込んだ。
「とりあえず、腹ごしらえをしておけ」
「彼が犯した罪に気づいた者がいれば利用しない手はない。それに彼の兄は財界から政界へも顔が効く」
「財界や政界へ?」
葛葉には雲の上の世界に等しい。そんな世界が関わってくる背後関係など、まったく想像もつかない。
「あの主人は名を高次と言って、三河恵右衛門を襲名して呉服屋を運営している豪商だが、彼には三河高正という兄がいる。三河家の当主を努めているが、聞いたことはないか?」
「聞いたことがあるような、ないような……」
はっきしりない葛葉に呆れたように、可畏が彼女を睨む。
「世情に疎いのは誉められないぞ」
「申し訳ありません」
しゅんとして肩をすくめると、可畏が吐息をついた。
「三河高正は政府の要請に応じて銀行の設立に関わった人物だ」
可畏が湯気のたつカップに視線を落とした。珈琲の香りが辺りに漂っている。
「政府につながるなら、陰陽師の筆頭である蘆屋家が加担していることにも納得がいく。三河屋は自分の犯した罪を見逃してもらうかわりに、今回の計画に協力させられた。おそらく、そんなところだろう」
「でも、御門様。それではまるで政府が黒幕のように聞こえますが」
素直に疑問を投げかけると、可畏は四方と顔を見合わせた。
「葛葉殿。閣下はそう仰っているのですよ」
「え?」
「おそらく閣僚の中に羅刹の角を手に入れた人物がいる。それが閣下の推測です」
可畏は珈琲に口をつけてから、自身の考えを語った。
「特務部は異形討伐を基本とした国防を担っているが、実際のところ一枚岩とは言えない。筆頭華族であり国務大臣を輩出した安倍家の息がかかっている隊もある」
安倍家は葛葉も知る異能の名門である。特務科にも安倍家と繋がりのある者が幾人かいた。
「御門家と同じように、異能の血筋をもつ有力華族ですね」
可畏は「そうだ」と頷いた。
「私は安倍が羅刹の角に関わっていると考えている」
「異能の名門なのにですか?」
安倍家に対して不敬ともとれる憶測だが、可畏の赤眼には苦悩にも似た苛立ちがにじんでいた。冗談で打ち明けられるような話ではないのだ。
「それは玉藻様の夢見が示したのですか?」
「いや。帝の千里眼で視えているなら、もっと話は早い。玉藻が見たのは……」
可畏がそこで言葉を選んだのだわかった。
「玉藻が見たのは、もっと別の要件だ。夢見では羅刹の角の所在には辿りつけなかった」
可畏の手元のカップから立ち昇る湯気が、ゆらゆらと小さくたなびいている。
「今までは繋がりを見出せなかったが、蘆屋や三河屋から安倍家とのつながりは辿れるはずだ」
葛葉は彼の話に単純な疑問がわいた。
安倍家の介入については、夢見で示されたわけでもなくこれまで繋がりもなかった。
けれど、可畏は関わりを確信している。
「御門様は、なぜ安倍家が関わっていると考えられたのですか?」
素直に尋ねると、鋭いまなじりに苦悩をにじませるような笑みが浮かんだ。
「御門家と安倍家は、同じ罪を共有しているからだ。全てはそこからはじまった」
「同じ罪?」
問いに答える気がないのか、可畏はカップを持ち上げて珈琲を口にする。葛葉は答えを求めて四方を見たが、彼も「私にもわかりません」と横に首を振った。
「それは私も初耳です、閣下」
四方の声に、可畏は「口が滑った」と笑う。
「運が良ければ、いずれわかる時がくる」
罪については語らず、彼は話を逸らした。
「そんなことより、今は三河屋を暴くことが先決だ。おそらく余罪もある」
「あの主人には、他にも何か問題があるのですか?」
葛葉が驚きを隠せず身を乗り出すと、可畏は手にしていたカップを置いてふたたび柄鏡を手にした。
「三河屋の抱える問題で、きっと葛葉の力がどういうものかもわかる。おまえの異能が人を殺める力ではないと証明できるはずだ」
「わたしの力が?」
「そうだ。だから」
可畏はカゴに入っている餡パンをつかむと、勢いよく葛葉の口に突っ込んだ。
「とりあえず、腹ごしらえをしておけ」
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