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第一章:王妃レイアの記憶
2:天界(トロイ)の加護
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レイアが心に希望の火をともしてから一月がたち、二月が過ぎても、依然として魔王が姿を現すことはなかった。日々は人界の破滅が幻だったのかのように、安穏とすぎていく。
人界の再興。
その希望を形にするために、レイアは命と生涯を捧げると決めた。そのために魔王の力が必要ならば、憎いだけの敵に心を許すふりも貫いてみせる。
たとえどれほど異形で、非道であったとしても。
けれど、姿を見ることもかなわない現状では、こちらの思惑が通じる相手なのか、全く知る手立てがない。
「レイア様、この宮殿を出ましょう」
一見平穏だが、何も始まらない日々。レイアが焦燥に駆られ始めた頃、ノルンから提案があった。彼女はいつもレイアの気持ちを察してくれる。
「魔界を出て、天界を目指すのです」
「天界を?」
「はい。天界は人界の破滅を望んではいませんでした。王妃であったレイア様の消息が知れれば、きっと力を貸してくれます」
天界。たしかにレイアのつぎはぎだらけの記憶にも、美しい印象が刻まれている。金髪碧眼の美しい王が治めるという、有翼種の住む世界。
天界は天空。人界は大地。魔界は地底《ガルズ》。
この戦いの発端についても、レイアの記憶からは失われている。
魔族が大地を欲して始まったのだと、ノルンが教えてくれた過去だけが事実だった。
レイアはすぐに心を決めた。囚われているだけの身から打開策があるのなら、賭けてみるしかない。
ノルンの差し出した一見粗末だが、明らかに身動きのしやすい衣装を見て、レイアは深く頷いた。
今纏っているのは、輝くような光沢のある純白の布に、ゆったりとした襞をもたせ、金の飾りで留めた美しいだけの衣装。これでは逃避行に支障がある。
ノルンはすぐにレイアの纏う女神のような衣装の留め具となっている装飾に手をかけた。手際よく召し替えを進める。癖のある美しい金髪も、邪魔にならぬように固く編んでくれた。
どうやら、ノルンの計画は思いつきではないようだ。動物の皮で作られた大きな袋には、すでに逃亡のために必要なものが入っていた。
「レイア様、これを」
宮殿を出る身支度が整うとノルンがそっと手を差し出してくる。レイアが掌を広げると、彼女は美しい模様の描かれた金の塊をレイアに握らせた。
「これは、天界の王であるヴァンス様の加護ーー天界の証です」
「どうして、あなたがこのような物を?」
「トール様はヴァンス様と親交が深かった。もし自分に何かがあった時は、これを持ってヴァンス様を頼れというのが陛下の口癖でした。この証が、きっとレイア様の身を守って下さいます」
「陛下が、そのようなことを……」
レイアの脳裏には何の名残もない。自分はどうしてこれほどまでに愛する人のことを忘れてしまったのだろうか。
顔すら覚えていないのに、焼け付くような想いだけが刻まれている。
ーー私はこの世の平和を望む。
蘇る言葉と共に、脳裏にひらりと金髪が翻る。白金が閃くような眩い輝き。癖のない美しい頭髪が、光を弾く。
これは誰の面影だろうか。
「ノルン、陛下は美しい金髪のお方でしたか?」
「?――はい。それはもう、輝くばかりの」
「そうですか」
やはりこの記憶はトールの面影なのだ。レイヤは覚悟を決めるようにぐっと握りしめた手で胸を押さえた。
何もない自分を突き動かす、ただ一つの願い。
レイアはノルンに伴われて、はじめて宮殿の外へ出た。
人界の再興。
その希望を形にするために、レイアは命と生涯を捧げると決めた。そのために魔王の力が必要ならば、憎いだけの敵に心を許すふりも貫いてみせる。
たとえどれほど異形で、非道であったとしても。
けれど、姿を見ることもかなわない現状では、こちらの思惑が通じる相手なのか、全く知る手立てがない。
「レイア様、この宮殿を出ましょう」
一見平穏だが、何も始まらない日々。レイアが焦燥に駆られ始めた頃、ノルンから提案があった。彼女はいつもレイアの気持ちを察してくれる。
「魔界を出て、天界を目指すのです」
「天界を?」
「はい。天界は人界の破滅を望んではいませんでした。王妃であったレイア様の消息が知れれば、きっと力を貸してくれます」
天界。たしかにレイアのつぎはぎだらけの記憶にも、美しい印象が刻まれている。金髪碧眼の美しい王が治めるという、有翼種の住む世界。
天界は天空。人界は大地。魔界は地底《ガルズ》。
この戦いの発端についても、レイアの記憶からは失われている。
魔族が大地を欲して始まったのだと、ノルンが教えてくれた過去だけが事実だった。
レイアはすぐに心を決めた。囚われているだけの身から打開策があるのなら、賭けてみるしかない。
ノルンの差し出した一見粗末だが、明らかに身動きのしやすい衣装を見て、レイアは深く頷いた。
今纏っているのは、輝くような光沢のある純白の布に、ゆったりとした襞をもたせ、金の飾りで留めた美しいだけの衣装。これでは逃避行に支障がある。
ノルンはすぐにレイアの纏う女神のような衣装の留め具となっている装飾に手をかけた。手際よく召し替えを進める。癖のある美しい金髪も、邪魔にならぬように固く編んでくれた。
どうやら、ノルンの計画は思いつきではないようだ。動物の皮で作られた大きな袋には、すでに逃亡のために必要なものが入っていた。
「レイア様、これを」
宮殿を出る身支度が整うとノルンがそっと手を差し出してくる。レイアが掌を広げると、彼女は美しい模様の描かれた金の塊をレイアに握らせた。
「これは、天界の王であるヴァンス様の加護ーー天界の証です」
「どうして、あなたがこのような物を?」
「トール様はヴァンス様と親交が深かった。もし自分に何かがあった時は、これを持ってヴァンス様を頼れというのが陛下の口癖でした。この証が、きっとレイア様の身を守って下さいます」
「陛下が、そのようなことを……」
レイアの脳裏には何の名残もない。自分はどうしてこれほどまでに愛する人のことを忘れてしまったのだろうか。
顔すら覚えていないのに、焼け付くような想いだけが刻まれている。
ーー私はこの世の平和を望む。
蘇る言葉と共に、脳裏にひらりと金髪が翻る。白金が閃くような眩い輝き。癖のない美しい頭髪が、光を弾く。
これは誰の面影だろうか。
「ノルン、陛下は美しい金髪のお方でしたか?」
「?――はい。それはもう、輝くばかりの」
「そうですか」
やはりこの記憶はトールの面影なのだ。レイヤは覚悟を決めるようにぐっと握りしめた手で胸を押さえた。
何もない自分を突き動かす、ただ一つの願い。
レイアはノルンに伴われて、はじめて宮殿の外へ出た。
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