キスをする5秒前~kiss.kiss.kiss~

秋野 林檎 

文字の大きさ
12 / 67
1章 葉月と樹

樹・・・会う。

しおりを挟む
「あはは…」

乾いた笑いを出すと、葉月ちゃんは
「よ、よくある事ですよ!こんなこと…えっと、丸山君、それ私が買うから…」
そう言って、呆然として固まった俺の手を引きながら

「あがります!!お疲れ様でした!」と叫び…俺に…

「ちょっと、コンビニの前に待っててください。」と言って微笑み、バックヤードに引っ込んだ。

あぁ…どうしてこんなことに…
どうして…こうカッコ悪いところばかり見られるんだ。
酔っ払って、結婚を迫り、挙句の果てに…キスをしようとしたり…
それも…汚れて破れたスーツに…おまけに片方の靴をなくした姿でだ。
そして…とどめがこれだ。

27の独身男がコンビニで…堂々と「会計!」と言って、女性の…あぁぁ!もういいや!ゴムじゃないぶん、良かったと思うべきだろうなぁ…彼女に、そんなものを買うところを見せたと言うだけでも、また理香さんの右フックが飛んで来そうだからなぁ…あぁ、でもダサイ。

葉月ちゃんにとって俺のイメージって…残念な男なんだろうなぁ。
なんだか…もう今更気取ってもしょうがないってことか…

「大丈夫ですか…久住さん?」
慌てて出て来たのだろう。お団子頭が少し崩れていた。

「うん、大丈夫だよ。ごめんな、迷惑ばかりかけて…、どうしてこう、カッコ悪いところばかり、葉月ちゃんに見せる羽目になるんだろうなぁ、情けないよね。」

「…そ…そうでも…な…いですよ。」

…そうでもあるんだ…。やっぱり…

「でも…久住さん、あの時…」

「えっ?」

「…整った久住さんの顔は…あの時人形みたいに表情が無くて…涙だけが…あぁ、人間なんだと思わせて…それがすごく切なくて…」

「…葉月ちゃん…」

「だから…今みたいに、困ったり、驚いたり、笑ったり…表情があるほうがいいです。」

俺は…そっと手を伸ばし、彼女の崩れた髪を撫で付けながら
「俺…なんか嬉しい。いつもどこかで、俺の前に立ちふさがる人に向かって、俺は完璧じゃなきゃ…立ち向かえない。と思って、どこか本当の俺らしさをなくしていたのかなぁ…。
本当は俺は…どうしようもなく、喜怒哀楽の激しいガキなのに…何事にも動じない男を気取ってさ…」

「あ、あの…」

「うん?」

真っ赤な顔で、俺を見上げ…
「あの…人目があるので、あの…ここで…頭を撫でられるのは…ちょっと恥しいかなぁ…なんちゃって…」

「えっ…?!ああぁ…ご、ごめん!行こうか!!葉月ちゃん!!」

「あっ…はい!!」

自然と俺と葉月ちゃんは手を繋ぎ、西口へと走った。
なんだか…楽しくて、いつの間にかさっきまで、会社であれほどイラついた事を…忘れ、俺は笑っていた。女性の前で…夜を誘う笑みじゃないて、子供のように声を立てて笑い…無くしていた何かを見つけた気がしていた。

だが…それは…あっという間に…崩れた。


たった一言…

「樹…?」

後ろから俺を呼ぶ声に…ゆっくりと振り返り、葉月ちゃんを俺の後ろにやり…その人を見た。

その人は…呆れたように
「昼食会は…出なくても良いと入ったけど…仕事中に会社を抜け出し…こんなところで女性と…」
と言って、葉月ちゃんへと視線を向けたが…俺はその視線をこちらに向けるように、嫌味を込め

「昼食会に参加の必要がないとのことだったので、すこし早めの昼食を取ろうと駅まで来たら、友人と偶然あったんですよ。…会長。」

会長はふっと笑うと…
「そう…でも、まぁ良かったわ。樹はまだストーカーのように、結婚を来月に控えた弟の許婚に、言い寄ろうとしているんじゃないかと、心配していたのよ。そうやって…公の場で手を繋ぐほどの仲の方が…いらっしゃるのなら安心ね。…あなたお名前はなんて仰るの?」

俺は落ち着けと…言い聞かせながら…
「会長…彼女を久住家の魑魅魍魎の世界へ、誘わないで頂きたい。そっとして頂けませんか。」

「あらあら…ひどいわね。名前ぐらい。…じゃぁ彼女を調べても…よくって?」

この婆様は…もう70過ぎだというのに…よく頭も、口も回るものだ。どうする?…ここで隠しても、きっと会長秘書の野田が調べるだろう。だが…巻き込みたくない。葉月ちゃんが…この笑顔をなくすようなことになったら…

「あ、あの…」

俺の後ろから、顔を出すと、葉月ちゃんは…
「挨拶は当然ですよね。すみません、失礼しました。私、高宮 葉月です。」と言って、頭を下げた。

「は、葉月ちゃん…。」

「樹…どうやら、幼い容姿だけど、彼女のほうが大人だわね。」そう言って、笑うと

「ねぇ、高宮さん…金曜日にうちにいらしゃらない、内輪でパーティをするの。野田…、高宮さんに…住所と電話番号を…」

「会長!葉月ちゃんは…!」

「樹…彼女が来たほうが…あなただって助かるでしょう。妙な疑いを…私や…秋継に持たれないためにも…ね。」

「俺は…なんにも、疑いを持たれる事はありません。」

「…それは行動で示すほうが確実よ。」

強く握り締めて俺の手を、小さな手がそっと触れ、俺に微笑むと…
「…わかりました。私、お伺いします。」

彼女は…そう言って、満面の笑みで婆様に答えていた。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...