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王子様の心《父》

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『真っ黒な何かかがドロドロと溢れていて…そういう人はみんなこわい人だと、お爺様がそう教えてくださったの。あの…侍女もそう…真っ黒な何かかがドロドロと溢れていて、そのドロドロが私に向かってきたの。』


ミランダのその言葉を聞いてすぐだった。

病を患い、床に伏していた父を訪ねた俺は、父の顔を見るなり
「父上やミランダは人の心が見えるのですか?もしかして色となって見えるですか?父上、お教えください。」

「ルシアン…なぜ、その事を…知っておるのだ。」

「ミランダです。ミランダから聞きました。ですが、あまりにも、不思議な話で、俄かには信じられなかったのですが、当てはまることばかりで、…」

父上は、俺の顔を見つめながら、
「本来なら…王太子にしか伝えてはならないと言われていたことだが、そこまで知っているのなら、今更隠してもしょうがないな。」

病に伏して3年あまり、すっかり白くなった髪の父は、細くなった腕を伸ばして俺の頬を触り
「…スミラと同じ、透き通るような青い色が、お前の体を包んでいるのが見える。濁りのない綺麗な青だ。恨んではおらぬのか?お前の大切な母の命を奪ったのはわしだ。わしの責任だ。なのに、その綺麗な青い色……お前は優しいのだな。」


俺はたまらず視線を少し外し
「私は優しくなどありません。ただ…逃げていたのです。苦しく、悲しいことに蓋をして…。」

「5歳だったのだ…逃げて当たり前だ。罪深いのは…愛する者を守れなかった…わしだ。」

「父上…。」

父上は俺をしばらく見ていたが、決心したかのように
「…我が国の王家には、王となる者…王太子の子供に、時折、生まれるのだ。人の考えが色となって見える者が…。どうして、王となる者の子だけなのかはわからん。

言い伝えだが、王となる者が、民を導く道を間違えないように、神がそうやって、道を外れそうになった時、真の道を示す為に使徒を遣わしたと言われている。その使徒と言われる者が、人の心を色として見える者…ミランダやわしのような力を持つ者だ。

この話は、王太子が妻を娶る時に代々伝えて行くのものなのだ。

王太子にも、もちろんこの話しをした、だが、少し気の弱い王太子には、受け止めるのには大きすぎたようだった、わしが、もっと王太子とよく話すべきだったと後悔しておる。そうすれば王太子も王太子妃も、ただミランダを恐れ、ミランダに近づくことも出来なくなることは、なかったかもしれん。私があの子を、ミランダをひとりぼっちにしてしまった。

私は、もう長くはないのだろう。
人の心を見る力は、日々弱くなっていっている。いずれこの力を失う時が、私の死ぬ時だろうな。

ルシアン…お前にしか頼めない。お前の透き通るような青い心の色で、ミランダを、この国を守ってくれまいか。

何かが、この国を覆って来ている。それは…私やミランダの力をもっても、暴く事のできない心を持つ者が出てきた。」

「えっ?…」

「わしが病に伏してから、王太后と王妃の色が見えぬようになった。何も感じることができない。それを意味するものは、なんなのかさえも…わからぬ。」

「それは王太后と王妃が、父上やミランダの力より、大きな何かを持ったということなのですか?」

「…そうだろうな。それはどう考えても良い物ではないだろう。なぜ王太后と王妃の心の色が、見えぬのか、せめてそれがわかるまでは…わしは死ねぬ。」

「父上…。」


それから3ヶ月後、父は意識が戻らなくなった。
かろうじて、心臓が『わしは死ねぬ。』と父の心が叫ぶ、悲壮な思いを受け継ぐかのように、一年たった今も、その動きを止めてはいない。






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