3 / 233
第一話 天落の地
第1章:1 待ち合わせ
しおりを挟む
朱里の通う学校は、辺りでは名の通った私立学院である。幼等部から大学院まで揃っており、現在、朱里の在籍している高等部は自由で穏やかな校風だった。
それでも小等部、中等部と厳しく躾けられてきた持ち上がりの学生は、目に余るほど羽目を外すこともなかった。
けれど、今夜ばかりは話が違う。同級生達は純粋な好奇心から、とんでもない悪事を企てているのだ。
時刻はもうすぐ午後八時に差し掛かろうとしている。
企てた同級生達は用意周到である。今夜の計画は学院の警備システムの調査から始まっているのだ。
朱里はすっかり日の暮れた校庭の片隅で、暗い顔をして立ち尽くしていた。気が気でなく、思わず探検隊が集合する場所に一番乗りしている。
(まるで、これじゃ私がはりきっているみたい)
この企てが計画されてから、朱里は何度自分の性格を呪ったか判らない。
聳え立つ見慣れた校舎は、昼間とは別の様相を呈している。同じ建物なのかと疑いたくなるくらい恐ろしげに迫っていた。暗闇に浮かび上がる校舎を眺めていると、窓際に有り得ない人影を見てしまいそうな気がして、朱里はすぐに視線を逸らした。
その時。
すっと肩に手の触れる気配がした。朱里は短く悲鳴をあげて、びくりと肩を上下させる。
「委員長、声が大きいよ」
「び、びっくりした」
校庭の片隅にいることが心細くなった矢先に、そんな現れ方をしないでほしい。朱里は大きく息をついて、やって来た生徒と向かい合った。
「楽しみだね、委員長」
精悍な顔立ちに屈託のない笑みが浮かんだ。
焦げ茶の髪に碧眼を持った、浅黒い肌の男子生徒。闇の中にあっても、明るい瞳だけが不思議な色合いで浮かび上がっている。
「私は楽しくないんだけど」
朱里が素直に告げると、彼は悪戯っぽく笑って肩を竦めて見せた。新学期が始まってから、同じ学級に編入してきた海外留学生である。名を彼方=グリーンゲートと言う。
朱里が訊いたこともないような国の出身で、両親のどちらかが日本人ということらしい。母国では王族に仕えるような高い家柄の生まれであるらしかった。
彼の人懐こい笑顔を見て、朱里はふと彼が諸悪の根源であったことを思い出した。異国からやって来た留学生は、なぜか昔の神話や言い伝えに造詣が深い。結果として、学院の鬼の噂を耳にして強く興味を示したのだ。
鬼の巣窟と噂される場所に踏み込むという発想は、間違いなく彼の興味が発端だろう。思わず恨みがましい眼差しで彼を見てしまう。
「委員長はどうしてメガネをかけているの? それ、レンズに度が入っていないよね」
簡単に言い当てられて朱里は戸惑う。どう答えていいのか判らずうろたえていると、背後で聞きなれた声がした。
「あのね、朱里は自分の瞳の色が嫌いなの。小さい頃、からかわれて嫌な思いをしたから」
的確に事実を伝えたのは、幼等部からの友人である川瀬夏美だった。小柄で色白で、少しおっとりとした動作には、まだ少しだけ少女の頃の面影が残っている。
「――夏美」
朱里は気心の知れた友人の登場にほっとして、思わず肩の力が抜ける。
「綺麗な瞳の色をしているのに、もったいないね」
彼方は朱里に近づいて、何のためらいもなく眼鏡に手をかけた。
「ちょっと」
朱里が声をあげると、彼は指先でメガネをくるくると弄びながら、朱里の素顔を眺めた。
「委員長は美人なのに、どうして隠すの?」
人懐こい笑顔で、彼は臆面もなく言う。朱里は頬が熱くなるのを感じだか、すぐに彼が弄んでいる眼鏡を奪い返した。
「冗談はいいから、返して。とにかく、眼鏡をしていないと落ち着かないの」
「ふうん。もったいない」
素直な感想が可笑しかったらしく、夏美が横で控えめに笑っている。朱里は携帯電話で時間を確かめた。あと五分もすれば約束の時間になる。
今夜の計画で立ち入り禁止区域に向かう探検隊は三名に決定していた。朱里と彼方と、あと一名である。
夏美はこの場所で見張りを兼ねた連絡係として留まる役割だった。校庭内にはそういう役割の生徒が決められた場所で潜んでいるのだ。もしもの時にはすぐに携帯電話で連絡が入る。学院内の見回りに対して、万全の警戒態勢が敷かれていた。
朱里はふと名案を思いついて、さっそく彼方と夏美に提案してみた。
「私も夏美とここで見張り番をやっていようかな。夏美もこんな処に独りぼっちなんて、心細いでしょ?」
我ながらうまい回避作戦だと思ったが、夏美はあどけない笑顔でぴしゃりと答えた。
「私は平気よ。幽霊なんて信じていないし、鬼が出たって怖くないわ。一人で真っ暗な校舎の中を歩いてみてもいいくらいよ」
顔に似合わず肝の据わった性格である。朱里は「でも」と挫けずに彼方に目を向ける。
「でもね、私なんかが彼方達と一緒にいっても足手まといだと思うのよ」
「そんなことないよ、委員長。二人より三人の方が心強い」
次々と提案を却下されて、朱里はがっくりと肩を落とす。
「朱里ったら、諦めが悪いわね」
夏美は他人事のように笑っている。朱里にはもはや返す言葉がない。大袈裟に溜息をつくことしかできなかった。
「あれ? もしかして俺が最後? もうみんな揃っているんだな」
時刻が八時になったとき、ようやく最後の生徒が合流した。
微笑む夏美に見送られながら、三人が立ち入り禁止区域へと向かう。
(どうして、私が……)
朱里は「はぁ」と重い溜息をついた。恐れに竦む思いを奮い立たせて、闇に沈む校庭を進んだ。
それでも小等部、中等部と厳しく躾けられてきた持ち上がりの学生は、目に余るほど羽目を外すこともなかった。
けれど、今夜ばかりは話が違う。同級生達は純粋な好奇心から、とんでもない悪事を企てているのだ。
時刻はもうすぐ午後八時に差し掛かろうとしている。
企てた同級生達は用意周到である。今夜の計画は学院の警備システムの調査から始まっているのだ。
朱里はすっかり日の暮れた校庭の片隅で、暗い顔をして立ち尽くしていた。気が気でなく、思わず探検隊が集合する場所に一番乗りしている。
(まるで、これじゃ私がはりきっているみたい)
この企てが計画されてから、朱里は何度自分の性格を呪ったか判らない。
聳え立つ見慣れた校舎は、昼間とは別の様相を呈している。同じ建物なのかと疑いたくなるくらい恐ろしげに迫っていた。暗闇に浮かび上がる校舎を眺めていると、窓際に有り得ない人影を見てしまいそうな気がして、朱里はすぐに視線を逸らした。
その時。
すっと肩に手の触れる気配がした。朱里は短く悲鳴をあげて、びくりと肩を上下させる。
「委員長、声が大きいよ」
「び、びっくりした」
校庭の片隅にいることが心細くなった矢先に、そんな現れ方をしないでほしい。朱里は大きく息をついて、やって来た生徒と向かい合った。
「楽しみだね、委員長」
精悍な顔立ちに屈託のない笑みが浮かんだ。
焦げ茶の髪に碧眼を持った、浅黒い肌の男子生徒。闇の中にあっても、明るい瞳だけが不思議な色合いで浮かび上がっている。
「私は楽しくないんだけど」
朱里が素直に告げると、彼は悪戯っぽく笑って肩を竦めて見せた。新学期が始まってから、同じ学級に編入してきた海外留学生である。名を彼方=グリーンゲートと言う。
朱里が訊いたこともないような国の出身で、両親のどちらかが日本人ということらしい。母国では王族に仕えるような高い家柄の生まれであるらしかった。
彼の人懐こい笑顔を見て、朱里はふと彼が諸悪の根源であったことを思い出した。異国からやって来た留学生は、なぜか昔の神話や言い伝えに造詣が深い。結果として、学院の鬼の噂を耳にして強く興味を示したのだ。
鬼の巣窟と噂される場所に踏み込むという発想は、間違いなく彼の興味が発端だろう。思わず恨みがましい眼差しで彼を見てしまう。
「委員長はどうしてメガネをかけているの? それ、レンズに度が入っていないよね」
簡単に言い当てられて朱里は戸惑う。どう答えていいのか判らずうろたえていると、背後で聞きなれた声がした。
「あのね、朱里は自分の瞳の色が嫌いなの。小さい頃、からかわれて嫌な思いをしたから」
的確に事実を伝えたのは、幼等部からの友人である川瀬夏美だった。小柄で色白で、少しおっとりとした動作には、まだ少しだけ少女の頃の面影が残っている。
「――夏美」
朱里は気心の知れた友人の登場にほっとして、思わず肩の力が抜ける。
「綺麗な瞳の色をしているのに、もったいないね」
彼方は朱里に近づいて、何のためらいもなく眼鏡に手をかけた。
「ちょっと」
朱里が声をあげると、彼は指先でメガネをくるくると弄びながら、朱里の素顔を眺めた。
「委員長は美人なのに、どうして隠すの?」
人懐こい笑顔で、彼は臆面もなく言う。朱里は頬が熱くなるのを感じだか、すぐに彼が弄んでいる眼鏡を奪い返した。
「冗談はいいから、返して。とにかく、眼鏡をしていないと落ち着かないの」
「ふうん。もったいない」
素直な感想が可笑しかったらしく、夏美が横で控えめに笑っている。朱里は携帯電話で時間を確かめた。あと五分もすれば約束の時間になる。
今夜の計画で立ち入り禁止区域に向かう探検隊は三名に決定していた。朱里と彼方と、あと一名である。
夏美はこの場所で見張りを兼ねた連絡係として留まる役割だった。校庭内にはそういう役割の生徒が決められた場所で潜んでいるのだ。もしもの時にはすぐに携帯電話で連絡が入る。学院内の見回りに対して、万全の警戒態勢が敷かれていた。
朱里はふと名案を思いついて、さっそく彼方と夏美に提案してみた。
「私も夏美とここで見張り番をやっていようかな。夏美もこんな処に独りぼっちなんて、心細いでしょ?」
我ながらうまい回避作戦だと思ったが、夏美はあどけない笑顔でぴしゃりと答えた。
「私は平気よ。幽霊なんて信じていないし、鬼が出たって怖くないわ。一人で真っ暗な校舎の中を歩いてみてもいいくらいよ」
顔に似合わず肝の据わった性格である。朱里は「でも」と挫けずに彼方に目を向ける。
「でもね、私なんかが彼方達と一緒にいっても足手まといだと思うのよ」
「そんなことないよ、委員長。二人より三人の方が心強い」
次々と提案を却下されて、朱里はがっくりと肩を落とす。
「朱里ったら、諦めが悪いわね」
夏美は他人事のように笑っている。朱里にはもはや返す言葉がない。大袈裟に溜息をつくことしかできなかった。
「あれ? もしかして俺が最後? もうみんな揃っているんだな」
時刻が八時になったとき、ようやく最後の生徒が合流した。
微笑む夏美に見送られながら、三人が立ち入り禁止区域へと向かう。
(どうして、私が……)
朱里は「はぁ」と重い溜息をついた。恐れに竦む思いを奮い立たせて、闇に沈む校庭を進んだ。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
冷徹公爵の誤解された花嫁
柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。
冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。
一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした
柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。
幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。
そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。
護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる