恋するクロネコ🐾

秋野 林檎 

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会えないふたり。

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「花音、親父が来週、こっちに来ないかって言っていたぞ。」

「う~ん。」

今、お兄ちゃんは私の部屋で、転がって本に目をやりながら私に言った。



10年前に離婚した私たちの両親。母はごく普通のサラリーマンの家庭だったが、父の家はそれなりの名門の家で、お兄ちゃんはそんな家の跡取りということもあって父に引き取られた。

離婚に至った理由はいろいろあったようだが、いざ離婚と言う時に揉めたのが、私達子供をどちらが引き取るかだった、この件でかなり揉めた、そう…ちょうど夫婦喧嘩が恐くて、翔兄のところに逃げていた頃だ。ただ10年という月日が、元夫婦の間に穏やかな気持ちを持たせる余裕を作ったらしい、こうやって子供同士はそれぞれの家を行き来している。でも…花巻の父は再婚して…なんだか私は行き辛くなって、少し足が遠のいていた。

私は、寝転がるお兄ちゃんを見て、こんなんだけど…いろいろ考えているんだろうなぁと見ていたら…お兄ちゃんは本に目をやりながら…声は私に向かって

「なぁ…花音。翔太とは…会っているか?」

「会う?学校では…会えば挨拶ぐらいしてるけど…」

そう答えると、お兄ちゃんは本から目を離し、私の顔を見た。

「翔太、元気がないんだ。まぁ、じいさんが小康状態とはいえ、いつどうなるかわからないのだから、元気ではいられないだろうが、それだけじゃないんだ。どうやら猫が…」

と言葉を濁し、私から目を離すと、「いや…いい。」そう言って、また本に目をやった。お兄ちゃんらしくない態度に、翔兄になにかあったのかと思ったが聞けなかった。

4日前のあの夜…、

理香さんの家の車だったのだろう、送ってもらって帰ってきた翔兄を見てから、平蔵として翔兄には会っていない…どうしてだかわからないが、私の意識は花音のままだ。いつもなら、翔兄の話題には食いつきが良いとお兄ちゃんにからかわれる私が、なにも聞かない事にからかうことも、不審がることもしないお兄ちゃんだったが、ただ…帰るときに

「翔太の身の振り方だが、俺ら兄妹より複雑なところに引き取られそうなんだ。」

「複雑って…どういう意味?」

お兄ちゃんはただ顔を歪めただけで、私の問いには答えてはくれなかった。

お兄ちゃんもむこうの家で苦労しているのかも知れない、だから日頃…のらりくらりのお兄ちゃんらしくない…怒りだった。

お兄ちゃんは私をじっと見つめ…
「名にし負はば 逢坂山の さかねづら 人に知られで くるよしもがな(三条 右大臣)…そうなのか?」

「…お兄ちゃん?」

「おまえがこの歌の意味がわからないと思っているくせに、こんな言い方で聞くなんてひどいよな。でも、うまく言えないんだ。どう言葉にすればいいのかわからない。だけど翔太から平蔵の様子を聞いて…もしかして、奇跡と言うのがこの世にあるのなら…と…。すまない、変な事を言っているとはわかっている。」

そう言って黙ったお兄ちゃんだった。


和歌の意味は、良くわからないが、お兄ちゃんは…気づいているのかもしれない。

私達兄妹には珍しく長い沈黙が流れた。お互い、はっきり聞きたいが聞けないという、なんとも言えない沈黙だった。




******



「おはよう。」

仏壇に飾っている両親の写真に挨拶をすると、キッチンへと足を運ぶ。
簡単な朝食を作り、「いただきます。」と手を合わせ、冷蔵庫の中に何が残っているのか考え、買い物リストを頭の中で作る。

あっ、今日は学校の帰りに、買い物をする時間がないな。

「ふぅ~参った。」

思わず出た言葉に苦笑した。



じいちゃんが入院してから半年。ひとりで暮らすリズムのようなものができていた。でもそれは、まるでロボットのように淡々とだったが、ルーティン通りにやって行けば、何も考えなくて済むからだった。

だが…

俺はチラリと目をやると、仏壇の近くで惰眠を貪る平蔵へと視線をむけた。

あいつが来てから変わった。
いつも寝てばかりの黒い子猫の平蔵。だが、起きている時は俺の気持ちがわかっているかのように感じる。


皿を洗う手が止まった。

いや…ここ数日は感じない。



平蔵はまるで人間の言葉がわかるように、落ち込んでいる時の俺を、そして良いことがあった時の俺をわかっているようだった。でも…あれは偶然だったのだろうか。


真一が「おまえ…猫?」と平蔵に聞いていたことを思いだした。
今なら、なんとなくわかる。そう聞いてしまうほど、平蔵は猫らしくなかった。

でも今は…

蛇口を閉め、水を止めると仏壇の側で眠る平蔵へと視線を向けた。


ただの猫だ。


数日前の平蔵とは違う猫。


そう感じてしまう自分に苦笑すると、蛇口をひねりルーティン通りの1日を始めた。
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