魔王と囚われた王妃 ~断末魔の声が、わたしの心を狂わせる~

長月京子

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第七章:昔日に重なる日々

33:ルシアの危惧

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「ですから! 私が知りたいのは、なぜディオン様が堕天されたのか。どうしてその身に邪悪ガルドルを飼うのかという事です。それに、本当は私の記憶が戻ることを待っておられるのではないのですか? 私が翼を失ったことと何か関係があるのでは?」

 勢いに任せて聞いてみても、ディオンは動じることもなく面白そうにほほ笑んでいる。

「堕天したのは最果てユグドラシルのためだ。ヴァンスの力を避けるために古き者ブーリンの力を借りた。全てその代償だ。この話は信じられないか」

「そういうわけでは……」

 クルドとアルヴィにも彼は同じ説明をしている。嘘だとも思えず詮索のしようがないが、ルシアの内には不安がわだかまっている。

「それに何度も言うが、私はルシアが思い出す事に固執していない。今さら過ぎた時間を惜しまなくても、おまえはここにいる」

 過去に未練はないという強さが、ディオンにはある。
 ルシアは頷いた。彼の傍に居られることは幸運だと受け止めている。
 けれど。

「ディオン様、私はーー」

 いつのまにか、少しずつルシアの胸にも淀みはじめた憂慮。今はアルヴィとクルドの気持ちが痛いほどわかってしまう。

「私は心配なのです。私だけではありません。アルヴィもクルドも、邪悪ガルドルを飼うディオン様の身を案じています」

「大丈夫だと何度言ったらわかる?」

 どうしてディオンの安否が信じられないのかは、ルシアにもはっきりわからない。天界トロイの輝きを失った姿。魔性を示す容姿が不安を掻き立てるのだろうか。

邪悪ガルドルはディオン様の正気を犯すほどの存在です。案じるなと言われても、やはり心配になります」

「たしかにおまえには怖い思いをさせた」

「あれほどの豹変をもたらすものが、安全だとは思えません」

 ルシアの切実な訴えを茶化すことはせず、ディオンは困ったように微笑む。長い爪がルシアの髪に触れた。

邪悪ガルドルを封じるにはこの方法しかなかった」

「やはり自身を犠牲にしておられるのですね。それは最果てユグドラシルのために?」

 ルシアの長い髪の一房を弄んでいた指先がすっと遠ざかる。 

「ーーそうだな。邪悪ガルドルは容易く世界を滅ぼす。地底ガルズを滅ぼしたように」

「え?」

古き者ブーリンが統治していた地底ガルズは美しく華やかな世界だったと聞く。だが邪悪ガルドルが生まれ全てが失われた」

地底ガルズが……。そんな過去があったのですね。邪悪ガルドルはそのあとどうなったのです? ずっと地底ガルズに留まっていたのですか」

 ディオンは答えず、もう一度ルシアの体を引き寄せる。抱きすくめられてしまい、ルシアに彼がどんな顔をしているのか見えない。

「もしかしてディオン様の飼う邪悪ガルドルは、それと同じ者なのですか?」

 ルシアの体にまわされた腕に少し力がこもる。

「――私は古き者ブーリンに試されているのかもしれない」

「ディオン様が?」

「……案じるな、ルシア。私を信じろ。必ず成し遂げる」

 心に刻まれた光景に重なる、自信に溢れた面影。想い出と変わらず、言葉には揺るぎない強さが満ちていた。

「ーーはい」

 ルシアには頷く事しかできない。彼の胸に身を寄せたまま、目を閉じると穏やかなディオンの鼓動に包まれた。

 彼の目指す道の先に輝く光。ディオンを疑っているわけではない。彼が何かを諦めるとも思えない。けれど、ルシアはどうしても不安を拭えないのだ。これからも変わらず彼の傍に寄ることが許さているのだろうか。

「信じています」

 祈るような気持ちで、ルシアは彼の広い背に回した腕に力を込めた。
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