魔王と囚われた王妃 ~断末魔の声が、わたしの心を狂わせる~

長月京子

文字の大きさ
57 / 58
おまけ短編:失われた過去の馴れ初め

0−4:本当の気持ち

しおりを挟む
「それで?」

「え?」

「なぜ、おまえが身代わりになるという話になった? レイアに何を言われた?」

 ルシアの受け止め方では、まるで自分がレイアを望んでいるかのような結論になる。いったい双神の姉から何を言われたのか気になった。ディオンがもっとも懸念している本題はどうなっているのか。レイアが人界降嫁を望んでいることは、ルシアに伝わっているのだろうか。

「それは……」

 まるで大きな失態を犯したように、ルシアはいまにも泣き出しそうに目を伏せた。

「レイアには他に好きな方がいると聞いただけです。私の申し出は、私が勝手に訴えているだけで、レイアは関係ありません……」

 ディオンはますますわからなくなったが、とりあえず口を挟まずルシアの訴えに耳を傾けた。

「ディオン様がレイアをお望みであることは承知しておりますが、私はレイアの想いを叶えたいのです。だから――」

「ちょっと待て、ルシア」

 なぜそんな思い込みを抱いているのかは、まるで理解できないが、ルシアが誤解していることは明白だった。

「私はレイアを望んだ事などない」

「え?……でもディオン様はレイアを妃に望んでいるのでは?」

「噂のことか」

 全く身に覚えのない話だが、思えばレイアが人界降嫁を訴えるたびに謁見していたことが発端となったのかもしれない。周りの目には逢瀬を重ねているように映るだろう。

 レイアがルシアに人界降嫁の望みを話していないのなら、彼女にも同様の誤解が生まれるの道理だった。自分の浅慮が招いた結果とも言える。

 ディオンは思わず吐息をついたが、ルシアは信じられないと言いたげにこちらを見ている。

「ディオン様はレイアのことを望んでおられるのではないのですか? だから、レイアと揉めているのでは?」

「そういう事か」

 ディオンはようやく不可解な謎がとけたように、成り行きを理解した。

「――どうやらおまえは肝心なことを何も聞いていないようだな」

 経緯を知ると同時に、レイアの思惑にたどり着いて忌々しい気持ちになる。まだルシアには人界降嫁の望みを打ち明けていないようだ。それどころかディオンにその役割を負わせようとしている。

(……レイア、どこまでも喰えない女神だ)

「あの、肝心なこととは?」

 ルシアはまだ不安の残る眼差しをしている。

 片割れの人界降嫁。それはいずれ二人が生き別れることを意味する。人の寿命を享受すれば、レイアはルシアを置いてこの世を去る事になるのだ。同じ時を生きられない。

 知ればルシアは嘆くかもしれないが、受け入れることも想像がついた。

 レイアの想いを守りたい。

 そのために、自身を身代わりに差し出すほどの決意を見せるのだ。
 たとえ人界降嫁を伴っても、ルシアの姉への気持ちは変わらないだろう。

「ディオン様がレイアをお望みでなければ、どうして揉めていたのですか?」

「それは……」

 さすがにディオンも伝える事をためらう重荷だが、同時にレイアは抜かりなく見返りも用意している。

 今まで自分を避けていた愛しい女神が、訪れてきた理由。

 ディオンは先にそちらに手を伸ばすことにした。

「レイアの問題を話す前に、私もおまえに聞きたいことがある」

「私に?」

「慕っていたというわりに、おまえは私の事を避けていたようだが……」

「あ……」

 ルシアがぎくりと身じろぐ。自分が訴えた事を思い出したのか、小さな肩を強張らせたまま、みるみる顔が紅潮した。

「あの、それはお忘れください」

「忘れる?」

「はい、聞かなかった事にして下さい。私はディオン様はレイアのことをお望みなのだとばかり思いこんでいて、だから、その、同じ容貌の自分なら何とかならないかと浅はかな考えで……」

 話が逆の方向にそれていくのを感じる。全てをなかった事にして逃げられそうな予感がしたが、この機会を逃す程ディオンは甘くない。

 レイアもルシアの気持ちを汲んでいるはずだった。
 ディオンに重荷を託したのも、先を見越してのことである。

 人界降嫁を果たした場合の末路。レイアはいずれルシアを置いてこの世を去る。
 だから彼女は、独りになったルシアの傍で心を砕いてくれる者を欲しているのだ。

「私が大変な思い違いをしており、それで……。ディオン様には本当にお詫びのしようもなく……」

「ルシア、残念ながら今さら聞かなかった事にはできない」

「いえ、でも……」

「それとも、私を慕っているというのは作り話か」

 まっすぐに切り込むと、ルシアは全身を紅潮させそうな勢いでさらに頬を染めた。

「それは、――嘘ではありません。ディオン様のことは、ずっと憧れで、お慕いしておりました。ですが、レイアと想いを通わせていると思っていたので、あまりお傍によるのも良くないと思って……。ディオン様を避けていたのは、私の気持ちの問題で、……そのようにつまらない理由なのです。もしご不快であったなら、本当に申し訳ございません」

 ディオンはようやく心が緩む。傍に置きたいと願った豊穣スクリングラの女神。

 レイアの思惑は煩わしいが、二人に感じる双神の絆を思い知る。簡単には太刀打ちできない強固な鎖のように思えた。いつかルシアの内で、自分がレイアを超えることができるのだろうか。

「ルシア」

 痛々しく感じるほど恥じ入っているルシアの視線が、ディオンと重なる。
 美しく愛しい女神。
 心が伴うのなら躊躇ためらわない。ディオンはゆっくりと手を伸ばし、彼女に触れた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

処理中です...