恋するクロネコ🐾

秋野 林檎 

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あれは夢ではなかった…始まりだった。

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どうやって、家に帰ったのか覚えていない…気がついた時には鞄を投げ出し、玄関に座り込み、よく回らない頭で先輩に何があったんだろう?と考えていた。


鞄を投げ出した音が、かなりすごい音だったのだろう、おばあちゃんが「花音!!」と目を吊り上げて出てきたが、私の姿を見て、吊りあがった目は、大きく見開き「由紀子!!!花音が大変!」とお母さんを呼んでいた。

それから後は記憶がない。



次に目が覚めた時は、白い部屋だった。そしてお母さんが覗き込むように私を見ていた。

「泥だらけで、あんなに濡れて…馬鹿!…肺炎で入院よ。」
と言っていることは厳しかったが、裏腹に顔は泣きそうだった。

ごめんね…と言ったつもりだったが、お母さんに伝わっただろうか…。

そう思った瞬間、また意識が遠のいていった。








あったかい…。


私は、その温もりがまだ欲しくて顔を押し付けたが、その温もりが離れようとしたので、そっと目を開け、その温もりを見た…それはシャツ?白いシャツみたいだった。

「目が覚めたんだ。大丈夫?」

その声は…もしかして…いやそんなはずは…と考えていたら、覗き込まれた。

えっ?!何?!この状況は…なに?!と言ったつもりが…口から出たのは  


 にゃぁ…


にゃぁ?って、今、私…にゃぁ…って言ったよね?!
先輩に抱き上げられ、じっと見つめられた先輩の瞳に映った私は…。

く・ろ・い・こ・ね・こ


猫?


えっと、こ、これは…だ。
自分に特別な力があると思い込み、後に黒歴史となることが多い…
ふと思い出してウワーッってなる…

中二病だ~!!

我ながら哀れさを感じる。確かに幼い頃は、自分は本当は魔法少女で、覚醒する日を待っている身だと、確信さえしていた時期があったが、でもこれはない。あの先輩の猫になるというのはない!あの取り巻きの面々に例え夢とはいえ、知られたら…マジ言えない!こんな夢は、ぜ・っ・た・い言えない~!殺される~!なんでこんな夢を見るの私は!

落ち着け、これは夢、そう夢。
雨が降る中、泣いていた先輩を見たからだ。
あっ?!あの時黒い子猫を見たから、こんな夢を見てるの?
いや、だからと言って、猫になる夢を見る?


猫になりたかったから…。

ふと浮かんだ言葉に、大きく頭を横に振った。

それって、先輩を慰める子猫になりたかったということじゃない…。

あの時、ドキンと打った胸の音を思い出し、私は肉球の手を胸に当てていた。



そんなことを考えているとは思っていない先輩は、私の頭を撫で、顎の下もくすぐるように触った。

「にゃぁーん」

思わず出た声は、心地良さに甘える声に聞こえ、我ながら(なんて声、出してんの。)と顔を顰めたが、でもその表情さえ、先輩には可愛く見えるのだろう。

「気持ちいい?」
そう言って、やわらかい笑みが先輩から零れ、その手はまた私の頭を撫でた。

まぁ、子猫だもんね。可愛く見えるよね。はぁ~

「おまえ、ヤバかったんだぞ。でもよかった。もう大丈夫だよなぁ。」

「にゃぁー(はぁ、どうも。)」

「そうか、そんなに感謝してるのか。いいんだよ。そんなに御礼を言わなくても。」

いやそこまで、感謝してないんですけど…。まぁ、良いように受け取っていらっしゃるようですから、訂正の必要はないよね。

そう思いながら、顔をあげると、先輩が嬉しそうに

「おまえ…家がないなら、俺のところに来ないか?」

「にゃぁ…(その言い方ってプロポーズみたい。取り巻きの美人さんたちが聞いたら、狂喜乱舞の言葉だろうな。)」

「そうか、来るか!じゃぁ名前を決めようなぁ!」

「にゃぁ…(いや、ひとことだって言ってないし、行きたいとも思ってません。)」

「平蔵ってどうだ!」

「にゃう…(…嫌だ!!例え夢でも嫌だ!断固抗議する!)」

「じぃちゃんがお気に入りの鬼平犯〇帳 長谷〇平蔵からとって平蔵なんてどうだろう?」

「にゃぁ…にゃぁ…(おじいさんと仲が良いのは、確かに喜ばしいことですが、根本的にそれってオスの名前でしょう。あっ!ちょっと待って…私って今…夢の中、おまけに猫。あっ?!そもそも私って、メスなんだろうか?)」

先輩に抱き上げられている私は、恐る恐る頭を下げ確認した・・・女の子だ。


…良かった。


いやいや!確認して、安心している場合じゃない!
例え夢でも、その名前は堪忍してよ~という意思を表すために、私は言葉で通じないなら体でと…暴れた。

ところが…

「おいおい、はしゃぐくらい嬉しいのか…平蔵。」

「にゃう…(はしゃいでなんかいないし…もう平蔵に決まっているし…夢とはいえ…もう泣きたい~。)」


はぁ…夢から覚めたい。
イケてない女子高生だけど、平蔵と呼ばれるのはあんまりだよ。

夢とは言え、抵抗ある名前に思わず項垂れた私に
「突然、元気がなくなってどうしたんだ?」

そう言って、不安そうな声で
「ここは嫌か?」

その不安気な声に、私は目を見開いた。
「どこにも行かないで、俺と一緒にいてくれ…。」

と呟くように先輩は言うと、私をそっと抱きしめ

「ひとりはもう嫌なんだ。」


涙はなかったけれど、その声が泣いているように聞こえ、あの雨空を睨むように見ていた先輩と重なり、ハッとして先輩の顔を見ようとしたが、私を包む温もりが、また私の意識を遠くへとやった。





目が覚めたら…母が私の手を握っていた。


「…お母さん…」
と呼ぶと、母はホッとした笑みを浮かべて

「健康だけが取り柄の花音が、入院することになるなんて…もうびっくりだわ。」

「…取り柄って…それしかないの…私って?」


母をニヤリ笑って
「それ以外にあったら、教えて」と小憎たらしく言ったあと…小さく(良かった)と言った。

母の小さな声はちゃんと聞こえたが、なんだか照れくさくて「ひどい~!」と掠れた声で叫ぶと、母の笑い声が病室広がり、私は夢のことをすっかり忘れてしまった。


でもあれは夢ではなかった…始まりだった。
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