羅刹の花嫁 〜帝都、鬼神討伐異聞〜

長月京子

文字の大きさ
67 / 77
第十四章:可畏(かい)の使命

67:帝の隠し事

しおりを挟む
 数日ぶりに御所へ参内し、可畏かいが帝の結界を抜けると白い水干すいかんを着た子どもが立っていた。目が合うと浅くお辞儀をしてから、回廊を先導するように歩き始める。小さな背中へひとつにまとめた黒髪が垂れ下がり、歩調にあわせて揺れていた。くくばかまからのぞく足が棒のように細く白い。

(陛下の式鬼しきか)

 回廊を辿るように視線を投げても、いつも可畏かいをからかうために現れる玉藻たまもの姿が見えない。

(珍しいな)

 違和感に近いものを感じながら、可畏かいは回廊を渡り帝の御座所ござしょへ赴いた。

「陛下、参りました」

可畏かいはいちいち堅苦しいな」

 言葉とは裏腹に帝は微笑んでいるが、放たれる言葉には玉藻たまもに似た皮肉げな色があった。彼女の影響だというのは明白である。可畏かいは受け流して敬礼を解くと、あらためて帝に目を向けた。

 以前とは違い、彼は黒い軍服ではなくフロックコートを纏っている。煌びやかな徽章きしょうがない上着には物々しさがなく、堅苦しさを和らげる効果があった。

「今日は玉藻たまもの姿が見えないようですが」

「花嫁の様子を見にいくと言っていたぞ」

葛葉くずはの?」と言いかけて、可畏かいは言葉をのみ込んだ。
 帝のからかうような眼差しが癪にさわる。無表情を装ってやり過ごしても、胸の片隅に小火のような苛立ちがあった。玉藻たまも葛葉くずはに何を吹き込むのかは、あえて考えることをやめた。
 くすぶる苛立ちをすぐに鎮火させて、訪問の目的を思い出す。激していては肝心な話ができない。

「陛下、この度はお時間をいただきありがとうございます。さっそく本題に……」

「待て待て、わかった。話は麒麟きりんの間で聞く」

 軟化しない態度を察したのか、帝が降参だと言いたげに提案した。御座所ござしょから場を移すということは、帝なりに可畏かいの話に真剣に向き合うという気概を示したのだろう。

(やはり私が何のために訪れたのか、陛下は察しておられるようだ)

 すでに半分答えが出たに等しいが、可畏かいは促されるままに麒麟きりんの間へ移った。

 洋室としてしつらえられた部屋へ入ると、帝はフロックコートを脱いで長い卓の上座につく。それを見届けて可畏かいが一番近い席にかけると、帝の式鬼が茶器をもって登場した。

 さっきの少年ではなく女性で、和装の上にエプロンをしている。飲食店でちらほら見かけるようになった女給のような格好だった。帝が世間の動向をよく観察しているのがわかる。

「おまえが何を言いたいかは、だいたい察している」

 給仕の式鬼が二人に珈琲を用意した。かぐわしい香りがほのかに立ち昇っている。

「話がはやくて済みます」

 可畏かいが端的に促すと、帝は「はぁ」と大仰に溜息をついた。

「相当怒っているようだな」

「それは怒らせるような心当たりがおありになるということですね」

「――いや、決してそういうわけではないが……」

 潔いのか悪いのかわからない返答で、帝は視線を泳がせている。可畏かいは小さく吐息をつく。

「陛下、ここは単刀直入にお伺いしますが、いったい何を企んでおられるのでしょうか。私は羅刹らせつ封印のためにある。それをご存知でありながら、なぜ隠し事をされるのか。正直なところ理解に苦しみます」

 はっきりと不快であると示すと、帝はうなずいてまっすぐに可畏かいを見つめる。先ほどまでの砕けた印象を改めるような、壮年の威厳を取り戻した表情だった。

「おまえに対して悪気があったわけではない。ただ、いろいろな可能性を考えているだけだ」

「では、どのような思惑があったのか伺っても?」

可畏かいに話しても一笑にすだけだ」

 手の内を明かさない頑なさを感じる。けれどすこし不機嫌な口調に幼稚ともいえる意地が見え隠れしていた。帝のことは幼い頃から知っている。昔から英明な大人だったが、可畏かいには近寄り難いという印象はなかった。むしろ親しみやすさがある。

 彼が頑固な顔を見せると、本意を知るのが一筋縄ではいかないのも把握していた。可畏かいは埒があかないと判断して切り込み方を変える。

「陛下は尾崎おさきを介して、葛葉くずはの能力も異形の正体についてもご存知だったはずです。おそらく千代ちよという童女……、ずっと葛葉くずはを狙っていた者についてもご存じのはず」

 厳しく指摘すると、帝が息苦しそうにシャツの襟元を緩める。可畏かいがさらに追い討ちをかける。

「ご存じであれば教えてください」

 帝は言い逃れできないと諦めたようだった。

「たしかに全て知っていた」

「あの童女は何者なのですか?」

 ゆっくりと帝の眼差しが可畏かいを捉えた。

「――あれは、おまえと同じ者だ」

「私と?」

 そんなことがあり得るだろうか。だが、帝が今さら嘘を語るとも思えない。
 やっかいな話になるのかと可畏かいは気を引き締める。

「では、あの童女は死者ですか?」

 死者。命尽きた者。
 亡骸とならずに在るのなら、人のことわりから逸脱していることになる。

(ずっと幼いままの姿……)

 夜叉の話と辻褄が合う。
 年を重ねることはなく、姿形だけを変えて葛葉くずはの前に現れた奇怪さ。死者ならその不自然さに理屈はとおるが、新たな疑問が湧き上がってくる。

「いったい誰が繋ぎ止めたのですか?」

「おまえには予想がつくだろう」

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる

gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く ☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

呪われた少女の秘された寵愛婚―盈月―

くろのあずさ
キャラ文芸
異常存在(マレビト)と呼ばれる人にあらざる者たちが境界が曖昧な世界。甚大な被害を被る人々の平和と安寧を守るため、軍は組織されたのだと噂されていた。 「無駄とはなんだ。お前があまりにも妻としての自覚が足らないから、思い出させてやっているのだろう」 「それは……しょうがありません」 だって私は―― 「どんな姿でも関係ない。私の妻はお前だけだ」 相応しくない。私は彼のそばにいるべきではないのに――。 「私も……あなた様の、旦那様のそばにいたいです」 この身で願ってもかまわないの? 呪われた少女の孤独は秘された寵愛婚の中で溶かされる 2025.12.6 盈月(えいげつ)……新月から満月に向かって次第に円くなっていく間の月

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

処理中です...