王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

文字の大きさ
7 / 214

「脱げ!」「脱ぎません~!!」

しおりを挟む
騎士として、誓いをたてたその覚悟に一転の曇りもない。

その誓いに偽りはない……けれど


今、私は胸のリボンを手にして、固まってしまっている。

「な、な、なんてことないわ。そうなんてことないわ。」

未婚で年頃の女性が、男性の部屋でただ着替えるだけよ。あはは…
それにその男性は眠っていらっしゃるのよ…でも……。あはは…

パッと脱げばいいのよ。そうパッと……ノロノロとしているからいけないのよ。


カタカタ…


窓を揺らす風音に、私は慌てて振り返り、また手は止まってしまった。
はぁ~と溜め息をついて…ルシアン王子が眠るこのベットと、長椅子しかないこの部屋を見渡し

「ないよね。着替える場所って…まさかこの部屋を出るわけには行かないし」

甘かった、当然いろいろ事情を知っているお父様が、着替えを持ってきてくださると思っていた。着替えの為に、一時お父様と護衛を変わり、私は隣の部屋で着替えるつもりが…

着替えを持ってきてくださったのは…お母様だった。



コンコン・・

「どうかしら?着替えた?」

「いえ、まだです。あの…お父様は?」

「女官長と後宮の人事を扱っていらっしゃる伯爵に、お話があるそうよ。」

あぁ…私が後宮に入り込む話だ。長くなりそうだわ。

どうしよう。まさかお母様にルシアン王子の護衛を頼めないし…かといって、いつこちらに来られるかわからないお父様を、待っているわけには行かない。

なにより、お母様をルシアン王子の部屋の前に立たせておくのは…危険だもの。

箱の中の服を見つめ…
しっかりしなくちゃ、今私はウィンスレット侯爵家の嫡男、シリル・クライヴ・ウィンスレット。ましてやルシアン王子の護衛。ロザリーじゃないんだから!

ええぃ!!とばかりにリボンを解き、胡桃ボタンを震えながらだったけど、一個、また一個と外して行き、スリップ姿になった時だった。

気配を感じ、振り返ると…ルシアン王子と眼が合った。

ど、どうしたらいいの?

「ぁ、怪しい者では…」
いや、充分…怪しいですよね…私。

「えっと…ちょっと…ここで着替えを…」
何言ってんの、私!!それじゃぁ、ますます怪しいじゃん。

ゴックン・・

大きな音をたてて、唾を飲み込んだ私を見ているが、ルシアン王子は、ぼんやりして反応がない。
もしかして…まだ意識がはっきりしていないのかもしれない。
た、助かった。と…とりあえず着替えよう。ズボンを穿いて…胸に…

胸に…さらしを…巻くんだけど…

…ない。

着替えが入っている箱を、ガサガサとすべて出したが……ない。

………ない。

そんな~!どうするの~?!

私の右手は慌てて、扉を叩いた。

コン!コン!・・

「お、お母様、ないです。いつも胸に巻いている晒が…」

「えっ?……ま、巻かないとやっぱり…マズい?」

自分の胸を見た。
大丈夫…かなぁ…大丈夫かもしれない。でも…でも…なんだか涙と鼻水が出てきた。
鼻を啜る音に扉の向こうから、必死な声が聞こえてきた。

「ロ、ロザリー?ご、ごめんなさい。私ったら、なんとひどい事を…。朝!朝一番に持ってくるから!絶対一番に!」

「グスン、グスン…もう…ルシアン王子が…目覚めそうなんです。お母様、どうしよう…」

「そ、そうだわ。このコ、コートを…」

「コート?」

「ロザリー、扉を開けて!」

私は自分が今、下着姿だった事を忘れて、扉を開けた。

お母様は眼を見開き私を見たが、慌ててコートを私に押し付けると扉を閉め
「まだ、殿下はお眼覚めではないんでしょう。朝一番に持ってきますから、その間だけ着ていれば…どうにかなるわ。」

「…わかりました。どうにかこれでしのぎます。でも!でも!朝一番ですよ!絶対ですよ!!」

「大丈夫よ、ロザリー!すぐに戻れば、朝一番に来れます。この母に任せなさい。」

バタバタと走るお母様の足音に…祈るように額を扉につけ…大きく息を吸って、シャツを羽織ると、暗い部屋の中で、手探りで小さなボタンを留めていった。

そして…コートを羽織り
「大丈夫」と口にし、今度は扉に手を置いて

「朝一番で届きますように」と祈ったら……

それは低く胸に染みる声が聞こえてきた。
「なにが…朝一番なのだ。」…と

それが一瞬、神様の声に聞こえ、私は思わず、縋る気持ちを声に出した。

「さら…し…」

ハッ?…なに?今のなに?
今、何か聞こえて…なんか答えちゃったよね…私。

キョロキョロと辺りを見まわすと、ベットの背にもたれたルシアン王子が、手のひらを上に向け人差し指だけクイクイと曲げ、私を呼ぶ仕草に…汗が一気に出た。


行くしかないよね。
さりげなく、コートの前を合わせ、歩き始めると…ちょうど月の光が部屋に差し込み、暗かった部屋がわずかだったが明るくなった、でも私は明るい月の光の中で、ルシアン王子と眼をあわす事が出来なくて、ルシアン王子の前で下を向くと

訝しげに、ルシアン王子は私にこう言われた。
「お前は、明日来る騎士のひとりか…?」

「は、はい。」

「コートの下から見えるのは…騎士団のズボンだが…だがそのコートはなんだ。」

「も、申し訳ありません。ちょっと風邪気味で…」

ルシアン王子の声が、ずっ~んと低く冷えた声になった。
「風邪?だと…そんな言い訳をよく考えたものだ。舞踏会で知り合った女のところにでも行っていたのだろう?!」

「はぁ?」
妙な問いに、顔を上げた私に…

ルシアン王子は…
「まだ…子供のような顔と、華奢きゃしゃな体つきなのに…もう女遊びか?」

「へぇ?」

キョトンとした私の顔に、気分を害されたのか、ふらつく体でベットから立ち上がろうとされた。

まだ、無理してはいけないのに…

「殿下!起き上がってはなりません!」

と慌ててルシアン王子に近寄ったら、ルシアン王子は私の胸倉を掴み、赤い眼を細めて

「任務は明日からだから、女と遊ぶのはかまわん、だが…俺の前にそんな格好で出てくるのは許さん!脱げ!」

「そんな格好?」

「お前が身に着けているそのコートは、女性のものだろう!」

慌てて、視線を落とすと…

私は…フリフリの真っ赤なコートを身に纏っていた。
あぁ、そうだった、今日は仮面舞踏会で、顔がわからないからと言って、中には仮装して来る方もいるが…母はそのタイプだったんだ。

でもなんで…フリフリ?
なんで…真っ赤なの?

「脱げ!騎士として、恥ずかしくないのか!」

騎士じゃなくても…恥しいです!でも…脱げば…胸が…胸の○首が見えて、今以上に恥しいんです。


だから…

「…い、いやです!」

「なんだと!脱げ!」

「ぬ、脱ぎません~!!!!」

片方の眉が上がり、赤い瞳が一層鋭くなったけど…無理なんです。

騎士として、誓いをたてたその覚悟に一転の曇りもない。もうピッカピッカ!!
その誓いは嘘じゃないもん。ほんとだもん。

でも、でも…それとこれは別!!

「絶対!絶対!脱ぎません!!」


しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...