紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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アークフリードは、マールがどうやってこの屋敷を出て行ったのか考えた。
マールの世話をしていた侍女たちから、傷の話は聞いていたから、眼が不自由だったのは間違いない。
見えるようになったとしても、知らない場所からどうやって逃げるか…。
誰にも咎められず、どうやって…。やはり馬車か…。

「エパード、今日、わが屋敷に出入りしていた馬車は何台あった。」

「バクルー王様、フランシス様の主治医のコナー様、野菜を売りに来た者の3台でございます。」

「隠れやすいとなると…野菜を売りに来た馬車だなぁ。どこへ行くといっていたか聞いていないか。」

「申し訳ありません…。ただ、あまり買ってあげられず悪いねと申しましたら、娘の服や椅子を買うついでに売ってくるさと…」

「いや、当然だ。普通は聞かないだろう。」

線が切れたと思ったのは、アークフリードだけではなく、そこにいる皆だった。



 「…」

ぼそりとライドが言った言葉が、アークフリードの耳に入った。



「ライド!今なんて言った。」

「あっ…年頃の娘の服や椅子が買えて、野菜を売ることができる…って言っていたから、バザールでもあるのか…と…」



だんだん語尾が小さくなっていくライドに、アークフリードの驚いた顔が、ゆっくり笑顔へと変わってきた。



「ライド!港町オクトだ。今日から海神祭だ。バザールも開かれる。そこなら、服も椅子も買えるし、売ることもできる。」

「アークフリード、ちょっと待て!祭りで人が溢れている中、どうやって捜す!

奇跡的にオクトでマール嬢を見つけ、捕まえたとしても、明日までにバクルー王の出立前までに戻ってくるのはぎりぎりだ!いや、間に合わない可能性が高い! 出立前までに間に合わなかったら、マールバラまで行くことになる。

マールバラはノーフォークの東、オクトはノーフォークの西、反対方向だ。
オクトからマールバラまで早馬で走らせてうまくいって2日だ。かなり大変だ。

いや、それはまだいい。
マール嬢がオクトではない場所にいたら…どうする!それからマール嬢を捜索するんだぞ。時間が掛かりすぎる…その間にエリザベス様が、バクルー国の王宮に入ったら…もう、どうにもならない。」

「だが!ここで指を咥えて黙って見ているのか!!」

ライドは天を仰いだ…確かにここで待っていても、《王華》を移したペンダントが戻ってくるわけではない。



ライドは、苦しい顔で頷き

「…わかった。俺も腹を括るよ。」とアークフリードの肩に手を置いた。

アークフリードは、ライドを見て、小さく「すまない」と言い、エパードに向かって

「コンウォール男爵家に手紙を書くから届けてくれ。それから、エパード…フランシスを頼む。」

「旦那様…、フランシス様はこの命に代えましても、必ずお守りいたします。」





アークフリードは、コンウォール男爵の商会が、他国との貿易のために、港町オクトに、出張所を出していたことを覚えていた、商会の人手も使ってマールの捜索すれば、見つかる可能性が高くなる。



*****


 コンウォール男爵殿へ



 エリザベスのペンダントを盗んだマールを追って、オクトに行ってまいります。港町オクトには、コンウォール商会の出張所があると記憶しております。どうかマール嬢の捜索にお力を貸して戴きたい。

 我らがオクトに到着するのは明朝かと。それからマール嬢を捜すとなると、大変なことはわかっております、だが《王華》をひとつしか持たないまま、エリザベスを行かせるわけにはいかないことを理解して欲しい。


ただ、コンウォール殿の涙を無駄にして申し訳ないと思っております。

フランシスのこと、よろしく頼みます。



ペンダントを必ず取り返してきます。




*****



…と書いて、アークフリードの手は止まった。コンウォールが言った言葉を思い出したからだ。





(アークフリード様に、なにかあったら、エリザベス様はおそらく生きてはおられません。バクルー王が、言ったそうです。アークフリード様おひとりに、100人、いや1000人の兵士たちに狙えと命じると…。エリザベス様は、こうも仰っておいででした。魔法で、防げるかもしれないが、だが、万が一、1本の矢が、ひと振りの剣が、アークフリード様の急所を突いたら……、
死んだ人を生き返せることはできないと…どうか、エリザベス様のために、私が用意いたしました隠れ家へ、フランシス様と身をお隠しくださいませ。)





アークフリードは、また…手を動かしエリザベスに書いた。




*****


 

エリザベスへ



心配するな。信じて待っていてくれ



隠れていて欲しいという願いを聞けなくてすまない



                          アークフリード  

*****





ライドが、アークフリードの書斎の扉に、凭れていていた。

ふたりの眼があった。


「行くか…。」ライドの声に、アークフリードは頷いた。





エリザベス…必ず、ペンダントを持ち帰ってくる。待っていてくれ。










馬車が止まってからも、マールは眠っていた。ようやく目が覚めたのはもう日も高くなった頃だった。


ー昼頃なのだろうか…?

マールはそっと外を覗いた。少し離れた場所で、馬車の持ち主であろう40代の男が、なにやら年配の女性と交渉しているようだった。


ーここは、どこだろう…。
マールは馬車から降りて、下り坂を歩いた。


嗅覚がまず潮の香りを、聴覚が賑やかな音楽と人の声を、そして視覚が、見せたのもは…海だった。


マールは初めて海を見た。




港町、オクトは、ノーフォーク王国最大の貿易港だ。
物も、金も、人も集まるオクトは、ある意味、王都より華やかな街だ。だがその分、柄の悪い者も集まる街でもある。そんな輩にとって、従者もつけずに、ぼおっと海を見つめている貴族の娘は、格好の獲物。


「よぉっ!お嬢さんは誰か待っているのかい?」

酒臭い息を吐いて、その男はマールの肩を抱いてきた。

そばに来ないでと言いたいのだが…マールは、ただ…

「わ、わぁ、私は…」と繰り返すだけで、真っ青な顔を横に振るばかりだった。

「なぁ…。俺とちょっと遊んでくれよ。」そう言って、男はマールを路地へと片方の手を引っ張っていく、たくさんの人がいるのに、たくさんの人が見ているのに、みんな、歌と踊りと、バザールでの売買に夢中で、誰も気がつかない。マールは、泣いて首を振って、引っ張っていく男の手をもう片方の手で叩いたが、その男にしたら、なんてことない、寧ろそそる要因だった。



マールは、路地の奥にある倉庫に放り込まれた。
その中は、ブルブルと震える2人の10代少女達と、1人の柄の悪い男がいた。

「へぇ~、これまた上等な娘を連れてきたもんだ。高く売れそうだなぁ。」

と倉庫の中にいた男が、黄色い歯を剥き出しにして笑いながら言った。

「どうやら…どこかの貴族の娘だと思うんだ。いい女だろう…。ちょっと味見でもしてみるか。」

と連れてきた男も、良い獲物を見つけたことでご機嫌で、マールの肩を抱き寄せ、頬にキスをし、真っ黒に汚れた手が、体を弄り始めた。


マールは、大きな声をあげ、泣き叫んだ!


その大きな叫び声と同時に…大きな音をたてて、古惚けた蝶番が外れ……扉がマールたちのところに弾け飛んできた。
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