33 / 58
第七章:昔日に重なる日々
33:ルシアの危惧
しおりを挟む
「ですから! 私が知りたいのは、なぜディオン様が堕天されたのか。どうしてその身に邪悪を飼うのかという事です。それに、本当は私の記憶が戻ることを待っておられるのではないのですか? 私が翼を失ったことと何か関係があるのでは?」
勢いに任せて聞いてみても、ディオンは動じることもなく面白そうにほほ笑んでいる。
「堕天したのは最果てのためだ。ヴァンスの力を避けるために古き者の力を借りた。全てその代償だ。この話は信じられないか」
「そういうわけでは……」
クルドとアルヴィにも彼は同じ説明をしている。嘘だとも思えず詮索のしようがないが、ルシアの内には不安がわだかまっている。
「それに何度も言うが、私はルシアが思い出す事に固執していない。今さら過ぎた時間を惜しまなくても、おまえはここにいる」
過去に未練はないという強さが、ディオンにはある。
ルシアは頷いた。彼の傍に居られることは幸運だと受け止めている。
けれど。
「ディオン様、私はーー」
いつのまにか、少しずつルシアの胸にも淀みはじめた憂慮。今はアルヴィとクルドの気持ちが痛いほどわかってしまう。
「私は心配なのです。私だけではありません。アルヴィもクルドも、邪悪を飼うディオン様の身を案じています」
「大丈夫だと何度言ったらわかる?」
どうしてディオンの安否が信じられないのかは、ルシアにもはっきりわからない。天界の輝きを失った姿。魔性を示す容姿が不安を掻き立てるのだろうか。
「邪悪はディオン様の正気を犯すほどの存在です。案じるなと言われても、やはり心配になります」
「たしかにおまえには怖い思いをさせた」
「あれほどの豹変をもたらすものが、安全だとは思えません」
ルシアの切実な訴えを茶化すことはせず、ディオンは困ったように微笑む。長い爪がルシアの髪に触れた。
「邪悪を封じるにはこの方法しかなかった」
「やはり自身を犠牲にしておられるのですね。それは最果てのために?」
ルシアの長い髪の一房を弄んでいた指先がすっと遠ざかる。
「ーーそうだな。邪悪は容易く世界を滅ぼす。地底を滅ぼしたように」
「え?」
「古き者が統治していた地底は美しく華やかな世界だったと聞く。だが邪悪が生まれ全てが失われた」
「地底が……。そんな過去があったのですね。邪悪はそのあとどうなったのです? ずっと地底に留まっていたのですか」
ディオンは答えず、もう一度ルシアの体を引き寄せる。抱きすくめられてしまい、ルシアに彼がどんな顔をしているのか見えない。
「もしかしてディオン様の飼う邪悪は、それと同じ者なのですか?」
ルシアの体にまわされた腕に少し力がこもる。
「――私は古き者に試されているのかもしれない」
「ディオン様が?」
「……案じるな、ルシア。私を信じろ。必ず成し遂げる」
心に刻まれた光景に重なる、自信に溢れた面影。想い出と変わらず、言葉には揺るぎない強さが満ちていた。
「ーーはい」
ルシアには頷く事しかできない。彼の胸に身を寄せたまま、目を閉じると穏やかなディオンの鼓動に包まれた。
彼の目指す道の先に輝く光。ディオンを疑っているわけではない。彼が何かを諦めるとも思えない。けれど、ルシアはどうしても不安を拭えないのだ。これからも変わらず彼の傍に寄ることが許さているのだろうか。
「信じています」
祈るような気持ちで、ルシアは彼の広い背に回した腕に力を込めた。
勢いに任せて聞いてみても、ディオンは動じることもなく面白そうにほほ笑んでいる。
「堕天したのは最果てのためだ。ヴァンスの力を避けるために古き者の力を借りた。全てその代償だ。この話は信じられないか」
「そういうわけでは……」
クルドとアルヴィにも彼は同じ説明をしている。嘘だとも思えず詮索のしようがないが、ルシアの内には不安がわだかまっている。
「それに何度も言うが、私はルシアが思い出す事に固執していない。今さら過ぎた時間を惜しまなくても、おまえはここにいる」
過去に未練はないという強さが、ディオンにはある。
ルシアは頷いた。彼の傍に居られることは幸運だと受け止めている。
けれど。
「ディオン様、私はーー」
いつのまにか、少しずつルシアの胸にも淀みはじめた憂慮。今はアルヴィとクルドの気持ちが痛いほどわかってしまう。
「私は心配なのです。私だけではありません。アルヴィもクルドも、邪悪を飼うディオン様の身を案じています」
「大丈夫だと何度言ったらわかる?」
どうしてディオンの安否が信じられないのかは、ルシアにもはっきりわからない。天界の輝きを失った姿。魔性を示す容姿が不安を掻き立てるのだろうか。
「邪悪はディオン様の正気を犯すほどの存在です。案じるなと言われても、やはり心配になります」
「たしかにおまえには怖い思いをさせた」
「あれほどの豹変をもたらすものが、安全だとは思えません」
ルシアの切実な訴えを茶化すことはせず、ディオンは困ったように微笑む。長い爪がルシアの髪に触れた。
「邪悪を封じるにはこの方法しかなかった」
「やはり自身を犠牲にしておられるのですね。それは最果てのために?」
ルシアの長い髪の一房を弄んでいた指先がすっと遠ざかる。
「ーーそうだな。邪悪は容易く世界を滅ぼす。地底を滅ぼしたように」
「え?」
「古き者が統治していた地底は美しく華やかな世界だったと聞く。だが邪悪が生まれ全てが失われた」
「地底が……。そんな過去があったのですね。邪悪はそのあとどうなったのです? ずっと地底に留まっていたのですか」
ディオンは答えず、もう一度ルシアの体を引き寄せる。抱きすくめられてしまい、ルシアに彼がどんな顔をしているのか見えない。
「もしかしてディオン様の飼う邪悪は、それと同じ者なのですか?」
ルシアの体にまわされた腕に少し力がこもる。
「――私は古き者に試されているのかもしれない」
「ディオン様が?」
「……案じるな、ルシア。私を信じろ。必ず成し遂げる」
心に刻まれた光景に重なる、自信に溢れた面影。想い出と変わらず、言葉には揺るぎない強さが満ちていた。
「ーーはい」
ルシアには頷く事しかできない。彼の胸に身を寄せたまま、目を閉じると穏やかなディオンの鼓動に包まれた。
彼の目指す道の先に輝く光。ディオンを疑っているわけではない。彼が何かを諦めるとも思えない。けれど、ルシアはどうしても不安を拭えないのだ。これからも変わらず彼の傍に寄ることが許さているのだろうか。
「信じています」
祈るような気持ちで、ルシアは彼の広い背に回した腕に力を込めた。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします
卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。
ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。
泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。
「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」
グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。
敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。
二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。
これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。
(ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中)
もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。
ねーさん
恋愛
あ、私、悪役令嬢だ。
クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。
気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる