キスをする5秒前~kiss.kiss.kiss~

秋野 林檎 

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第二章 10年前の恋

由梨菜 ①

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私はこの10年なにをしていたんだろう。

樹はこの10年で、道を見つけていた。
前へ、未来へと続く道を、そしてその道を一緒に歩む人をすでに見つけて…。
なのに、私はまだこんなところに、立ち止まったままでいる。
それどころか、ここでもう腐ってゆくかもしれない。


樹…。あなたは入学時から有名だった…中学1年にして、すでに170台の後半の背丈、整った顔立ち、頭脳明晰で、ううん…それだけではない…の人間。

可笑しかったわ。
樹が久住の、それも本家の人間だと知った男子生徒達は、媚びるように樹に近づき、そして女子生徒達は、色めきたったことに…気が付いた?

そして私は、同じように家と言うものに翻弄される樹に、きっと私のことを理解してくれると思ったのよ。だから中学三年の時、久住家の跡取りと婚約したと聞かされた時、15歳の私と年齢が釣り合うのは、2つ下の、 だと、勝手に思い…嬉しかった。

でも蓋を開ければ…まだ小学生の秋継さんとの婚約だった…笑ってしまった。
でもやっぱりねと思ったわ。やっぱり私は、桐谷の両親にとっては、娘どころか、人でもなくて、物だったんだと思い知らされた。

でも、私は微笑んだわ。

それは自由になるためには、なにがなんでも権力が必要だと思ったから、頂点に立てば、私を利用したいと考える桐谷家も、もう簡単には出来ないはず、反対に私が桐谷家を物のように扱ってやると。だから、小学生の許婚でもかまわないと、自分に言い聞かせ、樹を気にしながら笑ったの。



好きだったわ。本当に樹が…

あなたからキスをされた時、どんなに嬉しかったことか…このままあなたと生きてゆきたいと、どんなに願ったことか…。

でも、籠の鳥だった19歳と17歳の私たちが、外の世界で生きてゆけるはずはない。捕まって引き離されて…終わり。もし樹が私よりずっと年上で、生きてゆくだけのお金と力があったのなら、何も迷わなかった。

……迷っているうちに、籠の扉は閉まってしまった。

でも、信じていた。だって、キスをする直前、いつも樹は言っていたもの。
『由梨奈を必ず自由にしてやる。』って…。だから、いつか必ずと思っていたの。

でも…樹は、10年振りに会った樹は…
『由梨奈、お前がここを出たいと言う思いは応援するし、助けてもやる。だが…俺はもう10年前とは違うんだ。お前だって違う。よく見ろ。なにもかもが変わったことを…』

『誰かじゃない。救ってくれる人を待つんじゃない!自分でやる事なんだ。』

私が思っていた自由とは…違っていた。樹は確かに私を自由にするために、力を貸すと言ったけど…一緒にその場所には来てくれない。

私は、自由になったら、ずっと側にいてくれると思っていた。私と樹は同じように家と言うものに翻弄される者同士だから、私のことを、一番わかってくれていたのは樹で、樹のことを、一番わかっているの私だから…一緒に二人で生きてゆくものだと思っていたのに…

樹は…変わっていた。

自分で道を切り開き、自分の足で歩いている。
そして傍らには、樹と同じように自分で道を切り開き歩く女性と一緒にだ。

初めは、樹が庇うように見つめる、あの少女のような子が恐かった。あの樹の目が…口元が…優しげで、見たことがないような顔に見えたから、もう…ダメだと思ったのに…

恋人だと紹介されたあの女性の弁護士。
信じられなかった。あんなに優しい顔を見たことがなかったから、でも…樹とあの女性の弁護士がキスをするのを見た。

あの少女を見る優しげな顔は……見違いだったのだろうか…。

でも、あの少女じゃなくて良かった。
あの弁護士の女性が恋人なら、私はまだ樹と一緒にいられるはず。話せばきっとわかってくれる。だってあの女性なら、私と違ってひとりで生きてゆけるもの。自分の人生を、自分の力で切り開いて行ける力がある女性だから、樹と別れても…あの女性なら、私と違って大丈夫なはず。


秋枝法律事務所
弁護士   松下 理香


だから、私は会いに来た。
私の病気は、たとえ私の命を奪う事はなくても、久住家に嫁として、あの久住にいられなくなるのなら、命を奪われたことと変わらない。久住で権力を持つ存在にならなければ…自由はない。

私は…自由になる。樹と一緒に…自由に



「桐谷 由梨奈と申しますが、松下弁護士はいらっしゃいますでしょうか?」

「失礼ですが…アポイントメントをおとりでしょうか?」

「アポイントメント…いえ…あの、でもどうしてもお会いしたいんです。」

「申し訳ありません、松下は、本日は予定が詰まっておりますので、アポイントメントをお取りなってから、後日おいでくださいませ。」

「で、でも…私…」

どうしたら、いいのかわからなくて言葉に詰まったとき、声が聞こえた。

「桐谷さん、かまいませんよ。」

樹の恋人 松下 理香さんは、にっこりと微笑むと「どうぞ…」と言って、部屋の扉を開けた。


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