紫の瞳の王女と緑の瞳の男爵令嬢

秋野 林檎 

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まだ、戦いは終結していなかった。


サザーランド国の大軍が、侵攻してきていたのだ、だがこの部屋にいる誰もが、もう戦意を無くしていた。ところが、大きな音と共に、もう一度戦いに赴くための闘争心を燃やさなければならなくなった。
だがそれは…もう手遅れだったのかもしれない。なぜならその大きな音は、一撃で部屋の四分の一を吹き飛ばしたのだ。バクルー、ノーフォークがある大陸の戦いは剣が主流だ、それに比べ、海の向こうの大国サザーランドは、銃器による戦いが主流になっていた、そしてこの戦いに始めて使用されたのが大砲……カノン砲だった。

カノン砲は【砲兵が直接視認可能な敵を撃つ】のではなく、後方から【弾着観測によって視界外の敵を狙い撃つ】砲だった。

だから、いくら剣の腕があっても、相手が見えないのであればどうにもならない。アークフリードは、崩れ落ちる天井や壁の残骸から、エリザベスを守るよう様に抱きしめ、外への退路を探したが、だが、第二波の砲撃はまたもや部屋を直撃した。吹き飛ばされアークフリードとエリザベスは壁に叩きつけら、エリザベスには怪我はなかったが、爆風での衝撃で頭を打ち、気を失っていた。


だがアークフリードは…瓦礫が腹部と頭部を直撃し、彼の倒れたあたりは一面夥しい血が流れていた。




アークフリードは、薄れゆく意識の中で、部屋の中に兵士が入ってきたのがわかった…もしや味方か…?

だが…それはサザーランドの茶色い甲冑を来た兵士2人だった。

ふたりはなにやら話しながら、エリザベスを抱きかかえていた。

それは…13年前のあの日を思い出させた。



アークフリードの脳裏に…幼いエリザベスが叫んでいた。
「ア―ク!!お願い死なないで…。」



だが、その声は…。


「アークフリード!しっかりしろ!おまえの死ぬ場所はここではないだろう!!」
と叫ぶライドの声に変わっていった。だが、眼を開くことは出来なかった…エリザベスを攫われるあの光景を見たくなかった。



また、俺は13年前と同じようにエリザベスを守れなかったのか…意識は暗く、そして深い所に落ちていった。 








気がついたら、白いリボンで結ばれた紫色の髪が、目の前に広がっていた。

俺の枕元に、伏して寝ているようだった…。紫色の髪が動いた…髪の間から見えた白い顔に俺の心臓は大きく音を鳴らした。そして…ゆっくりと眼を開いたその女性の瞳は紫色…。


俺は見惚れて、言葉を発することも出来ずじっと見ていた…。



淡いピンク色を纏った唇が言葉を発する。

「アーク、気がついたのね…良かった…」

その声は震え、紫色の瞳から涙が溢れるが、それをとめようとしているのか、淡いピンク色の唇を噛む姿に、俺は唇を噛んではいけないと、指を伸ばして触れ。





そして…聞いた。「君は…誰?」





エリザベスは驚愕に眼を見張り、胸がドキドキと音をたてるのがわかった。

「アーク…私が誰か…」だが、その声はアークフリードの困惑した顔を見て、最後まで言えなくなった。ただ見つめていた、時間がどれくらいたったのかわからなかったが、周りがザワザワとしている事だけは感じた。

誰かが言った。「目が、覚めた!よかった!!」「アークフリード!!」

アークフリードが目覚めたことを知った、ライドをはじめ多くの人達がベットに集まって来る。
エリザベスは微笑みながら答えているアークフリードを見ていた。


ー私のことだけ…私のことだけ…忘れているの?そ、そんな…。


エリザベスは…ゆっくり後ずさりながら、その場を離れていった。


エリザベスはあまりにもショックで気がつかなかった。ライド達の声に頷きながらも、部屋を出て行くエリザベスの姿をアークフリードの眼が追っていたことを…。記憶をなくしながらもエリザベスを求めているアークフリードの眼に…気がつかなかった。




砲撃で、気を失ったエリザベスを抱きかかえていたのは、コンウォール男爵がサザーランド国に放っていた手の者だった。その後、意識が戻ったエリザベスはすぐに、治癒魔法で多くの人の命を救った。

アークの傷もひどかったが、治癒魔法で傷を治すことが出来き、この幸運を感謝していたが…まさか…記憶をなくす事になるなど思いもよらなかった。

「すべてが…私との事がすべてなかったことに…なったの?」


エリザベスは、部屋の外に出た途端、足元から崩れた。








エリザベスが座りこんだ向かいの部屋には、バクルー王がパメラの遺体と一緒にいた。これは俺が受けるべき罰だと言い、バクルー王は左手の再生を断り、あれから横たわるパメラを…。



 …ただ、見ていた。




(良かった)と向かいの部屋から歓声が上がり、笑いさざめく声に、バクルー王の意識は、ようやく現世に戻ったかの様にふっ~と息を吐いた。


ーアークフリードの意識が戻ったのだろう。あの砲撃で、俺も気を失い、どういう状況だったかはわからないが…アークフリードが頭と腹部を損傷していると聞いた。命の炎が少しでも灯っていたら、エリザベスには助けることは可能だ…。



そう思ってまたパメラに眼がいった。



 だが死んだら…魔法は効かない。





バクルー王は、そっとパメラから目を離すと部屋を出た。その時…床に座り込むエリザベス姿に気がついた。

「アークフリードの意識が戻ったんだろう。なんでこんな所にいるんだ?」

エリザベスはなにも言わず、ぼんやりとどこかを見ていたが…アークフリードのいる部屋の扉が開き、当惑した顔で、ライドが出てきた。


ライドはエリザベスを見つけると
「あいつ…あいつの記憶が変だ。ここで戦って負傷したのはわかっているようだが、何の為にここマールバラに来たのか、そして誰を守る為、命をかけたのかわからないみたいなんだ。あいつ…エリザベス様に関することだけ…。」


ライドはその先は言えなかった、言わなくてもエリザベスの青褪めた顔がすべてを語っていた。黙り込むライドを見て、そして青褪めたエリザベスを見て、バクルー王は言った。

「このまま、アークフリードから離れるのか?あいつは…生きている。生きているんだ!なら、もう一度愛してもらえ、もう一度あいつを骨抜きにしてやれ!」



エリザベスの紫の瞳が揺れた。

「愛してくれるだろうか…」

「そんなのは、わからん!だがおまえも惚れているんだろう。ここでさよならできるのか?腹の子を父無し子にするつもりか?」

「…ど…うして、それを…?」

「…パメラが…コンウォール夫人を連れてきた時、おまえを見てパメラが呟いた声が俺にも聞こえたんだ。あいつは(大事な体で…どうして)とそう言っていた。あの状況下では考えもしなかったが…今ならわかる。」

「こ、子供…アークフリードとエリザベス様の…」と口をパクパクしながら、ライドは何度も繰り返し様子を見たバクルー王は笑いながら

「おい、アーガイル伯爵、一肌脱いでやれ。」と言ってエリザベスにその視線を移した。だがその時には、笑っていた瞳は、哀愁を帯びた瞳になっていた。

「エリザベス…悪かった。だが…俺は…パメラの言っていたように、おまえの母親のリリスに恋焦がれて、おまえに執着していたわけじゃない……惚れていたんだ。おまえに…。」


バクルー王は、そう言ってエリザベスの頭に手をおいて、エリザベスの紫色の髪をくしゃくしゃにすると、その顔はだんだんといつものバクルー王らしい自信満々の顔で

「頑張っても、あいつがおまえを必要としなかったら、そしてノーフォークを離れたくなったら、俺のところに来い。俺がいい親父になってやるよ。」と笑ってそう言うと、ふたりに背を向け歩き出した。


「バクルー王……」

エリザベスは、バクルー王の言葉に…なにも言えなかった。

複雑に曲がりくねった王宮の中…すぐにバクルー王の姿は見えなくなった。

先程まで憂いを含んだエリザベスの顔も、だんだんといつもエリザベスらしい、屈託のない笑みになっていった。

そして心の中で…アークは生きている。生きているのなら…と繰り返し、その思いを大きな声で、見えなくなったバクルー王に叫んだ。

「大丈夫!また愛してもらいます!いえ惚れさせます!…」


バクルー王の姿はもうすでに、見えなくなっていたが、エリザベスの声が聞こえたのだろう。



バクルー王の大きな笑い声が聞こえた。

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