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第二章:破滅(ラグナロク)の傷跡
7:ルシア=アウズンブラ
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今日もクルドは荒唐無稽な話をしている。いつまでも折り合わないことに疲れて、レイアは半ば諦めてルシアという名を受け入れていた。
そもそも自分は魔王に囚われた奴隷のようなものだ。奴隷に権利はない。抗うことがおかしい。女神だというのなら、その役割を全うするだけである。
人界の王妃レイア=ニブルヘムではなく、ルシア=アウズンブラ。
魔王が望むのは、天界の女神。
「ねぇ、クルド。あなたの話が本当なら、魔王はなぜ私をここに閉じ込めるのでしょうか」
「それはルシア様をお守りするためです。それに、とにかく今は蛇の刷り込みで間違った思い込みに囚われていらっしゃるので」
「思い込みと言いますが、では、私が覚えているこの気持ちはどうなるのです? 私はトール陛下を愛しています」
「ですから、それは私の母であるレイアの想いです」
「ーー……」
また不毛な会話が始まりそうになり、ルシアはぐっと口を噤んだ。ため息をつきそうになって、ふと浮かんだ考えをぶつけてみる。
「あなたが王妃の娘であるというなら、王女のはずです。王女に奴隷の世話ができるだなんて、あり得ないことだとは思いませんか?」
「私はもう王女ではありませんので、できることは何でもいたします。それにルシア様は奴隷ではありません。……そんなことあるはずがないのに。私のことも覚えておられないのですから」
クルドが寂しそうに吐息をつく。やはり何を言っても彼女の話は覆らないようだ。諦めにも似た気持ちで、ルシアは自嘲的に微笑む。
「あなたのお話では、まるで魔王が英雄のように聞こえます」
「ディオン様は英雄です」
「ーー私にとっては非道な魔族でしかありません」
「何度でも申し上げますが、人界を滅ばしたのはディオン様ではありません」
「もし仮にそれが事実だとしても、彼は私の目の前でノルンを殺しました。ずっと私の心を慰めてくれていた者を、何のためらいもなく……」
再び視界が滲む。クルドは声を詰まらせたルシアの様子を静かに見守っていたが、すっとルシアの手を握った。
「ルシア様。少し外に出てみませんか?」
「……私に外に出る権利があるのでしょうか」
クルドまで魔王の餌食になってほしくない。ルシアの不安そうな顔を見たせいか、クルドは励ますように笑顔を見せる。
「もちろん魔王の丘より向こう側へはいけません。古き者の加護が届かず危険ですから。外と言っても、この王宮の外庭までしかご案内できませんが、ルシア様に見ていただきたいものがあります」
思いついた作戦に期待するような眼で、クルドがルシアの腕を引いた。何か気晴らしでもさせてくれるのかと、ルシアは立ち上がる。期待はしていないが、塔に閉じこもっているだけでは退屈だった。
クルドに導かれて塔を出ると、以前よりも霧が晴れていた。曇天であることは変わらないが、幾分溌溂とした光景が広がっている。
真正面に立つと、宮殿の中庭はルシアが思い描いていたよりも美しかった。
恐ろしい頭をした魔族を見るかと恐れていたが、辺りを見回してもそのような者はいない。
塞いでいた気持ちに風が通り過ぎたように、心がふわりと明るくなる。
「地底を美しく感じるなんて……」
ルシアの呟きには、クルドが不思議そうな顔をする。
「これまで中庭を散策することはなかったのですか?」
「え? はい。塔内を出ることは許されていませんでした」
「そんなはず……」
言いかけてクルドが言葉を飲み込む。悔しそうに顔を歪めた後は、気持ちを切り替えたのかルシアに笑顔を向ける。
「それなら、これからは中庭や外庭を散策されると良いです」
「庭がこのような状態ならそうしたいですが、魔王の宮殿は恐ろしげな頭を持った魔族が守っているのではないですか?」
「魔族ーーですか? それも蛇……、ノルンがルシア様に教えたことでしょうか」
「いいえ。ノルンと魔王の丘を出ようとしたときに見たのです。クルドが言うように、本当に魔王が私を大切に扱ってくれているのでしたら、襲ってくることはないのでしょうが……」
ノルンは顎に手を当てて小さく唸る。少女らしいあどけない仕草だが、困っているようにも見えた。
「誰もが知っていることですが、地底の魔族は遠い昔に滅びた種族です」
「え? そんなはずはーー、では、私が見た者は?」
そもそも自分は魔王に囚われた奴隷のようなものだ。奴隷に権利はない。抗うことがおかしい。女神だというのなら、その役割を全うするだけである。
人界の王妃レイア=ニブルヘムではなく、ルシア=アウズンブラ。
魔王が望むのは、天界の女神。
「ねぇ、クルド。あなたの話が本当なら、魔王はなぜ私をここに閉じ込めるのでしょうか」
「それはルシア様をお守りするためです。それに、とにかく今は蛇の刷り込みで間違った思い込みに囚われていらっしゃるので」
「思い込みと言いますが、では、私が覚えているこの気持ちはどうなるのです? 私はトール陛下を愛しています」
「ですから、それは私の母であるレイアの想いです」
「ーー……」
また不毛な会話が始まりそうになり、ルシアはぐっと口を噤んだ。ため息をつきそうになって、ふと浮かんだ考えをぶつけてみる。
「あなたが王妃の娘であるというなら、王女のはずです。王女に奴隷の世話ができるだなんて、あり得ないことだとは思いませんか?」
「私はもう王女ではありませんので、できることは何でもいたします。それにルシア様は奴隷ではありません。……そんなことあるはずがないのに。私のことも覚えておられないのですから」
クルドが寂しそうに吐息をつく。やはり何を言っても彼女の話は覆らないようだ。諦めにも似た気持ちで、ルシアは自嘲的に微笑む。
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「ーー私にとっては非道な魔族でしかありません」
「何度でも申し上げますが、人界を滅ばしたのはディオン様ではありません」
「もし仮にそれが事実だとしても、彼は私の目の前でノルンを殺しました。ずっと私の心を慰めてくれていた者を、何のためらいもなく……」
再び視界が滲む。クルドは声を詰まらせたルシアの様子を静かに見守っていたが、すっとルシアの手を握った。
「ルシア様。少し外に出てみませんか?」
「……私に外に出る権利があるのでしょうか」
クルドまで魔王の餌食になってほしくない。ルシアの不安そうな顔を見たせいか、クルドは励ますように笑顔を見せる。
「もちろん魔王の丘より向こう側へはいけません。古き者の加護が届かず危険ですから。外と言っても、この王宮の外庭までしかご案内できませんが、ルシア様に見ていただきたいものがあります」
思いついた作戦に期待するような眼で、クルドがルシアの腕を引いた。何か気晴らしでもさせてくれるのかと、ルシアは立ち上がる。期待はしていないが、塔に閉じこもっているだけでは退屈だった。
クルドに導かれて塔を出ると、以前よりも霧が晴れていた。曇天であることは変わらないが、幾分溌溂とした光景が広がっている。
真正面に立つと、宮殿の中庭はルシアが思い描いていたよりも美しかった。
恐ろしい頭をした魔族を見るかと恐れていたが、辺りを見回してもそのような者はいない。
塞いでいた気持ちに風が通り過ぎたように、心がふわりと明るくなる。
「地底を美しく感じるなんて……」
ルシアの呟きには、クルドが不思議そうな顔をする。
「これまで中庭を散策することはなかったのですか?」
「え? はい。塔内を出ることは許されていませんでした」
「そんなはず……」
言いかけてクルドが言葉を飲み込む。悔しそうに顔を歪めた後は、気持ちを切り替えたのかルシアに笑顔を向ける。
「それなら、これからは中庭や外庭を散策されると良いです」
「庭がこのような状態ならそうしたいですが、魔王の宮殿は恐ろしげな頭を持った魔族が守っているのではないですか?」
「魔族ーーですか? それも蛇……、ノルンがルシア様に教えたことでしょうか」
「いいえ。ノルンと魔王の丘を出ようとしたときに見たのです。クルドが言うように、本当に魔王が私を大切に扱ってくれているのでしたら、襲ってくることはないのでしょうが……」
ノルンは顎に手を当てて小さく唸る。少女らしいあどけない仕草だが、困っているようにも見えた。
「誰もが知っていることですが、地底の魔族は遠い昔に滅びた種族です」
「え? そんなはずはーー、では、私が見た者は?」
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