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1章 葉月と樹
樹・・・見つめる。
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迎えの車の後部座席に乗り込み、借りたスニーカーを脱ぐと、そのスニーカーを車の座席に置き、その靴紐を触った。
「お借りになった靴ですか?」
戸惑うような秘書の声が、助手席から聞こえてきた。
「あぁ…大事にしている靴だったみたいで、申し訳なかったなぁと思っていたんだ。」
「…かなり年季が入ったように、見えますが…」
その一言は、なんだか…ムカついた。
「…靴紐を見ろよ。…新しい靴紐だ。靴自体はもう何年も使っているのだろうが、靴紐が新しいと言うことは、靴紐を買い換えているんだ。それだけ大事にしている靴を…貸してくれたんだ。」
秘書の野田の密かに笑う声に、俺は眉を顰め顔をあげ
「野田…なんだ、その笑いは…」
「申し訳有りません…いつも冷静な樹様らしくないご様子でしたので…」
「…冷静だって…俺が?…相変わらず嫌味な奴だなぁ。」
俺の言葉に、野田は少し笑って前を向いた。
拙かった…と今頃思ってしまった、ついムキになって言い返したが、この男も…向こう側の人間だったんだ。
10年たっても見張りつきか…
俺に…今更…なにをできるって言うんだ。
10年前に、逃げ出した俺に…なにが出来るっていうんだ。なんにもできやしない。
俺は…10年前を清算するために帰ってきたんだ。
混乱を招くようなことはしないさ…。
くそっ!せっかく、笑い方を思い出したのに…また忘れてしまいそうだ。
車の窓ガラスに映る俺が…10年前の高校生の顔で映っていた。
どうにもならない思いを抱えていた、あの頃の俺が映っていた。
*****
久住家は…馬鹿らしいことに、格式と言ったようなことに拘る家だ。
特に、本家、分家と言われる差は明白で、一族が集まる婚礼や葬儀、法事などの席では、その時点での社会的地位に全く関係なく、本家筋か分家筋か、それが本家からどの程度遠いかで席次が決められることさえ今もある。
30年程前、そんな格式を重んじる一族の…大事な本家に、跡継ぎがなかなか生まれなくて、業を煮やした本家の婆様の一言が、当時2才になったばかりの俺の人生を変えた。
…本家に養子としてやられたのだ。
だが…運命とは不可思議なものだ…養子に入ってすぐだった…8年子供ができなかった養母に、子供ができ…それも生まれた子供は男だった。
久住 秋継
俺に…3つ違いの弟ができた。
いや…本家の正式な跡取りができた。ということだ。
本家の当主になるために、養子として入った伏魔殿は、いろんな大人の思惑で、幼い俺は振りまわされていただけに、秋継が生まれたことは、寧ろ…ホッとしていた。それぐらい居心地の悪い場所だった。だが…まわりはそうは言ってはいられなかったようだった。
どう扱っていいのか、わからない立場になった俺に、まわりは戸惑い、養子に出たことで、分家である実家に戻っても…俺の居場所はなかった。だが…俺は恵まれていたと思う、微妙な立場になった俺を義理の両親は、秋継の兄と言う立ち位置を確固足るものにしてくれた。
ただし…あの婆様は別だ。
自分が俺を養子にすべく、暗躍したくせに…
秋継が生まれた途端…手のひらを返したように…
「樹は…いつか秋継の地位を脅かす」と訳のわからないことを言い出す始末。
久住家の権力も、金も…欲しいとは、思ったこともない、今もそうだ。
ただ、もし…俺が当主だったら…と思ったことはある。
もし、あのまま当主だったら、俺はあの人と結婚していたのかと思うと…胸が疼く。
婆様の未来を見通す眼は、これを言っていたのかもしれない。
まっすぐな黒髪
白く長い指先
いつも泣いているかのように、潤んだ瞳
そして……少し冷たい唇
俺はあの人が欲しかった。
来月……俺の弟、久住 秋継の妻となる。
……桐谷 由梨奈が欲しかった。
「お借りになった靴ですか?」
戸惑うような秘書の声が、助手席から聞こえてきた。
「あぁ…大事にしている靴だったみたいで、申し訳なかったなぁと思っていたんだ。」
「…かなり年季が入ったように、見えますが…」
その一言は、なんだか…ムカついた。
「…靴紐を見ろよ。…新しい靴紐だ。靴自体はもう何年も使っているのだろうが、靴紐が新しいと言うことは、靴紐を買い換えているんだ。それだけ大事にしている靴を…貸してくれたんだ。」
秘書の野田の密かに笑う声に、俺は眉を顰め顔をあげ
「野田…なんだ、その笑いは…」
「申し訳有りません…いつも冷静な樹様らしくないご様子でしたので…」
「…冷静だって…俺が?…相変わらず嫌味な奴だなぁ。」
俺の言葉に、野田は少し笑って前を向いた。
拙かった…と今頃思ってしまった、ついムキになって言い返したが、この男も…向こう側の人間だったんだ。
10年たっても見張りつきか…
俺に…今更…なにをできるって言うんだ。
10年前に、逃げ出した俺に…なにが出来るっていうんだ。なんにもできやしない。
俺は…10年前を清算するために帰ってきたんだ。
混乱を招くようなことはしないさ…。
くそっ!せっかく、笑い方を思い出したのに…また忘れてしまいそうだ。
車の窓ガラスに映る俺が…10年前の高校生の顔で映っていた。
どうにもならない思いを抱えていた、あの頃の俺が映っていた。
*****
久住家は…馬鹿らしいことに、格式と言ったようなことに拘る家だ。
特に、本家、分家と言われる差は明白で、一族が集まる婚礼や葬儀、法事などの席では、その時点での社会的地位に全く関係なく、本家筋か分家筋か、それが本家からどの程度遠いかで席次が決められることさえ今もある。
30年程前、そんな格式を重んじる一族の…大事な本家に、跡継ぎがなかなか生まれなくて、業を煮やした本家の婆様の一言が、当時2才になったばかりの俺の人生を変えた。
…本家に養子としてやられたのだ。
だが…運命とは不可思議なものだ…養子に入ってすぐだった…8年子供ができなかった養母に、子供ができ…それも生まれた子供は男だった。
久住 秋継
俺に…3つ違いの弟ができた。
いや…本家の正式な跡取りができた。ということだ。
本家の当主になるために、養子として入った伏魔殿は、いろんな大人の思惑で、幼い俺は振りまわされていただけに、秋継が生まれたことは、寧ろ…ホッとしていた。それぐらい居心地の悪い場所だった。だが…まわりはそうは言ってはいられなかったようだった。
どう扱っていいのか、わからない立場になった俺に、まわりは戸惑い、養子に出たことで、分家である実家に戻っても…俺の居場所はなかった。だが…俺は恵まれていたと思う、微妙な立場になった俺を義理の両親は、秋継の兄と言う立ち位置を確固足るものにしてくれた。
ただし…あの婆様は別だ。
自分が俺を養子にすべく、暗躍したくせに…
秋継が生まれた途端…手のひらを返したように…
「樹は…いつか秋継の地位を脅かす」と訳のわからないことを言い出す始末。
久住家の権力も、金も…欲しいとは、思ったこともない、今もそうだ。
ただ、もし…俺が当主だったら…と思ったことはある。
もし、あのまま当主だったら、俺はあの人と結婚していたのかと思うと…胸が疼く。
婆様の未来を見通す眼は、これを言っていたのかもしれない。
まっすぐな黒髪
白く長い指先
いつも泣いているかのように、潤んだ瞳
そして……少し冷たい唇
俺はあの人が欲しかった。
来月……俺の弟、久住 秋継の妻となる。
……桐谷 由梨奈が欲しかった。
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