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第十二章 破られた盟約
1:司祭の過去
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王宮の離れに戻り、シルファは自室に夕食の準備をさせた。食事をしながらミアにルミエの事情を明かすと、予想通り仰天する。壁に擬態しているかのように、気配もなく控えているベルゼを見た。
「嘘でしょ? 本当に?」
どうしても信じられない様子だが、ミアに対して口数の少ないベルゼが珍しく返事をした。
「残念ながら、本当です」
ベルゼはミアとルミエにしかわからない出来事を淡々と口にする。さすがにミアも理解したようだった。
「良かったのかどうかは分からないけど、でもベルゼが無事で良かった。ルミエともう会えない感じなのは、ちょっと残念だけど」
ミアは複雑な心持ちを隠すことはなく苦笑する。それでも教会で見た時のような不安げな目はしていなかった。少しは気持ちが落ち着いたのか、用意された料理に手を伸ばす。
「安心したら、お腹が空いてきた」
給仕として控えていたゲルムが、にこやかにミアの皿に料理を盛る。「ありがとう」と言いながらミアがようやく笑顔を見せた。
シルファは教会で感じた違和感が引っかかっていたが、考えすぎかとそっと吐息をつく。
「それにしても、どうして裸足だったんだ?」
ミアはもりもりと食事をしながら、少しはにかむような顔をする。
「実はゲルムに見つからないように、そこの窓から木を伝って下りたの。その時に脱げたんだけど、茂みに落ちて見つからなかったから、もう裸足でいいかなって」
彼女らしい成り行きの気もするが、周りの気遣いを反故にしているという前提だけが、どうしても引っかかる。我を忘れ、施しておいた仕掛けを破る程に、ルミエへの愛着は強かったのだろうか。
「でも、自分でもどうしてそんなに不安になったのか、よくわからない。わたしが駆け付けたところで、何かが変わるわけでもなかったのに。ゲルムには迷惑をかけて、本当にごめんなさい」
「いえ、そんな。僕がもっとミアの気持ちを考えるべきでした」
ゲルムが頭をかく。自分でも不思議だと言うミアの様子を見て、シルファは完全に警戒を解いた。彼女なら親しい者が失踪して、いつも通りでいられる方がおかしいだろう。
シルファもようやく食事に意識が向く。料理に手をつけた時、部屋を訪れる者があった。
「ただいま戻りました」
変わらず陽気な雰囲気で、セラフィが入ってくる。もりもりと食事をしているミアを見て「聞きましたよ!」と笑う。
「え? 何を?」
「ミアが脱走したって」
何とも言えない顔をして、ミアが肩をすくめる。
「うん。ちょっと、心配で我を忘れたというか」
「まぁ、ベルゼのことを話していなかったから、無理もないですね」
セラフィがちらりと寡黙に立っているベルゼを見た。
「そんなに心配されると、ベルゼも悪い気はしないでしょ?」
ベルゼからの回答はない。ただセラフィに冷ややかな一瞥が向けられる。
「あなたは何をしに来たのですか?」
セラフィはふうっと息をついた。表情を改めてシルファを見る。
「報告がありますが、本部へ持ち帰りましょうか」
ミアの存在を気に掛けているようだが、シルファは「いや、いい」と促した。ミアが今日のような衝動に囚われるのなら、多少は危機感を煽っておく必要がある気がしていた。
「では、報告します。まず、ミアを襲った女の血液検査の結果です。――残念ながら、何もでませんでした」
「出てくれた方が話が早いが……、仕方ないな」
シルファは今朝、面会した女の様子を思い浮かべた。何かに囚われた様子。正気とは思えない。血液検査の信憑性を疑いたくなるが、切り替えるしかない。
「反応が出なくても、あの状態では療養が必要だな。あとは犯罪対策庁に任せよう」
「わかりました。では、次。ドラクル司祭のリディアでの過去について」
「さすが、早いな」
「え? 司祭の過去?」
ミアが驚いたようにセラフィを見る。
「どうして? 何かあったの?」
ミアの問いにはシルファが答えた。
「ちょっと気になる話を聞いたから、裏付けをとっただけだよ」
「気になる話って?」
ミアの瞳が好奇心で輝いている。シルファはいつもの調子を取り戻したミアに、すこし悪戯めいた気持ちになる。
「ドラクル司祭の死んだ娘が、教会に出るらしい」
「え?」
ミアが面白いくらいに顔色を変える。
「わたし、幽霊とか、そういうの苦手なんだけど」
震えあがるミアの様子にセラフィとゲルムも笑う。
「呪術対策局って、そんなオカルトな噂まで調べるの?」
「いや、今回は特別」
シルファは笑いながらセラフィに報告を促す。
「はい。では、続けます。ドラクル司祭には娘がいましたが、今から六年前に病気で亡くなっています。その後、妻とは離縁。娘が亡くなる前には、悪魔祓いを行った記録も残っていました。ベルゼの聞いた噂は本当だったみたいです」
「では、マスティアに赴任した際に、娘を連れていたというのはただの噂なのか?」
「渡航歴を見る限り、ドラクル司祭は単身でリディアからマスティアに移っています。記録では同行者はないようですが……」
珍しくセラフィの歯切れが悪い。
「なんだ? 気になることがあるのか?」
「その、ちらほらといるんですよね。黒髪の少女を見たという人が」
「教会のこども達以外にも?」
「はい」
セラフィがちらりと気遣うようにミアを窺う。
「ここから少し怖い話をしますが――」
「嘘でしょ? 本当に?」
どうしても信じられない様子だが、ミアに対して口数の少ないベルゼが珍しく返事をした。
「残念ながら、本当です」
ベルゼはミアとルミエにしかわからない出来事を淡々と口にする。さすがにミアも理解したようだった。
「良かったのかどうかは分からないけど、でもベルゼが無事で良かった。ルミエともう会えない感じなのは、ちょっと残念だけど」
ミアは複雑な心持ちを隠すことはなく苦笑する。それでも教会で見た時のような不安げな目はしていなかった。少しは気持ちが落ち着いたのか、用意された料理に手を伸ばす。
「安心したら、お腹が空いてきた」
給仕として控えていたゲルムが、にこやかにミアの皿に料理を盛る。「ありがとう」と言いながらミアがようやく笑顔を見せた。
シルファは教会で感じた違和感が引っかかっていたが、考えすぎかとそっと吐息をつく。
「それにしても、どうして裸足だったんだ?」
ミアはもりもりと食事をしながら、少しはにかむような顔をする。
「実はゲルムに見つからないように、そこの窓から木を伝って下りたの。その時に脱げたんだけど、茂みに落ちて見つからなかったから、もう裸足でいいかなって」
彼女らしい成り行きの気もするが、周りの気遣いを反故にしているという前提だけが、どうしても引っかかる。我を忘れ、施しておいた仕掛けを破る程に、ルミエへの愛着は強かったのだろうか。
「でも、自分でもどうしてそんなに不安になったのか、よくわからない。わたしが駆け付けたところで、何かが変わるわけでもなかったのに。ゲルムには迷惑をかけて、本当にごめんなさい」
「いえ、そんな。僕がもっとミアの気持ちを考えるべきでした」
ゲルムが頭をかく。自分でも不思議だと言うミアの様子を見て、シルファは完全に警戒を解いた。彼女なら親しい者が失踪して、いつも通りでいられる方がおかしいだろう。
シルファもようやく食事に意識が向く。料理に手をつけた時、部屋を訪れる者があった。
「ただいま戻りました」
変わらず陽気な雰囲気で、セラフィが入ってくる。もりもりと食事をしているミアを見て「聞きましたよ!」と笑う。
「え? 何を?」
「ミアが脱走したって」
何とも言えない顔をして、ミアが肩をすくめる。
「うん。ちょっと、心配で我を忘れたというか」
「まぁ、ベルゼのことを話していなかったから、無理もないですね」
セラフィがちらりと寡黙に立っているベルゼを見た。
「そんなに心配されると、ベルゼも悪い気はしないでしょ?」
ベルゼからの回答はない。ただセラフィに冷ややかな一瞥が向けられる。
「あなたは何をしに来たのですか?」
セラフィはふうっと息をついた。表情を改めてシルファを見る。
「報告がありますが、本部へ持ち帰りましょうか」
ミアの存在を気に掛けているようだが、シルファは「いや、いい」と促した。ミアが今日のような衝動に囚われるのなら、多少は危機感を煽っておく必要がある気がしていた。
「では、報告します。まず、ミアを襲った女の血液検査の結果です。――残念ながら、何もでませんでした」
「出てくれた方が話が早いが……、仕方ないな」
シルファは今朝、面会した女の様子を思い浮かべた。何かに囚われた様子。正気とは思えない。血液検査の信憑性を疑いたくなるが、切り替えるしかない。
「反応が出なくても、あの状態では療養が必要だな。あとは犯罪対策庁に任せよう」
「わかりました。では、次。ドラクル司祭のリディアでの過去について」
「さすが、早いな」
「え? 司祭の過去?」
ミアが驚いたようにセラフィを見る。
「どうして? 何かあったの?」
ミアの問いにはシルファが答えた。
「ちょっと気になる話を聞いたから、裏付けをとっただけだよ」
「気になる話って?」
ミアの瞳が好奇心で輝いている。シルファはいつもの調子を取り戻したミアに、すこし悪戯めいた気持ちになる。
「ドラクル司祭の死んだ娘が、教会に出るらしい」
「え?」
ミアが面白いくらいに顔色を変える。
「わたし、幽霊とか、そういうの苦手なんだけど」
震えあがるミアの様子にセラフィとゲルムも笑う。
「呪術対策局って、そんなオカルトな噂まで調べるの?」
「いや、今回は特別」
シルファは笑いながらセラフィに報告を促す。
「はい。では、続けます。ドラクル司祭には娘がいましたが、今から六年前に病気で亡くなっています。その後、妻とは離縁。娘が亡くなる前には、悪魔祓いを行った記録も残っていました。ベルゼの聞いた噂は本当だったみたいです」
「では、マスティアに赴任した際に、娘を連れていたというのはただの噂なのか?」
「渡航歴を見る限り、ドラクル司祭は単身でリディアからマスティアに移っています。記録では同行者はないようですが……」
珍しくセラフィの歯切れが悪い。
「なんだ? 気になることがあるのか?」
「その、ちらほらといるんですよね。黒髪の少女を見たという人が」
「教会のこども達以外にも?」
「はい」
セラフィがちらりと気遣うようにミアを窺う。
「ここから少し怖い話をしますが――」
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