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第十二章:鬼火の願い
57:花嫁の異能
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「葛葉!」
突然の衝撃に何が起きたのかわからなかった。ぶわりと広がった白い光が眩しい。激流のような圧力に耐えきれず、倒れてしまうと目を閉じた時、葛葉を背後から支える力があった。
同時に、ふわりと香る爽やかな匂い。
「御門様!」
振り返らなくても、葛葉には可畏が自分の身を受け止めてくれたのだとわかる。
「よくやった。見ろ」
可畏に促された方向を見ると、うりざね顔の女が立っている。けれど、さっきまでとは違い、陽の光の中にあっても後光がさしているかのように姿が光って見える。長い黒髪が白く変貌して、余計に輝きを際立たせていた。
「妙さん?」
状況が把握できないまま声をかけると、女は横に首を振る。彼女が両手を差し出すと、白い光が掌の上で輝いていた。右と左の掌にそれぞれ一つ。よく見ると浮いている。
女の手の上で白い玉のような柔らかな光が揺れていた。
――ありがとうございます
安堵したように微笑んで、女が葛葉に感謝を示す。彼女の周りでは掌の上で輝く光とおなじような玉が、ふわふわと現れては浮き上がり、かすかな光の筋を描きながら上空へ消えていく。
女の声に重なるように、どこからか子どもたちの笑い声がした。
――ありがとう
彼女が語ったのはそれだけだったが、葛葉には全てが視えた。伝わってくるのだ。
「付喪神……」
にこりと微笑むと、女の姿がすうっと掻き消えてしまう。子どもたちの笑い声が遠ざかり、光の玉も見えなくなってしまった。
「あ……」
じわりと葛葉の懐にある柄鏡から人肌のような温かさを感じた。咄嗟に手を重ねたが、温もりはすぐに失われる。
なかば呆然としている葛葉の耳に、げほげほと咳き込む声が響いた。はっとして現実に引き戻されると、目の前で蘇生術を施されていた三河屋が息を吹きかえすところだった。
周辺の隊員は何事もなかったように倒れている三河屋を取り囲んでいる。いま葛葉が体験した一連の出来事は、他の人間には見えなかったのだろうか。
葛葉が傍らに立つ可畏を仰ぐと、彼は浅く微笑む。葛葉の予想を肯定するような笑みだった。
三河屋による辺りの検分は後日にまわされ、割腹の良い体が隊員の手によってかつがれると戸板に乗せられた。その様子を見ていた可畏が、葛葉の隣からすっと歩み出た。
運び去られようとしている三河屋に、可畏の酷薄な声が投げられる。
「恨みをかえば、それは自身に跳ね返ってくる」
可畏の掌から蒼い炎があがり、じわじわと変色して黒い火になった。さっきまで三河屋にからみついていた女の髪のようにざわりと蠢いている。
「この世の理だ。よく覚えておけ」
黒い炎は筋となって、女の髪のように広がった後すぐに消えた。色を取り戻し始めていた三河屋の顔色が、ふたたび目に見えて蒼くなる。小刻みに体が震え始めていた。
恨みが昂じて復讐を果たそうとするのは、生きている者だけだとは限らない。
わだかまった怨念に取り殺される寸前だった現実を、可畏が改めて突きつけたのだ。
三河屋が運び去られると、葛葉は自分が感じたことの答え合わせを可畏に求めた。
「あの女性は付喪神だったのですね」
「そうだな。妙と母親、二人の想いを具現していた。とくに母親の三河屋への恨みは凄まじいものがあっただろう。自身だけにとどまらず娘まで手にかけたのだからな」
「はい。それはさっき視えました。」
うりざね顔の女の微笑みとともに葛葉に伝わってきたのだ。柄鏡が見ていた当時の情景。
妙も母親も、ともに同じ家屋で三河屋の手にかかり、犠牲になっていた。
「付喪神は妙の母親が怨霊になることを避けたかった。でも付喪神には大した力もない。声が届く者にきっかけを与えることくらいしかできない」
「でも、それならはじめから教えてくれれば良かったのに……」
唄声に誘われてだどりついても、付喪神が見せたのは妙と子どもたちの和やかな光景だった。妙の身の上をなぞるだけの出会い。
「できなかったんだろう。そもそも人の恨みがこれほど具現することは稀だ。付喪神の願いとは裏腹に、母親の恨みを利用しようと力を与えたものがいる。それが付喪神の願いを遮る働きもしていた」
「恨みに力を与えるなんて、そんなことができるんですか?」
「もちろん普通の人間にはできないが……」
可畏が忌々し気に視線を伏せた。自身の手を見ている。
「もしかして御門様のように強い異能を持っている方ならできるのですか? さっき三河屋に見せた黒い火は妙さんのお母さんの恨みですよね。結局、御門様が封じて下さったのでは?」
「それは違う」
ふたたび葛葉に向けられた可畏の目は笑っていた。
「今回の件では私の出番はなかった。さっきの黒い火は、三河屋を戒めるために見せただけで母親の恨みは関係ない」
「御門様は異能の火にも自在に色をつけられると……」
「私はそんなに器用ではないが」
苦笑しながら、可畏が再び自分の掌に視線を落とした。
「黒い火は私の中にあるものだ。この事件とは何も関係ない。――それより」
話を逸らすように、可畏が葛葉に向けて小さく手をたたく。
「おまえの力も明らかになった。おめでとう、葛葉。よくやった」
「え!?」
突然の賛辞に葛葉は慌てる。まるで心当たりがない。
突然の衝撃に何が起きたのかわからなかった。ぶわりと広がった白い光が眩しい。激流のような圧力に耐えきれず、倒れてしまうと目を閉じた時、葛葉を背後から支える力があった。
同時に、ふわりと香る爽やかな匂い。
「御門様!」
振り返らなくても、葛葉には可畏が自分の身を受け止めてくれたのだとわかる。
「よくやった。見ろ」
可畏に促された方向を見ると、うりざね顔の女が立っている。けれど、さっきまでとは違い、陽の光の中にあっても後光がさしているかのように姿が光って見える。長い黒髪が白く変貌して、余計に輝きを際立たせていた。
「妙さん?」
状況が把握できないまま声をかけると、女は横に首を振る。彼女が両手を差し出すと、白い光が掌の上で輝いていた。右と左の掌にそれぞれ一つ。よく見ると浮いている。
女の手の上で白い玉のような柔らかな光が揺れていた。
――ありがとうございます
安堵したように微笑んで、女が葛葉に感謝を示す。彼女の周りでは掌の上で輝く光とおなじような玉が、ふわふわと現れては浮き上がり、かすかな光の筋を描きながら上空へ消えていく。
女の声に重なるように、どこからか子どもたちの笑い声がした。
――ありがとう
彼女が語ったのはそれだけだったが、葛葉には全てが視えた。伝わってくるのだ。
「付喪神……」
にこりと微笑むと、女の姿がすうっと掻き消えてしまう。子どもたちの笑い声が遠ざかり、光の玉も見えなくなってしまった。
「あ……」
じわりと葛葉の懐にある柄鏡から人肌のような温かさを感じた。咄嗟に手を重ねたが、温もりはすぐに失われる。
なかば呆然としている葛葉の耳に、げほげほと咳き込む声が響いた。はっとして現実に引き戻されると、目の前で蘇生術を施されていた三河屋が息を吹きかえすところだった。
周辺の隊員は何事もなかったように倒れている三河屋を取り囲んでいる。いま葛葉が体験した一連の出来事は、他の人間には見えなかったのだろうか。
葛葉が傍らに立つ可畏を仰ぐと、彼は浅く微笑む。葛葉の予想を肯定するような笑みだった。
三河屋による辺りの検分は後日にまわされ、割腹の良い体が隊員の手によってかつがれると戸板に乗せられた。その様子を見ていた可畏が、葛葉の隣からすっと歩み出た。
運び去られようとしている三河屋に、可畏の酷薄な声が投げられる。
「恨みをかえば、それは自身に跳ね返ってくる」
可畏の掌から蒼い炎があがり、じわじわと変色して黒い火になった。さっきまで三河屋にからみついていた女の髪のようにざわりと蠢いている。
「この世の理だ。よく覚えておけ」
黒い炎は筋となって、女の髪のように広がった後すぐに消えた。色を取り戻し始めていた三河屋の顔色が、ふたたび目に見えて蒼くなる。小刻みに体が震え始めていた。
恨みが昂じて復讐を果たそうとするのは、生きている者だけだとは限らない。
わだかまった怨念に取り殺される寸前だった現実を、可畏が改めて突きつけたのだ。
三河屋が運び去られると、葛葉は自分が感じたことの答え合わせを可畏に求めた。
「あの女性は付喪神だったのですね」
「そうだな。妙と母親、二人の想いを具現していた。とくに母親の三河屋への恨みは凄まじいものがあっただろう。自身だけにとどまらず娘まで手にかけたのだからな」
「はい。それはさっき視えました。」
うりざね顔の女の微笑みとともに葛葉に伝わってきたのだ。柄鏡が見ていた当時の情景。
妙も母親も、ともに同じ家屋で三河屋の手にかかり、犠牲になっていた。
「付喪神は妙の母親が怨霊になることを避けたかった。でも付喪神には大した力もない。声が届く者にきっかけを与えることくらいしかできない」
「でも、それならはじめから教えてくれれば良かったのに……」
唄声に誘われてだどりついても、付喪神が見せたのは妙と子どもたちの和やかな光景だった。妙の身の上をなぞるだけの出会い。
「できなかったんだろう。そもそも人の恨みがこれほど具現することは稀だ。付喪神の願いとは裏腹に、母親の恨みを利用しようと力を与えたものがいる。それが付喪神の願いを遮る働きもしていた」
「恨みに力を与えるなんて、そんなことができるんですか?」
「もちろん普通の人間にはできないが……」
可畏が忌々し気に視線を伏せた。自身の手を見ている。
「もしかして御門様のように強い異能を持っている方ならできるのですか? さっき三河屋に見せた黒い火は妙さんのお母さんの恨みですよね。結局、御門様が封じて下さったのでは?」
「それは違う」
ふたたび葛葉に向けられた可畏の目は笑っていた。
「今回の件では私の出番はなかった。さっきの黒い火は、三河屋を戒めるために見せただけで母親の恨みは関係ない」
「御門様は異能の火にも自在に色をつけられると……」
「私はそんなに器用ではないが」
苦笑しながら、可畏が再び自分の掌に視線を落とした。
「黒い火は私の中にあるものだ。この事件とは何も関係ない。――それより」
話を逸らすように、可畏が葛葉に向けて小さく手をたたく。
「おまえの力も明らかになった。おめでとう、葛葉。よくやった」
「え!?」
突然の賛辞に葛葉は慌てる。まるで心当たりがない。
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