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「ちちうえ~!」
バクルー王の足元に、飛びついてきた少年がいた。年のころは10歳に満たない年齢だろう。バクルー王は、少年の茶色い髪を撫でると微笑みながら、 右腕でその少年を抱き上げ
「エミリオ、どうだった?マールバラ国は…?」
「はい!とっても大きな国で、結婚式もすごかったです。それからエリザベスさまがとてもおきれいでした。」
エミリオの言葉に、(あの女は…とてつもなく恐ろしいんだがなぁ…)と苦笑しながら、後ろに控える武官ルイスに「ご苦労だった。」とねぎらいの言葉をかけ、今度はエミリオに
「初の公務、大儀であった。」と、抱きしめるかわりに、エミリオの額に唇を押し付けるように口付けた。バクルー王の伸び掛かったひげが痛かったのか、エミリオは 少し赤くなった額をさすりながら、
「ちちうえ、おひげがあたって痛かったです。」と涙目で訴えた、バクルー王は少し困ったように笑い、顎をエミリオの頭にこすりつけ、「それは悪かった。」と謝ると、 今度はやわらかい頬に軽く口付け…
「もっと…おまえと話したいのだが、父はこれから仕事がある、マールバラ国の話は今宵、食事のときに聞かせてくれるか?」
「はい。ちちうえ。」と笑うエミリオに、バクルー王も笑みを浮かべ…付き添っていた侍女にエミリオを部屋に連れて行くように命じ、ルイスにはついてくるように と、目で言うと、執務室へと歩き出した。
バクルー王は子供を愛していた。
それは、自分が幼い頃に得られなかった愛情と言うものに、焦がれているようにも見えた。
バクルー王の生母は、ノーフォーク国の農家の娘で、前王が旅先で見初め、生ませた子供が彼であった。本来なら、他国のそれも農家の娘が生んだ子は 忘れられる存在だったが、ところが前王には、王妃との間どころか、手を出した女、誰ひとりにも子供ができなかったことが、彼の運命を変えてしまった。
母親の元から攫われるように連れてこられ、そして名ばかりの母親の王妃に、愛されるどころか、実の母親に似ていると疎まれ…だが幼い彼にはどうしようもなく、言われるがまま、されるがままになるしかなかった。だがそれが皮肉なことに、王妃の感に触り、彼女がナイフで切りかかるという暴挙に出る切っ掛けとなり、彼の頬にうっすらとはいえ、頬から口元まで残る傷を作った。だが傷はそれだけではすまなかった。その時味わった、寂しさや恐怖が、頬の傷より、彼の心に大きな傷を作り、その傷の痛みは、王妃が亡くなったあとも長く彼を苦しめたが…我が子ができ…その小さく柔らかい身体を知って、いつしか知らずうちに、幼子へと注ぐ愛情が、自分の心の傷も癒していた。
だが女への愛情は…この国に来たときに、あの王妃や、前王の寵妃たちの醜さで、失くしたままだった。バクルー王とて、確かに熱くなった身体を冷ますのには、女は必要だったが、ただそれだけで、バクルー王にとっては、女の存在はそんなものだった。
だが世間では、バクルー王は、王妃はいないが、寵妃の数は両手両足を使っても足りないと言われ、子供においては庶子までいれると星の数だと、まことしやかに言われていたが、でも真実は寵妃と呼ばれる女性は今までにふたりで、それも子が出来たから、寵妃として迎えられた女性だった。だから子供も、その寵妃ふたりが生んだ子供の三人だけだった。
そう……だったと過去形にしなくてはならない。
なぜなら…今、バクルー王の子は、エミリオ王子ひとりだからだ。
今でこそ、マールバラ王国のエリザベス女王との間で交わした契約におかげで、町は反映していたが、20年ほど前までは決して豊かとは言えない国だった。険しい山に囲まれ、平地の少くないバクルー国に、豊かな土地などなく、必然的に農業は衰退を辿るばかりで、険しい山もその懐に鉱物を蓄えてはいなかった。
王女には豊かな国へ嫁がせたかった、そして王子達には、豊かなバクルー国にして渡したかった。だが、バクルー国の厳しい自然は、容赦なくバクルー国を……バクルー王を痛めつけた。
初めは第一王子が…険しい山での事故で…次にノーフォーク国へと嫁がせるつもりだった王女が病で相次いで、この世を去り、それは、医者が少くない貧しいバクルー国を、あらためて感じさせた悲しい出来事だった。だからなおさら、二人の子供を亡くした後に、生まれたエミリオ王子が愛おしかった。
バクルー国の未来を見せることが叶わなかった二人の子供の為、そしてエミリオの為に、バクルー王は他国から、冷酷で、傲慢だと言われても、バクルー国を豊かにしたかった。
そして、バクルー国を大国にしてエミリオに渡す…そのことがバクルー王を動かしていた。
ぼんやりと窓から見える自分が作った国を見ながら、ようやくここまできたんだと右手を握り締めた。
この国を脅かすものは、今は小さくても…排除する。
この国のためにならないと判断したら…潰す。
「だから…」と小さく呟くと、後ろに控えるルイスへと振り向き
「プリシラと言う女を調べろ。あの女…気になる。」
その眼は…一国の王の厳しい眼であり、息子を愛する父親の眼でもあった。
だが、その瞳の奥に、もうひとつ…それは今は小さくて、バクルー王本人でさえ、気づかないほどの思いがあった。
バクルー王の足元に、飛びついてきた少年がいた。年のころは10歳に満たない年齢だろう。バクルー王は、少年の茶色い髪を撫でると微笑みながら、 右腕でその少年を抱き上げ
「エミリオ、どうだった?マールバラ国は…?」
「はい!とっても大きな国で、結婚式もすごかったです。それからエリザベスさまがとてもおきれいでした。」
エミリオの言葉に、(あの女は…とてつもなく恐ろしいんだがなぁ…)と苦笑しながら、後ろに控える武官ルイスに「ご苦労だった。」とねぎらいの言葉をかけ、今度はエミリオに
「初の公務、大儀であった。」と、抱きしめるかわりに、エミリオの額に唇を押し付けるように口付けた。バクルー王の伸び掛かったひげが痛かったのか、エミリオは 少し赤くなった額をさすりながら、
「ちちうえ、おひげがあたって痛かったです。」と涙目で訴えた、バクルー王は少し困ったように笑い、顎をエミリオの頭にこすりつけ、「それは悪かった。」と謝ると、 今度はやわらかい頬に軽く口付け…
「もっと…おまえと話したいのだが、父はこれから仕事がある、マールバラ国の話は今宵、食事のときに聞かせてくれるか?」
「はい。ちちうえ。」と笑うエミリオに、バクルー王も笑みを浮かべ…付き添っていた侍女にエミリオを部屋に連れて行くように命じ、ルイスにはついてくるように と、目で言うと、執務室へと歩き出した。
バクルー王は子供を愛していた。
それは、自分が幼い頃に得られなかった愛情と言うものに、焦がれているようにも見えた。
バクルー王の生母は、ノーフォーク国の農家の娘で、前王が旅先で見初め、生ませた子供が彼であった。本来なら、他国のそれも農家の娘が生んだ子は 忘れられる存在だったが、ところが前王には、王妃との間どころか、手を出した女、誰ひとりにも子供ができなかったことが、彼の運命を変えてしまった。
母親の元から攫われるように連れてこられ、そして名ばかりの母親の王妃に、愛されるどころか、実の母親に似ていると疎まれ…だが幼い彼にはどうしようもなく、言われるがまま、されるがままになるしかなかった。だがそれが皮肉なことに、王妃の感に触り、彼女がナイフで切りかかるという暴挙に出る切っ掛けとなり、彼の頬にうっすらとはいえ、頬から口元まで残る傷を作った。だが傷はそれだけではすまなかった。その時味わった、寂しさや恐怖が、頬の傷より、彼の心に大きな傷を作り、その傷の痛みは、王妃が亡くなったあとも長く彼を苦しめたが…我が子ができ…その小さく柔らかい身体を知って、いつしか知らずうちに、幼子へと注ぐ愛情が、自分の心の傷も癒していた。
だが女への愛情は…この国に来たときに、あの王妃や、前王の寵妃たちの醜さで、失くしたままだった。バクルー王とて、確かに熱くなった身体を冷ますのには、女は必要だったが、ただそれだけで、バクルー王にとっては、女の存在はそんなものだった。
だが世間では、バクルー王は、王妃はいないが、寵妃の数は両手両足を使っても足りないと言われ、子供においては庶子までいれると星の数だと、まことしやかに言われていたが、でも真実は寵妃と呼ばれる女性は今までにふたりで、それも子が出来たから、寵妃として迎えられた女性だった。だから子供も、その寵妃ふたりが生んだ子供の三人だけだった。
そう……だったと過去形にしなくてはならない。
なぜなら…今、バクルー王の子は、エミリオ王子ひとりだからだ。
今でこそ、マールバラ王国のエリザベス女王との間で交わした契約におかげで、町は反映していたが、20年ほど前までは決して豊かとは言えない国だった。険しい山に囲まれ、平地の少くないバクルー国に、豊かな土地などなく、必然的に農業は衰退を辿るばかりで、険しい山もその懐に鉱物を蓄えてはいなかった。
王女には豊かな国へ嫁がせたかった、そして王子達には、豊かなバクルー国にして渡したかった。だが、バクルー国の厳しい自然は、容赦なくバクルー国を……バクルー王を痛めつけた。
初めは第一王子が…険しい山での事故で…次にノーフォーク国へと嫁がせるつもりだった王女が病で相次いで、この世を去り、それは、医者が少くない貧しいバクルー国を、あらためて感じさせた悲しい出来事だった。だからなおさら、二人の子供を亡くした後に、生まれたエミリオ王子が愛おしかった。
バクルー国の未来を見せることが叶わなかった二人の子供の為、そしてエミリオの為に、バクルー王は他国から、冷酷で、傲慢だと言われても、バクルー国を豊かにしたかった。
そして、バクルー国を大国にしてエミリオに渡す…そのことがバクルー王を動かしていた。
ぼんやりと窓から見える自分が作った国を見ながら、ようやくここまできたんだと右手を握り締めた。
この国を脅かすものは、今は小さくても…排除する。
この国のためにならないと判断したら…潰す。
「だから…」と小さく呟くと、後ろに控えるルイスへと振り向き
「プリシラと言う女を調べろ。あの女…気になる。」
その眼は…一国の王の厳しい眼であり、息子を愛する父親の眼でもあった。
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